第13幕 長い夜の始まり

 ワンを乗せたバイクの音が聞えなくなった時には周囲から聞えていた銃撃音も聞こえなくなっていた。ローレンス少佐が襲撃者たちを完全に制圧したのだろう。インカムからアキラの声がした。


「ザック、無事なの?」


 俺は周囲の警戒をしつつインカムで答えた。


「ああ、大丈夫だ。ただ〝功夫カンフー使いのワン〟とかいうやつが襲ってきたよ。今回の襲撃犯のリーダー格だと思う。」


功夫カンフー使いのワン?ザック、だとしたら少しやっかいだよ。武器を使わない格闘でターゲットを仕留める殺し屋として星間でも有名なヤツだ。まぁ僕の新陰流にかかればゴミみたいなもんだけどね。」


「それじゃ今度のワンとやりあう時はアキラにも是非ともご同行願おう。多分、事後処理の数名を残してホテルへの移動を開始するはずだ。ストライダーの回収後、引き続き上空からの監視を頼む。」


「了解!」


 俺はアキラの返事を聞くとレイラを守る車列のある方へ徒歩で移動を開始した。



 車列の周りは人でごった返していた。軍隊と思われる救護車両もレイラの車列の前近くに停車し、救護班が怪我人の手当てを行っていた。俺はまっすぐにレイラが乗り込んでいるはずのリムジンに近づきドアをノックした。ウインドウが下がりサラの顔が覗いた。


「あんまり帰りが遅いからられたかと思ったわよ、中に入って。」


 そう言うとリムジンのドアが開いた。そこからシートに体を滑り込ませてドアを閉めるとレイラが待てないという具合に状況を聞いてきた。俺は襲撃者達を撃退した事、スペンサーに雇われた殺し屋がレイラ暗殺の為に送りこまれている事を話した。レイラはそれら報告に眉一つ動かさず聞いていた。婚約者であるデイビッド王子の前ではどうしても気を緩めてしまうのか女性らしさが出てしまうが、一人の時は本当に胆の据わった女性だと俺は感心していた。一通りの話が終わるとレイラから報告があった。


「ザック、軍の救護班が到着したタイミングがやけに早いのが気になるの。ローレンス少佐が事前に呼びつけていないとしたら、襲撃の情報が軍に入っていたのではないかしら…」


 そこでリムジンのドアを外からノックする音が聞こえた。見るとローレンス少佐だった。俺はドアを開け外に出た。


「ザック、すまない。軍の上層部から帰還命令が出た。私たちが警護できるのはここまでという事なった。」


「スペンサーが軍の上層部に働きかけた?」


「多分そんな事だろう。一晩で二度目の襲撃を行う事は考えにくいが無いとは言えない…ザック、本当にすまない。」


「少佐、いやローレンス王子。あなとのおかげでレイラは無事です。感謝しています。もとよりどんな手段を使っても我々はレイラを守る覚悟でいます。もし次に襲撃してくることがあれば、デュランダル号の火器を使用してでも死守してみせます。」


 ローレンス少佐は姿勢を正すと綺麗な敬礼を行い。回れ右をするとリムジンから遠ざかっていった。


「おいザック。スピアーズ国軍の警護無くしてレイラ様をお守りできるのか?」


 振り向くとナカムラが人差し指を俺に向けてまくし立てていた。


「ナカムラさん、そもそもローレンス少佐は独断で我々の警護についてくれたのです。本来であれば先程の襲撃だって我々だけで防がなければならなかった。」


 ナカムラはまだ何か言いたそうだったが、リムジンのシートに深く腰かけなおしてむくれた子供のように俺を無視して不服そうに中空を睨んでいた。ただ俺はナカムラに構っている時間は無かった。俺は頭の中で宿泊予定のホテルで襲撃を受けた場合のシミュレーションを始めていた。ローレンス少佐の部下たちが抜け3台となった車列の先頭に乗り込むと、俺は運転手に発進の合図を送った。             



 車列はその後上空でデュランダル号が警護する中、指定のホテルまでの何事もなくたどり着くことができた。車から降りて暗がりの中ではあったが辺りを見回した俺は、改めてローレンス少佐の〝ホテルの周りには民家もなく、それなりの人員をかけてホテルを襲撃したとしても一般人を巻き込む事もない。〟という言葉を噛み締めていた。海辺に立つホテルの周りは広大な庭園とゴルフ場が併設されており、攻撃に対して障壁になりえるような構造物は無く、民家も見えない。人知れず襲撃するにはこれ以上ないロケーションだった。


「何もないところね。襲撃するにはもってこいという感じ?」


 レイラの声に振り向くとレイラとサラが立っていた。俺は苦笑いして頷いた。


「ああ、確かに。ただ俺はひねくれ者でね、困難と思わるシチュエーションだと逆に燃えるたちでね。」


「あら変態なのね?」


 レイラが〝困った人ね〟と肩をすくめながら言った、しかしその顔が笑っていた。俺も〝そのようで〟と笑顔を作って肩をすくめた。


「レイラさん、あなたを必ず守ってみせます。ただ気持ちや気概だけで言っている訳ではありません。今、この瞬間も俺たちの真上でデュランダル号が警戒を続けています。俺たちの船はその気になれば一国の中隊程度の軍隊と互角に戦える装備を備えています。スペンサー卿が各所に影響力を持っていると言っても所詮しょせん裏から手を回す程度の事。安心してください、明日あなたは正式にイングヴェイ王からスピアーズ王家の第二王子の妃として認められるのです。」


「ありがとう」


 レイラが右手を左胸に当てて頭を下げた。会話が途切れるのを待っていたサラが注意を喚起した。


「ザック、レイラを中に。上手く隠れた狙撃手が狙っている可能性も排除できないわ。」


「そうだな。」


 俺はそう応えると声を張り上げた。


「全員ホテルの中に!10分後にどこか場所を見つけてブリーフィングを行う!」








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