第20幕 反撃の狼煙

 手術室前の廊下に並べられた椅子に俺達はいた。司祭の放った銃弾はデイビッド王の心臓に突き刺さった状態で止まっていて、心肺を一旦停めて血液を人工心肺に流しながらの難しい手術が必要だった。イングヴェイ王の勅命もあり、その手術はここ陸軍病院で行われていた。側にはローレンス少佐もいた。流石に軍の病院内まで入り込んでの襲撃はないと思われたが念には念を入れてということだろう。

 俺はローレンス少佐に声をかけた。


「ローレンス王子、こんな時になんだが教えてほしい。イングヴェイ王はデイビッド王子とレイラの結婚についてどう考えているのだろう?公式な見解は一度も出されていないようだが反対なのか?」


 ローレンス王子は真っ直ぐに俺を見ると意を決したように話し始めた。


「父王も悩んでいます。だから中途半端な見解など出せない。父王はデイビッドとレイラさんの提唱する新しい国の在り方については賛同したい気持ちもあるようですが、その変化が既得権益を持つ者達の反応次第では国内に騒乱を起こす危険がある事も熟知しています。父王の影響力は絶大です。慎重になるのは仕方ないです。」


「その既得権益者達がレイラを狙ったとはいえ、結果実の息子の命を奪ったかもしれなくても?」


 ローレンス王子の返答には少し間があった。


「分からない。ただ父王も今回の件では相当ショックを受けている。何かしらのお言葉が発せられる可能性はあります。」


 俺はイングヴェイ王がこの襲撃に対しての非難声明を出し、それがレイラを襲った勢力への圧力になるのではないか、レイラが襲撃される危険リスクが下がるのではないかと期待していたが、その期待は今の時点では乏しいものであることを認識した。俺は覚悟を決めた。


「サラ、アキラ。いくぞ。」


 俺に続いて名前を呼ばれた二人が立ち上がる。


「ザック、どこへ行くんだ?レイラの警護は?」


 ローレンス王子が訝しんで聞いてきた。俺は王子に対する礼として立ち止まって応えた。


「今度はこちらから仕掛ける。警護だけじゃ襲われるたびに死傷者が増える一方だ。それに俺たちがここにいてもデイビッド王の手術が成功するわけじゃない。」


「レイラの警護は?」


「ローレンス王子、あなたがここで手術中のデイビッド王子を警備している。そしてレイラはここに居る…レイラを頼みます。」


 俺は手術室を後にして病院の出口に向かった、サラとアキラが続いた。



 病院の建物を出ると俺達は駐車場に停めたコンパーチブルに乗り込んだ。タイヤを軋ませながら発進させたサラに車の屋根を閉めさせて早速俺はアキラに問うた。


「アキラ、トレースできたか?」


「だいたいね。街の監視カメラ情報をハッキングした。朝飯前だったよ、俺のハッキング技術は宇宙で二番目、師匠には敵わないけどね。」


 アキラは病院に入り、手術室の前の床に座ってからというもの、端末のタブレットを使ってインターネットで一心不乱に何かを調べていた。アキラが続けた。


「麻薬を売って経済の基盤を立てている国の裏の顔なのか、街中に公共の監視カメラがかなりの数で設置してある。情報は警察だけでなく公安にもリアルタイムで繋がっている。麻薬売買の証拠を嗅ぎ回っているヤツは反体制派には容赦しない…見つけ次第即逮捕、そんな感じ。」


「で、アキラ、ワンの行方は?」


「大聖堂の大広間の襲撃から10分後に、猛スピードで王宮の敷地内から走り去る黒いセダンが一台。この黒いセダン、10分ぐらい走って商業施設内の駐車場に入ったがその後動きが確認できない。これはワンが追跡されるのを恐れて車を駐車場内で乗り換えたと考えられる。実際黒い車が駐車場に入った15分後に赤いスポーツカーが出てくるんだが、映像から運転者のシルエット、またその車の行き先が王立第一ギルドが事務所を構える持ビルってことでワンに間違い無いと思う。」


「なるほど、レイラの暗殺をしくじって取り敢えず依頼人のスペンサーに報告といったところか。」


 俺は胸のホルダーからS&Wを抜いて弾丸の装填状況などを確認しながら続けた。


「じゃ俺たちの目的地は?」


「王立第一ギルドの事務所。」


 アキラが答えるとサラがAI付きのナビゲーターに目的地を音声入力する。目の前のフロントガラスでナビゲーション指示が始まるとサラはコンパーチブルのアクセルを踏み込んだ。



 20分も走ると俺たちを乗せたコンパーチブルは、聳え立つビルの前まで案内されていた。ナビゲーション曰く、目的地ということだった。俺達は車を正面に乗り捨てると歩いてエントランスに入った。エントランスには俺たち以外の人影は無かった。受付のアンドロイドにスペンサー卿に会いたいと申し出た。すると意外にもアンドロイドはエレベーターで最上階まで上がるよう指示してきた。俺たちが押しかける事はスペンサー卿も想定内だったのか。今更ジタバタしてもしょうがないので言われるまま俺達はエレベーターに乗り込んだ。

 ただ俺たちもバカじゃない、乱戦を想定して準備を始めた。サラはナックルダスターを指に装着する、拳を覆う部材の上に尖った角が一本ついたヤツなので打撃の一発一発が致命傷になるだろう。アキラはサムライソードを抜くと手で持つところを手ごと布でぐるぐると巻き固定した。なんでもこのサムライソードは過去におにという怪物を切り倒したもので童子切どうじぎりという固有名称がついたとてつもない代物だそうだ。そして俺はというと背負ったバックの中から手榴弾、これは煙幕の効果もある特殊なものだが、それを取り出してピンを外して左手に持ち、右手にS&Wを握って準備を整えていた。

 〝チン〟とエレベーターが目的階に到達したことを知らせた。俺達は左右の壁に張り付きエレベーターの扉が開いた瞬間の攻撃に備えた。

 エレベーターの扉が開くや否や、耳をつん裂く銃声がエレベーター内にこだました。当然予想はしていたが待ち伏せだった。時間が経ってエレベーターのドアが閉まりそうになった瞬間、俺は既にピンを抜いてある手榴弾をドアの隙間から外に投げ込んだ、安全レバーが外れて床に転がる音がした。ドアが閉まると同時に、ドアの向こうで爆発音が響いた。俺がエレベーターの非常ボタンを押すと、再び同じ階で扉が開いた。爆発の煙がエレベーター内に流れ込む。視界は遮られていたが俺は黒煙の中にいる人の気配にむけてS&Wをぶっ放し始めた。それを合図に煙の中にサラとアキラが飛び込んでいった。黒煙の中から連続して悲鳴が聞こえる。サラとアキラの位置と動きはその足音からだいたい読むことができた。俺はサラとアキラを誤射しないよう気をつけながら相手の気配にむけてS&Wをぶっ放し続けた。


 手榴弾の爆発による黒煙が晴れてくると周囲の状況が見えてきた。俺は援護射撃を止めた。すると既に周囲は静かになっており、エレベーター前の格闘の勝敗は決したようだった。エレベーター前のフロアには二十人ぐらいの男が転がっていた。同士討ちにならないようアキラとサラは左右に離れて相手と格闘していたが、アキラ側の床は血の海と言ってよかった。刀で斬りつけた際の返り血を頭から浴びて、全身真っ赤となったアキラが血の海の中に立つ姿は鬼神そのものだった。一方のサラはというと、折り重なって倒れている男達の間で、まるでモデルがポージングをしているかのように静かにそこに立っていた。その美しさと周囲を囲むサラに打ち倒された男たちの山とのギャップに俺は現実感を失いそうになった。


前菜アペタイザーとしては少し物足りないかな」


 まるで雪原で白い息を吐くようにサラの声がこぼれた。


「メインディッシュはあの扉の向こうかな。」


 どこからか取り出した手拭いで顔に付いた返り血を拭いながら、アキラが廊下の奥にある立派な扉を指差した。S&Wのシリンダーから空薬莢を床にばら撒きながら、俺はアキラに指示した。


「アキラはここで待機してくれ、俺とサラで突入する。敵側の増援が来たらここで足止めしつつ知らせて欲しい。」


「ザック、その指示には従えない。」


 俺はS&Wのシリンダーに新しい銃弾を込めつつザックにチラっと目をやった。アキラが続けた。


「ワンは俺と同じ武術ぶじゅつを扱う者だ。前回の対戦ではレイラを護衛するという使命があったとは言え奴に対して3対1で戦うことになった。だがそれは武術においては卑怯な振る舞いだ。ワンとタイマンで戦わせて欲しい。決着を着けさせてくれ。」


 俺は銃弾の装填が完了したS&Wをホルダーに入れるとアキラの説得に入った。


「おいおい殺しアサシン相手に卑怯も何もないだろう…」


 とそこで俺は言いよどんだ。アキラの目があまりに真剣だったからだ。一瞬考えたのち俺は改めて返事を返した。


「…分かった、いいだろう。アキラはチームの一員であって俺の部下じゃない。アキラが望むならそれで行こう。」


 横でサラが〝フッ〟と笑うのを俺は感じた。


「ただしアキラ、俺はこんなとこでお前を失うわけにはいかない。勝敗が決した上で、お前の命が危ないなら戦闘に介入する。それはリーダーとして譲れない。」


 アキラが笑顔で拳を突き出した。俺はその拳に俺の拳を軽くぶつけた。


「さて、メインディッシュが冷えちまう、行くぞ!」


 歩き出した俺の後ろに二人が続いた。



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