第18幕 潜入
「ピンポーン♬」
プライベートルーム内にチャイムの音が響いた。
「起きてる!シャワーを浴びてる!」
外まで聞こえたかはわからないが俺はシャワー室から怒鳴り返すとシャワーの栓を閉めた。バスローブを一度羽織り、タオルで頭を拭くとまだ肌があちこち濡れているのも構わずタキシードのズボンに足を通した。二時間と少し寝る事ができた。起きた時に頭が重く感じるほど短時間に深い眠りを貪っていたようだ。シャワーを浴びて今は頭もスッキリしている。脱いだバスローブでまだ濡れている上半身を
「では行こうか。」
俺の合図で二人が立ち上がった。が俺は目を見開いた。サラは珍しくドレスを着ているのだが、露出が多いせいか目のやり場に困った。それ以上に驚いたのはアキラの格好だった、何か無駄に生地の多いヒラヒラした格好をしていたからだ。
「アキラ、なんだその格好は?」
「どうだい、いいだろこれ。
「アキラ、俺たちはただ招待されるだけじゃないよね?その格好、目立ち過ぎで警護の仕事に適しているとはとても思わない。」
「ザック、それはカルハラ!カルチャーハラスメントだよ。俺の一族は代々ここ一番という大事な節目の時にこの服を着るのさ。」
絶対に譲れないというアキラに対し、俺は仕方なく『大聖堂に入る際の入室チェックで指摘を受けたら大人しく着替える』という条件をつけて
「では出発だ。」
立ち上がった俺はアキラを二度見した。
「アキラ、手に持ってるのはなんだ?」
「これ?見たらわかるよね、ステッキ。お洒落だろう?紳士の嗜みさ。」
そこでサラがツッコミを入れた。
「アキラ、それ仕込み杖でしょう?中に刀の刃が隠してある。」
アキラがすぐに言い返した。
「そういうサラはどうなんだい?ドレスの下、太腿に何かのラインが浮き出てる。隠してるナイフを固定しているバンドだろう?」
俺は呆れて二人を交互に見た。
「おいおい二人とも何やってるんだ。持ち込み検査でバレたら取り上げられるだけじゃ済まないぞ。」
サラは目を細めて反論してきた。
「ザック、じゃ聞くけどあなたの靴、踵に
俺は一瞬サラを睨みつけたが皆同じ事を考えていた事が可笑しくて思わず〝グフフ〟と下衆な笑い声をあげていた。つられて二人も笑い出した。俺は改めて二人の顔を交互に見ると頷いてコンパーチブルのある車庫に向かって歩き出した。二人が後に続いた。
相変わらずサラの運転は
俺は警護をする以上、婚約の儀の式次第や会場の状況を教えて欲しいと依頼した。デイビッド王子は会場となる王宮に併設された大聖堂の中の様子や、式がどのように進行されるのかを丁寧に説明してくれた。最後に二、三こちらからの質問に答えてもらって俺は通話を切った。
「さて諸君、今聞いた情報から襲撃があるとしたらどういった襲撃が予想される?」
後席にいるアキラが口火を切った。
「タイミングについてはレイラが通路を歩いている時。イングヴェイ王の前まで進み出る前、ここしかないでしょう?」
デイビッド王子の話では大聖堂内の大広間には横に長い長椅子が縦に二列並べられ、長椅子の
サラがコンパーチブルのハンドルを操りながら同意した。
「私もそのタイミングだと思うわ。今回の婚約に反対しているのは保守的な考えを持つ連中と考えていい。なら王や王子を危険な目に遭わせることはその信条
俺も議論に加わった。
「もちろん可能性だけで言えば他のタイミングも考えられるが、可能性が一番高いのは二人が指摘した〝王の御前に進み出るその直前〟だろう。では襲撃の方法は?」
今度はサラが先に発言した。
「やっぱり狙撃かな?大聖堂と名の付く建物の広間は、どの宗教においてもほぼ例外なく非日常感を演出する為に広く、高さもある。となると当然清掃やらなにやら床の高さより高い位置に必ずと言っていいほど足場や通路があるわ。そういったところは格好の狙撃ポイントになる。」
「来賓に交じって
アキラが異なる可能性について言及した。
「会場にはかなりの数の近衛兵が警備にあたるという事だが、可能性としては確かにあるな。目的を果たすのには狙撃の方が確実と思われるが、そもそも会場内に狙撃銃を持ち込むのはかなり難しいと思う、小型の刃物なら検査をすり抜けられる可能性もある。なぁサラ。」
サラはまるで聞いていないかのように別の可能性を指摘した。
「爆発物を使う可能性もあるんじゃない?」
「サラ、それはサラ自身が指摘した〝王や王子を危険な目に遭わせる〟最たるもので可能性は低いと思う。では現地に入ったら狙撃と刺殺を警戒して会場をチェック、修正が必要ならその都度確かめ合う。いいな。」
二人が頷く。サラが更にコンパーチブルの速度を上げた。
会場である王宮に併設された大聖堂に入る前のチェックは大変厳しいものだった。参加する来賓たちは金属探知機のゲートをくぐらされ、荷物はレントゲン透視された上に中も開けて調べられ、少しでも怪しい持ち物は預ける事を強いられた。ただ俺たちは先程デイビッド王子から説明を受けた通り、王宮に入る際の受付でデイビッド王子のサイン入り招待状を見せるとチェックを受けずに別の通路から会場の大聖堂内に入る事ができた。
会場となる大聖堂内の大広間には既に三分の一程の来客が入り、思い思いの場所で立ち話などで時間を潰していた。俺たちは早速三方に分かれて会場内のチェックを始めた。
それぞれが一通り確認し終わったところで俺たちは会場の隅に集まり、意見を集約した。皆が一様に気になったのは大広間の床から約5m程の高さ、左右の壁から突き出し下の床から細い支柱で支えられて奥に向かって壁沿いに延びる通路だった。その高さの壁に横一列の大きな窓があり、その開閉やメンテナンスに使われ通路だろう。しかしこの通路には近衛兵がほぼ5mごとに配置されていた。そしてちょうどその左右の通路の真下にデイビッド王子とレイラが、それぞれイングヴェイ王の前に進み出る通路があった。その通路にも近衛兵がひしめいていた。
サラが〝うーん〟と唸りながら意見を述べた。
「狙撃を考えた場合、あの上の通路の高さはもってこいね。ただ真下を歩く人物は狙えない。約30m離れている反対側の壁沿いに歩く人物を狙うには拳銃では難しいわね。狙撃銃までは要らないけどライフル銃は必要かな。しかもあの警備状況なら通路に入り込む事さえ難しそう。」
俺は頷いた。今度はアキラが刃物で狙われた場合について意見を述べた。
「長椅子の端部、通路脇には
「俺も二人の見立てに異存はない。想定するだけ想定したら、あとは何か起こった時にいかに迅速に対処するかが勝負だ。場数を踏んでる俺たちの得意とするところさ。そうだろう?」
二人が頷いた。
「サラとアキラはレイラが入場してくる通路の脇で監視してくれ。サラは後方の席に座って反対側の高所通路を中心に監視。アキラは前方に着座して来賓席の動きを監視。俺は中央の通路脇、というか会場の中心付近に席を取る。」
二人が指示された位置に向かって移動を始めた。気が付くと来賓席はかなり埋まってきていた。婚約の儀がもうすぐ始まる。
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