第21幕 武闘家の性
扉を蹴飛ばして開け、中に入るとやけに天井が高い部屋だった。奥に大きな机がひとつ置かれて、更にその前に豪華な応接用のソファーが一組置いてあった。広い部屋の中にあるのはそれだけだった。そしてそのソファーに深く身を沈めて一人こちらを見ているのはワンだった。
「遅かったではないですか、ザック。」
俺達は何も部屋ではなさそうに見える部屋ではあったが周囲に注意深く気を配りながらワンに近づいていった。
「俺達には俺達の
俺の話に眉一つ動かさずワンが応じた。
「お仲間?あれは全員スペンサーが個々に雇った用心棒さ、私の仲間ではない。」
そんな話を聞く気はなかったので俺の質問を
「ワン、スペンサーは何処だ。」
その時だった、建物が微かに振動し始めた。その振動は急激に大きくなり、それが部屋の大きな窓の外からしていると感じとれた瞬間、ゆっくり下降するヘリコプターが窓の外に姿を現した。建物のギリギリまで寄っているので乗っている人物まで特定できた。スペンサー卿だった、こっちを見て笑っている。俺は反射的にS&Wをフォルダーから引き抜き狙いを定めたが引き金を引くことはしなかった。この街中でヘリコプターが墜落した際の被害が頭を
「ハッハッハッ、手も足も出ないというところか。」
スペンサー卿の声だった。声のする方をみるとワンが持つ携帯端末からその声は発せられていた。
「ザック、君たちはスピアーズ国を滅ぼすつもりか?何の権限があってこの国に害を及ぼす?」
「何を言っているのか分からんな。俺は雇われて一人の女性のボディガードを引き受け、その任務を遂行しようとしているだけだ。ただ専守防衛に徹した結果、あまりにも多くの血が流れた。これ以上犠牲者は出せない。スペンサー、レイラに手を出すのは止めろ。そもそもレイラとデイビッド王子の考えにスピアーズ国民の多くが賛同するかは分からない。そして仮に賛同者が多くなるならそれは国民の選択ということだ。自分の考えだけが正しいというのは思い上がりも甚だしい。」
「ザック…お前は政治というものが分かっていない。国民は愚かだ。いや愚かでいいのだ。日々の暮らしの心配だけしていればいい。国の行く末は我々に任せておけば間違いのない方へちゃんと導いてやる。」
「…思い上がりもここまでくると滑稽だな。」
「何、私を愚弄するのか?!」
「スペンサー、お前がこの国の王だと言うなら耳を傾けなくはない。しかし麻薬売買組織の親玉が一国の未来を話すなど滑稽以外の何物でもない。」
「やはりお前も愚かだ。その王さえ我々の手の内にあるのだよ。我々は代々次期王となる王子に取り入り、この麻薬まみれの体制が続くよう洗脳してきた。現第一王子、王太子のフレデリクこそ愚かで臆病で神経質。洗脳して飼い慣らすのは非常に
俺はチラリとアキラを見た、アキラは目立たないように自分の携帯端末を構えながらウインクを返した。スペンサーが話を続けた。
「…まあいい、所詮便利屋風情に私の高尚な精神は理解できまい。ここで消えてもらう。ワン、君にも失望したよ。君にはザック達に追い詰められてここで自爆したという役を演じてもらう。さらばだ!」
ワンの持つ携帯端末からスペンサー卿の声が途切れると窓の外にホバリングしていたヘリコプターが機体を翻してビルから離れていった。しかし数秒後、また端末からスペンサー卿の声がした。
「何故起爆しない。ワン貴様裏切ったな!」
スペンサー卿の叫び声を発する携帯端末を口元に持っていき、ワンが応えた。
「スペンサー卿、私を裏切って爆死するよう仕組んだあなたから裏切り者と言われてもね。部屋の壁に仕込んだ爆弾は俺が処理済み、何度起爆ボタンを押しても起爆はしません。ではさようなら。」
それだけ言うとワンは手に持った携帯端末を床に叩きつけて破壊した。俺は再度アキラを見た。アキラが右手でオッケーサインを返した。
「さてザック。依頼人の裏切りがあった時点で契約は破棄、もう俺がレイラの命を狙う理由は無くなった。だがひとつだけ心残りがあってな。そちらのサムライソードを持った
俺は苦笑するしかなかった。相手もアキラと同じ気持ちでいたのだ。
「まず俺たちはあんたに命を救ってもらった事になる。礼を言う。」
そう言って頭を下げてから俺は続けた。
「そして試合についてはうちのアキラも望んでいたことだ。俺がどうこう言える事じゃない。二人で勝敗が着くまでさっさとやればいい。ただし俺達はアキラをここで失うわけにはいかない。勝敗が決した時点で終了、命のやりとりまでは止めていただきたい。」
ワンはニヤリと笑うと返事を返した。
「ザック、あなたは分かっていない。武闘家の試合において、勝敗を分けた技がそのまま命を奪うことは普通にあり得る事。逆に命を奪わないよう手加減しながらであればそれは試合とは言いません。それはそちらも承知の上では。」
そう言ったワンの視線の先を見ると、アキラが不敵な笑みを浮かべてワンを見返していた。そして持っていた携帯端末を俺に放って寄越すとワンに応えた。
「当然です。武闘家の試合において手加減は相手を侮辱する行い。僕は僕の全身全霊をもって
「受けた銃弾は摘出済み、銃痕も焼いて塞ぎました。少々の痛みは伴いますが四肢の可動域、可動速に変化なく、
二人の視線が空中でバチバチと音を立てて火花を散らすのを感じた俺は、同時にこの二人の試合には口出しできないことを悟った。あとはアキラが勝つことを信じるしかなかった。
アキラはサムライソードの柄についた血を拭いながら、ワンは棍をクルクルと回しながらお互いに歩み寄った。額がつくかつかないかという距離まで近づき数秒睨みあった後、お互い後方に3歩下がって武器を構えるとまた数秒の睨み合いが続いた。次の瞬間お互い『いざ』という言葉を発して打ち掛かった。
お互いが技を繰り出し続ける中で、武器に応じたお互いの攻撃の特徴が分かってきた。サムライソードはその重量と切れ味から刃が体を掠めるだけでワンの皮膚を切り裂き血を噴き出させた。アキラはサムライソードを体の胸の高さに構えてワンが近づくことを牽制しつつ、間合いに入った時にはカウンターで手足を狙っていった。それに対して棍はサムライソードより間合いが取れるので、ワンはサムライソードの間合いの外からフェイントをかけつつ色々な角度、パターンで攻撃を仕掛けた。棍が時々アキラの腕や足を打ち付けたが、カウンターで繰り出されるサムライソードを気にして十分に踏み込めないため威力は弱く、アキラの体勢を崩すには至らない。一進一退の攻防が続く中、俺はアキラの勝利を信じて見ているしかなかった。
そして攻防が20分を過ぎる頃、戦況に変化が現れた。フェイントも含め動きの大きいワンに疲労の色が見え始めた。試合開始当初は嵐のように連続して繰り出された技が、今は一つ一つの技の
その時だった、急にワンが後方に数歩下がって距離を取った。そしてアキラに語りかけた。
「アキラとやら、修練お見事。私の持っている通常の技ではお主は倒せまい。次の一撃、我が流派の最終奥義にて。過去にこの奥義、打ち破られた試しなし。」
「ワン、あなたもなかなかの腕前でした。僕もあなたに敬意を払って奥義をもって相対しましょう。」
しかし言葉とは裏腹にアキラが何故かサムライソードを腰に差した鞘に収めた。
「…おいアキラ!」
声を掛けようとしたが言葉が続かない。二人の殺気がみるみる膨れ上がって俺を圧倒した。ワンが棍を大上段に振りかぶった、全体重をかけての打ちおろしか。アキラは逆に姿勢を低くして、サムライソードの柄に手をかけた。柄を持つ手と鞘を握っている手、両の二の腕が膨れ上がる。何かを放つために力が蓄えられつつあるのだ。
次の瞬間、遠い間合いから走り込みざまワンが大上段に構えた棍を振り下ろした。そして振り下ろしながら右手で棍の下側を外し、中から仕込んだ刀身を引き抜いた。左手で棍を真上から振り下ろしつつ、右手で仕込みで切り掛かる二段同時攻撃だ。しかしアキラは迎撃の体勢を取らない。しかも二段同時攻撃ではかわしようがない。俺は間に合わないと知りつつホルダーのS&Wに手を伸ばした。その時だった、アキラの体が予想外の前方に、ワンに向かって動き出した。だがそこから先は二人の動きが早すぎて何が起こたのか判らなかった。ただワンが床に倒れていた、周りに血の海が広がっていく。アキラを見るとサムライソードを右上に振り上げた形で静止していた。
「サラ、何があった?」
サラも目の前で起こったことに衝撃を受けているのか返事がなかった。アキラが動き出した。サムライソードをゆっくりと鞘にしまうと三歩後退り、ワンに一礼するとその場に崩れ落ちた。俺はアキラに駆け寄るとアキラの上体を起こした。ただ深手を負っている様子はなく気を失っているだけのようだった。
「噂には聞いていたけど
俺は説明を始めたサラに目をやった。
「ワンの棍がアキラの脳天に振り下ろされる瞬間、アキラは右斜め前、ワンにとっては左側になるけど、に向けて踏み出す。この動きで棍の攻撃はもちろん、左側から襲い掛かる刀身もかわす。と同時に鞘からサムライソードを引き抜きつつ、その引き抜いた勢いのままワンの胴に叩きつけてザックリ…あの切られ方じゃワンは即死ね。」
俺はワンに視線を向けた、サラの言うとおり既に絶命しているように見受けられた。俺はサラに聞いてみた。
「サラの動体視力ならかわせるかい?」
サラは首を横に振りながら答えた。
「まず無理ね。最初からかわす前提で襲い掛かるふりからなら、私ならなんとかかわせるかもしれないけど…相手を打ち倒すつもりの本気の攻撃中にこのカウンターを喰らってかわせる人間はいないと思うわ、私も含めてね。それぐらい凄まじかったわ。」
俺は気を失ったアキラを抱えながら、二度深く頷いて言った。
「アキラがチームの一員で良かったよ。」
「そのとおりね。」
サラが同意した。
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