第17幕 一夜明けて

 ホテルが見えてくると周囲は騒然とした状況であることが見てとれた。確認できるだけでも警察と救急のための車両が建物を取り囲むように10台以上停まっていた。マスコミの中継用車両と思しき車両も見て取れた。

 ボートを着岸させ、建物の中に入るとそこは野戦病院のような状況を呈していた。何人もの負傷者が床に横たわって医療従事者による治療を受けていた。その一人一人に声を掛けながら、俺たちはナカムラを追ってホテルを出た後の事を説明できそうな傷の浅い者を探しながら進んだ。南面にあるエントランスに出ると同じような怪我人以外にマスコミ関係者と見られる一団がいた。彼らは目敏めざとくレイラを見つけるとマイクを持って一斉にレイラに押し寄せた。


「今までどこにいたのですか?」「後ろにいる縛られた人は誰ですか?」


 各々が勝手にレイラに質問を浴びせ始めた。俺はレイラの精神状態を考えるとまずいと判断してレイラの前に立った。


「周りを見渡せば昨晩ここで大変な事が起こっていた事は分かるだろう?今のレイラには休息が必要だ。失礼する。」


 それだけ言うと俺はレイラの腕を掴んでマスコミの前から立ち去ろうとした。すると何人かの記者が前に回り込み行く手を遮った。俺たちが立ち止まるとそれが合図だったかのように記者達が俺たちの周囲を取り囲んだ。レイラが〝ヒッ〟と悲鳴を上げた、まだ当然ショックから立ち直れていないレイラに耐えられるプレッシャーではない。更に後ろから押された前の方の記者の体がレイラに接しそうだ。俺は胸のホルダーからS&Wを引き抜くと天井に向けて構え、大声で叫んだ。


「下がれ!」


 周囲を取り囲む記者達の動きが止まった。その時だった、後方から聞き覚えのある朗らかな声が聞こえてきた。


「ザック、いけないね〜普段は拳銃に実弾込めてはいないと言ってたよねポーズでしょ?でもポーズだけでも記者さん達はびっくりしちゃうよ。」


 後ろを振り返ると記者達が少しづつ左右に分かれてその声の主が姿を現した。レイラの婚約者、デイビッド王子だった。レイラが駆け出し、王子の胸に飛び込んだ。デイビッド王子は膝をついてレイラを抱きしめた。記者達は弾かれたように今度はデイビッド王子とレイラを囲むと写真を撮り始めた。俺は威嚇射撃をするつもりで天井に向けた愛銃をそっと下ろしてフォルダーに納めた、もちろん実弾は込められていた。 デイビッド王子は俺がマスコミに叩かれないよう配慮してくれたのだろう。

 レイラがひとしきり泣いて落ち着くと、デイビッド王子は立ち上がり、俺たちに近付いて慇懃いんぎんに礼を述べ始めた。


「詳しい話はあとでレイラから聞くが、この有様だ。よくぞレイラを守ってくれた。婚約者として、またスピアーズ国第二王子として礼を言う、ありがとう。」


 デイビッド王子が一礼すると今度は俺たちに向けてフラッシュが焚かれた。続いてデイビッド王子は近づくと俺に抱擁ハグした。ただそのハグに紛れて耳元で〝もう大丈夫、あとは僕がレイラの盾となる〟と囁くとデイビッド王子は抱擁ハグを解いた。そして記者達にわざわざ聞こえるよう大きな声で再び話し始めた。


「ザック、あなたとあなたのチームのメンバーには感謝を込めて是非とも〝婚約の儀〟にご参加いただきたい。これはその招待状です。」


 デイビッド王子はジャケットの内ポケットから三通の封筒を取り出すと俺の手に預けた。そしてマスコミの連中に笑顔を振りまきながらエントランスの出口に向かってレイラを伴い歩き出した。マスコミの群れも後について移動を始めた。エントランスの外に目をやると見覚えのある装甲車が数台待機していた。昨晩途中まで護衛をしてくれた第一空挺団所有の装甲車に見受けられた。その周囲に目を凝らすとローレンス少佐と思しき軍服を着た男性と目線が合った、その彼がゆっくりと敬礼した。ローレンス少佐に間違いない、俺は手を挙げてそれに応えた。なんとか軍の上層部を説得して再度レイラの護衛任務を担ったのだろう。絶対王政下の国の王子が二人して護衛するのだ、もうレイラの身は安全だろう。

 俺は踵を返すとレイラを探した。そして猿轡のまま後ろ手に縛られサラに連行されていたナカムラを、近くにいた警察に事情を説明して引き渡した。これでやっと一区切り付けられたと思うと疲労と睡魔が襲ってきた。


「ご苦労様、ザック。」


 見るとアキラが歩み寄ってくるところだった。


「このホテル敷地の外れにギリギリ船を下ろせるスペースがあってね、状況から三度目の襲撃は無いとみて着陸した。何か問題ある?ザック。」


 俺は答えるのも億劫おっくうで首を振って応えると先程デイビッド王子から手渡された封筒をアキラに渡した。


「何これ?」


「招待状よ、今日午後から始まる婚約の儀の。」


 俺が答える代わりにサラが説明してくれた。俺はふらつく足で立ち上がると二人に言った。アキラが封筒を破いて中を確認し始めた。


「行きたきゃ行っていいぞ。俺は明日の朝までデュランダル号の中で寝る。」


 そう言って外に出ようとした俺の背中にアキラが言った。


「ザック、寝るのはいいが明日の朝までとは行かないようだよ。」


 サラに更に続けた。


「そうね、今からならギリギリ三時間は寝られるかしら。」


「俺は遠慮する、二人が行きたいなら行けばいい。」


 振り向いて宣言した俺に向けてアキラがひらひらと手紙を振ってみせた。俺は数歩戻ってアキラの手から手紙を引っこ抜いた。そこには短く〝スペンサー卿周辺の動き活発、婚約の儀の最中も油断ならず〟と書いてあった。となると同封された招待状も額面通りの招待ではなく警護要請ということになる。


「ザック、どうするの?」


 俺は拳を握り気力を振り起こすと指示を出した。


「行くしかないだろ!仕事はまだ終わってないってことさ。ただ今は寝る!三時間後にデュランダル号を出る。」


 俺は外に着陸しているというデュランダル号に向けて歩き出した、俺の後にサラとアキラが続いた。

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