第19幕 狙われた婚約
会場にファンファーレが鳴り響いた。大きな拍手が自然に湧き起こる。前方の一段高くなった場所にその服装から司祭と思われる人物が登壇した。拍手が潮が引くように収まる。すると司祭はよく通る声でデイビッド王子の婚約の儀の開催を宣言した。再び会場内には拍手が沸き起こった。司祭が手を挙げて拍手を制すると拍手が止んだ。そして司祭は、この国の建国以来スピアーズ王家の者たちが、いかに賢くいかに勇敢にこの国を導いてきたかを語り始めた。その巧妙な語り口に会場内の来賓たちがどんどん引き込まれていくのが分かった。会場はこの語り部の話に同調して、笑い、拍手を送りそして悲嘆し、一体感が増していく。そのような状況の中、俺たちは周囲に目を光らせていた。今のところどこにも怪しい動きは認められなかった。
20分は経っただろうか、スピアーズ家の物語は近代から現代に近づいてきた。ついにイングヴェイ王の世が語られるに至り、壮大な物語は終わりを告げた。その余韻の中、司祭がイングヴェイ王の名を呼んだ。会場の奥の扉が観音開きで開き、イングヴェイ王が登場した。会場のボルテージは最高潮に達した。視界にサラとアキラが忙しなく周囲を見ているのがわかる、レイラの登場も近い。
司祭は一度聴衆を落ち着かせるとデイビッド王子の名を高らかに呼んだ。正装をしたデイビッド王子が左側後方の通路に姿を現した。会場に一礼するとファンファーレが鳴り響き、続いて演奏された音楽に合わせて歩みを始めた。すると司祭はレイラの簡単な紹介をした後、レイラの名前を呼んだ。右側後方の通路にレイラが現れた。民族衣装なのだろうか、ボタンではなく帯で衣服を腰の所で縛っている。俺は集中力を更に上げた。視界の中に歩き出したレイラを捉えながらも首を左右に動かし、怪しい動きがないかを監視し続けた。またアキラが後方に振り返ってレイラの周囲に注意を払っているのも、サラが一人レイラのいる方向とは逆の、反対側の壁に設けられた作業通路を中心に監視の目を光らせているのも確認できた。監視を続けつつ、俺は周囲の目がレイラに向けられる中、右手をいつでも上着の下に隠したホルダーからS&Wを引っこ抜けるよう身構えていた。
通路の半分までレイラが進んだ、が動きはない…四分の三を過ぎても動きはない。ついにレイラは既に登壇していたデイビッド王子と向かい合う形でイングヴェイ王の前に立った。歓声が大きくなる。
襲撃タイミングの予想が外れ、集中力が切れそうになるところを俺は歯を食いしばって集中力を維持し、左右に気を配った。イングヴェイ王が右手をあげると歓声が静まった。するとデイビッド王がよく通る声で朗々とレイラに対する恋心を唱った。そしてプロポーズの言葉を述べると片膝をついて婚約指輪を捧げ持った。会場内が静寂に包まれる。一拍おいてレイラがその指輪に手を伸ばし自分の左の手の指にはめた。更に静寂は続く。イングヴェイ王が一歩進み出ると〝ここに二人の結婚を許す〟と宣言した。その途端、会場中から大歓声が湧き上がった。これで婚約の儀は果たされた、俺は心の中に安堵と二人を祝福する感情が湧き上がるのを感じていた。二人はお互いをひしと抱きしめると、腕を組みながら中央の通路を使って退場を始めた。中央の通路脇に陣取っていた俺に気付いたのかデイビッド王子が片手を挙げた…その時、視界に違和感が生じた…何かが急な動きをしている…デイビッド王子の真後ろ、壇上の司祭…何かを取り出して構えている…
「危ない!」
俺は椅子から中央通路に飛び出ると二人に駆け寄ろうとした。ちょうど目線を合わせていた俺の異変に気付き、デイビッド王子がレイラを庇って抱き抱える。
〝ズダーン!〟
一発の銃声が響いた。視界はスローモーションになり、目の前でデイビッド王子がレイラを庇ったまま床にゆっくりと倒れていく。反射的にS&Wを引き抜くと俺は倒れた二人越しに銃を構えた司祭を狙って弾丸を二発撃ち込んだ。二発目を撃とうとしていた司祭の銃が吹き飛び、更に肩を撃ち抜かれて司祭が後ろに吹っ飛んだ。全ては一瞬の出来事だった。
誰かが悲鳴をあげるとそれが合図だったかのように一斉に悲鳴が上がり、来賓達は後方の出口に殺到し始めた。俺はデイビッド王子に駆け寄ると彼を助け起こした。白い正装の背中が血で真っ赤になっていた。俺は止血をしようと銃痕に手を押し当てた。手のひらに噴き出る血の勢いを感じた。助けを求めるべく周囲を見渡す。壇上が騒がしい、どうも司祭が近衛兵に取り押さえられたようだ。またイングヴェイ王も近衛兵に守られて退場するようだ。
「ザック、上!」
叫び声、サラだ。俺は上を見上げた、すると天窓らしき天井の穴から一人の男が目には見えない細い糸のようなものに吊られて降りてくるところだった。その顔に見覚えがあった、ワンだ。床に着地すると彼は口を開いた。いつのまにか手には武器の棍も握られていた。
「またお目にかかりましたね、ザック。司祭がしくじったので私のターンになります。レイラのお命、貰い受けます。」
レイラは負傷した王子の側で泣き叫んでいる状況で、自発的な避難は無理そうだ。俺はデイビッド王子の止血をするか、レイラを連れて逃げるか、ワンの相手をするか迷った。がその瞬間、横で声がした。
「ザック、奴とタイマンでやらせて欲しい。」
アキラだった。俺が返事をする前からやる気満々なのか羽織袴の上を脱ぎ始めた。
「シンカゲ流、サカキバラ•アキラ参る。」
そう言うとアキラは仕込み杖から刀身を抜き出し構えた。
「シンカゲ流?これはこれは。こんなところでシンカゲ流の使い手と対峙できるとは身の誉れ。礼として私も流派を明かしましょう。ハッキョク棒術、ワン•イーボー…」
アキラがワンの気を引いたところでサラが駆け寄ってきた。俺はアキラとワンに注意を払いながら、サラと協力してデイビッド王子を両脇から抱え上げた。〝キン〟金属音が聞こえた、戦闘が始まったのだ。俺達は戦闘を避けるようにデイビッド王子を抱えて大広間の出口を目指し早足で歩き始めた、サラがその後に従った。アキラとワンの激闘が続いているのが音と気配から分かる。戦闘を気にしながらも俺たちは大広間の出口を目指した。そして出口まであと少しというところで急に背後に殺気を感じ、俺は振り向いた。ワンがサラに狙いを定めて棒を振り上げたところだった。俺はデイビッド王子から一瞬で離れると、サラに振り下ろされた棒を左手の前腕で受ける動作をしつつ右手の銃をワンに向けた。〝棍を受け止めた瞬間ワンの動きは止まる、そこで仕留める〟俺はタイミングを図って発砲した。しかし銃弾は当たらない、ワンが回避の行動を取ったからだ。
「お前の相手は僕だろう。」
そう言いながらワンとの間にアキラが滑り込んできた。
「ザックすまない。こいつ、あくまでレイラが狙いだ。」
その時、大広間の入り口から白衣の集団が入ってきた。救護班のようだ。真後ろにいるデイビッド王子に取り付くとその場で救命措置に取り掛かった。ワンはデイビッド王子とサラの盾となった俺たちを睨みながら隙を伺っているようだった。サラがデイビッド王子を救護班に託し、俺の横に並んだ。そしてドレスの胸元に手を入れるとナックルダスターを取り出し、両手の指にはめた。
「ザック、いいわよ。」
サラが合図を送ってきた。サラの天性の運動神経、動体視力の良さは格闘技にも活かされ、得意とする殴り合いの格闘戦では相手の攻撃を殆ど受ける事なく一方的に攻撃する事ができた。そしてデアデビルズの三人で三位一体の攻撃を仕掛けて負けた事は一度も無かった。
「あくまで王子とレイラの防護を意識!二人から離れすぎるな!絶対に回り込まれるな!…かかるぞ!!」
俺の合図と同時にアキラが仕掛ける。右に左足を一歩踏み出しながら刀身を右下から左上に跳ね上げた。避けようと体をかわしたところに左に回った位置からサラがワンの顔面に向けて左フックを放つ。ナックルダスターをはめた拳が当たれば即死だがワンはギリギリのところで後ろにかわす。そこに俺はS&Wをぶっ放す。ワンは両足を完全に開脚して俺の銃弾を避けると、起き上がりざま二、三歩と後退した。しかし俺たちは深追いはせず、背後にレイラと救命措置中の王子を防護する位置に戻った。その時だった、後ろから俺を呼ぶ弱々しい声が聞こえた。
「ザック、頼みがある。ザック。」
それはデイビッド王子の声だった。俺はワンを正面に見据え、銃口を向けたまま屈めば王子の見える位置まで後ずさった。デイビッド王子は酸素マクスを自力で剥ぎ取り半身を起こしていた。
「…ザック、レイラを…無事に和泉国まで…」
俺は片膝をついて王子に聞こえるよう言い返した。
「王子、話さないで、横になって。レイラはあなたとこの国で暮らしていくんでしょう?二人には理想があるんでしょう?しっかりと気を持って!」
「ザック…レイラを頼む…」
それだけ言うとデイビッド王子の体から力が抜け、崩れるように横たわった。それに呼応するかのようにワンが動いた。サラの胴を目掛けて水平に棍を振るってきた。サラは自分の左から襲い掛かる棍を避ける事はせず、その場で反撃の拳を固めると、迫り来る棍に右フックで拳を合わせにいく。指にはめた鋼製のナックルダスターが棍に激突すると棍の先端が折れ飛んだ。その瞬間、アキラがワンの肩口に向けて刀身を右上から左下に振り下ろした。ワンが回避にかかる。俺はワンがさっきのように下に避ける場合と上に避ける場合を予測し、やや下側に向けて一発、その反動を利用してやや上にもう一発、二発の銃弾を撃ち込んだ。アキラの攻撃を今度は飛んでかわそうとしたワンの下腿を俺の弾丸が貫いた。足を負傷したワンの判断は早く、高速の後方転回を繰り返して侵入してきた天窓下まで行くと、目では確認できない細くて強い鋼製の糸が垂らしてあるのだろう、ワンは天窓に向けて釣り上げられていった。ただ俺たちはワンを追う事はしなかった。振り向くとデイビッド王子には救護班による懸命の蘇生措置が続けられていた。その側でレイラが呆然と座っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます