第16幕 裏切り

 ナカムラは注意深くレイラを盾にしながらホテルの内を移動していく。どうやら北側にある勝手口を出て海岸に出るようだ。俺たちはナカムラを刺激しないよう一定の距離を保ちながら慎重に後を追った。

 海岸に出るとそこには一艘のモーターボートが繋がれていた。ナカムラはモーターボートを使って脱出を計るつもりのようだ。サラもそれに気付いたのか一瞬の動きで袖口に隠し持った小型のスローイングナイフを手の内に隠した、チャンスがあればナカムラに投げるつもりだ。しかしレイラの喉には既にナイフが付きたてられており、レイラがスローイングナイフを振りかぶって投げたとしても、そのナイフがナカムラに届くより前にナカムラがレイラの喉を切り裂くだろう。それは俺がS&Wをフォルダーから引き抜くにしても同じことだった。俺はナカムラに気付かれないようにサラに向かって小さく首を振り無茶をしないよう釘を刺した。ナカムラは何かを察したのか急に大声を出した。


「下がれ、もっと下がれ!」


 俺が下がるのを躊躇しているとナカムラはレイラの首に当てたナイフに力を込めようとした。


「やめろ!言う通りにするから!」


 俺はナカムラの目を睨みながらゆっくりと後退あとずさった、しかしサラが下がらない。ギリギリまでナイフを投げる隙を探しているようだった。ナカムラが更に興奮した声を出した。


「そっちのデカ女も下がるんだ!」


 これ以上は危ないと感じた俺はゆっくりとした声でサラに指示した。


「サラ、下がるんだ。ゆっくり下がれ。命令だ。」


 サラの体から力が抜けた、そして一拍おいてからゆっくり後退し始めた。


「まだだ、まだ下がれ。」


 ナカムラは俺たちが20m程離れた事を確認するとレイラを連れたまま素早くモーターボートに乗り込んだ。そしてエンジンをかけると急発進させた。ナカムラの高笑いが風に乗って聞こえてきた。


「ザック、追わないと!」


 サラの目は怒りに燃えていた。その時だった頭上に何かの気配を感じて俺は上空を見た。そこには降下してくる2台のストライダーが見えた。ブレスレットからアキラの声がした。


「ザック、事態は無線を通してだいたい把握してる。ストライダーのスピードならすぐに追いつけるはず。」


「アキラ、レイラの救出が最優先だが警護の連中も見殺しにはできない。ホテルを襲撃している奴らの状況は?」


「…それが妙なんだ、ナカムラがレイラを海上に連れ去ったタイミングで一斉に撤退を始めてる。」


「なに?」


 俺は少し考え込もうとしたがサラがそれを許さなかった。


「ザック、今はサラを取り戻すことに集中!」


 サラはそう言うとまだ空中にあるストライダーの内の一機に飛び乗った。そして体勢を整えるとボートが向かった方角に向けて急加速で発進した。俺は目の前に着陸したストライダーのサドルを上げて中からヘルメットを取り出して被るとアクセルをいっぱいに開いた。急加速のGに耐えながら前方を見ると、サラとは100m程の差が開いていた。ヘルメットにも無線が取り付けてあり俺はアキラに話しかけた。


「アキラ、先行してナカムラの逃走をトレースしてくれ。」


「足止めは?鼻っ面にミサイルでもぶち込む?」


「いや、ナカムラはかなり興奮していた。刺激すると何をしでかすか分からない。あくまで上空での追尾、トレースで。」


「了解!」


 俺はアキラの返事を聞くとストライダーの速度が上がるよう空気抵抗の少ない姿勢をとった。ふと上空を見ると夜間飛行用のナビゲーションを点灯した飛行物体が追い越していく、俺たちの船〝デュランダル号〟だ。そのデュランダル号が急に左に向きを変えた。どうやら北に向かって逃げていたナカムラがボートを西に転進させたらしい。俺はデュランダル号を追うべく西に進路を取った。サラは先行し過ぎていたせいで大きく回り込む形となり俺と自然に並進する形となっていた。俺は相変わらずノーヘルで飛ばすサラに速度を緩めてヘルメットを装着するようジェスチャーを送った。サラは親指を立てるとなんとスピードはそのままでストライダー上で立ち上がると、進行方向に背を向けて片手且つ後ろ手でハンドル操作をしながら開いた片手でサドルを開けてヘルメットを取り出した。サドルに座りなおしてヘルメットを被るまでサラの乗るストライダーは一度もバランスを崩すことは無かった。こんな芸当が出来るの宇宙広しと言えどもサラだけではないか。おれは早速サラにヘルメット内の無線を使って話しかけた。


「サラ、聞こえるか?」


「ええ、よく聞こえるわザック。」


「これからレイラの救出作戦の内容を伝える。」


 俺はイメージしたレイラの救出作戦を伝えた。


 そうしているうちにも暗闇の海原を疾走するモーターボートの描く軌跡が確認できた。俺はストライダーをある程度の高度を保ったままモーターボートの真上まで進ませると一切の灯りを切った。並んで飛ぶサラもならって灯りを切った。下を見ると暗闇の中、船上は煌々と灯りをつけて海原を疾走していた。俺たちは慎重に高度を下げ始めた。ナカムラはモーターボートのエンジン音や風の影響もあるのだろう、俺たちが頭上5mまで降下しても気づくそぶりはない。横を向くとボートの灯りでサラがこちらを注視し合図を待っているのが確認できた。手筈では同時にボートに飛び移り、俺がナカムラへの攻撃拘束、サラがレイラの保護解放の分担だ。俺はサラに向けて指を三本立てると、一本、二本を指を折り、0(ゼロ)のタイミングでナカムラの背後に向けて飛び降りた。甲板への着地の衝撃で流石にナカムラが左半身に振り向いた。驚く表情を浮かべるナカムラのボディに渾身の左フックをぶち込み、体がくの字に折れたところでその左頬に右ストレート。ナカムラは糸の切れた操り人形のように甲板に崩れ落ちた。後ろを振り向くとサラがレイラの縄をナイフで切って解放しているとこだった。レイラの無事を確認すると俺はナカムラを後ろ手に縛り始めた。


 空が明るくなり始めている、長い夜が明けようとしていた。俺は元のホテルに戻るべく四人が乗ったボートを操縦していた。レイラは救助された直ぐ後は恐怖と混乱で取り乱していたが、サラが自分のジャケットを脱いで着せ、抱きしめてやると次第に落ち着きを取り戻した。


「…すみません…取り乱して。」


 俺は操舵を握ったまま振り向くと笑顔で応じた。


「何より無事で良かった…」


 そして真顔になって続けた。


「…それに謝るのは俺の方だ、危険な目に遭わせてしまった、すまない。」


 レイラは疲れた表情で首を二回横に振って応えた。


「ザック、私を援護する役目の者が裏切ったのだもの、仕方ないわ。」


 その時だった、レイラと入れ替わりに縛られて床に転がされていたナカムラが口を開いた。


「裏切り者はレイラ、貴様だ。先人が長い年月をかけて築いた体制を、文化を、歴史を覆そうとしている。お前は破壊者だ!」


 俺は操舵を直進に固定するとナカムラに近づき、服の両袖をバリバリと引き裂いた。ナカムラが騒いだ。


「何をする!」


「政治的に考えの異なる相手を暴力で従わそうとするヤツを何て言うか知ってるか?」


 ナカムラは怪訝な顔をしている、どうも自覚が無いらしい。


「テロリストって言うんだ。」


「なに!?侮辱するな、私は…ムグッ、グッ…」


 俺は勝手な抗弁をしようとしたナカムラの口に破いた片袖を丸めて突っ込むと、もう片袖でキツく猿轡を噛ませた。

 レイラを見るとショックを受けているようだった。


「レイラ、ナカムラの言った事など気にするな。あなたの夢は最終的には国民の支持が無ければ成し遂げられない、違うかい?今は自分の信じた道を行けばいい。」


 レイラは返事はしなかったが深く大きく頷いた。

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