第12幕 刺客

 周囲に気を配りながら俺は上体を起こして辺りを見渡した。RPG(ロケットランチャー)は前を走る装甲車に命中したようだった。装甲車の後部ハッチから10人程度の武装した人影が降り立ち道路左右の木の陰に身を隠した。前方が光り、再度誰かが〝RPG!〟と叫んだ。俺も道路の脇に向かって身を躍らせた。後方で破裂音がしたと思うと爆発音がそれに続いた。装甲車が大破した。すぐ側にローレンス少佐も退避していた。俺の方を向いて何か叫んでいるが何も聞こえない。さっきの最初の爆発から耳は相変わらず〝キーン〟と甲高い音がし続け、ほとんど使い物にならなかった。しかし機関銃で応戦している事は微かに聞こえる音と、体に伝わる振動から分かった。俺はアキラを呼んでいた事を思い出し、身を伏せるとインカムに叫んだ。


「アキラ、無事か!?」


「大丈夫、現在高度を取って公園の上空を旋回中。」


 インカムは骨伝導だったのでアキラの声はなんとか聞き取れた。アキラが続けた。


「ザック、そっちこそ大丈夫なの?インカムから聞こえた爆発音、大きすぎてミュートがかかった。」


「俺は無傷だ。前を走る装甲車がRPGにやられた。現在ローレンス少佐の部隊が小火器で応戦中だ…」


 俺は10秒ほど前方に目を凝らし、戦況を伺った。聴力もだいぶ回復してきた。短い時間だが俺にはどう見ても押されているように見えた。


「どうしたの、ザック?」


「…アキラ、相手は配置からして十分な準備をしての待ち伏せとみていい、こちらが不利だ。ストライダーを降ろしてくれ、撹乱かくらんする。」


「戦車タイプの〝デストロイヤー〟じゃなくていいの?」


「こんなところで戦車砲をぶっ放したら俺たちが戦争をおっ始めたと非難の的になっちまう。ここはストライダーを使って各個撃破だ。ラックに暗視ゴーグルを入れといてくれ。」


「了解。」


 ストライダーは一言でいうと空中を移動できる一人乗りが基本のバイクだ。バイクでいう前輪と後輪の位置に下向きのファンを配置して浮力を得、操縦者の座るサドルの後ろに配置された後ろ向きの二つのファンで推進力を得ていた。充電バッテリーがフルの状態で30分程度の稼働が可能だった。特殊なファンの構造からほとんど音を立てずに飛行する事が可能で静粛性が高く、隠密行動にはもってこいのギアだ。


 俺はローレンス少佐を探した。そこかしこで射撃音が聞こえていた。程なく樹木に身を隠しながら無線で部下に指示を送っている彼を見つけた。俺は身を低くしながら彼に近づくと身振りを交えながら相手の上空背後から攻撃して撹乱すると説明した。ローレンス少佐は最初俺の言う事が理解できなかったようだが、ちょうど俺の側にオートパイロットで降りてきたストライダーを認めると全てを理解したのか親指を立てた。

 俺はストライダーのサドルに跨ると操縦桿の下にあるラックを開け暗視ゴーグルを取り出し装着した。俺は操縦桿を引いてストライダーを上昇させた。ストライダーが隠密性に優れているのは静粛性もさることながら、その形状やレーダー波を吸収する塗料など最新のステルス技術がふんだんに注ぎ込まれており、相手からは極めて見つかりづらい性能を有していた。ただし長所があれば短所もある。バッテリーでの稼働時間30分はやはり色々な作戦を遂行するには短く。短時間で最大限の効果を上げる方法を常に考える必要があった。ストライダーが周囲の木々より高い高度まで上昇した事を確認すると俺は操縦中高度が下がり木に接触することがないよう高度をロックし、襲撃者達が配置していると思われるエリアの後方に回り込むべく速度を上げた。帰投するためのバッテリーを考えると20分以内に十分な効果を上げねばならない。  

 襲撃者達の背後に回り込むにつれて、暗視ゴーグルには木々の陰に隠れていた襲撃者達が浮かび上がった。俺は間をおかず一番後方からローレンス隊に銃撃している襲撃者の上空から肩を狙って引き金を引いた。ゴーグルの中で標的の体が跳ね、命中を確認した。二人目、三人目までは彼らが予期せぬ方向からの不意の銃撃に対応できずに簡単に戦闘継続能力を奪うことができた。しかし襲撃者達もそれなりの訓練は受けているようで、俺の上空からの襲撃に気づき、勘に頼ったものではあったが上空に向けて牽制の銃撃を始める者が現れ始めた。俺は上空で回避行動をとりながらS&Wを撃ち続けた。すると俺に注意を向けている襲撃者達の背後から彼らとは違う二十名ぐらいの人影が突っ込んで来るのが暗視ゴーグルに浮かび上がりあっという間に襲撃者達を制圧しはじめた。ローレンス少佐の部下達に違いなかった。俺の陽動としてのアタックを即座に利用したローレンス少佐のそつのなさに俺は少し感心していた。


 俺はS&Wをホルスターに戻すとストライダーの高度制限を外して降下させた。地上に降りると俺は暗視ゴーグルを外してインカムで先ずはサラに呼びかけた。


「サラ、聞いてるか?レイラは無事か?」


 返事はすぐ返ってきた。


「無事よ、ローレンス少佐の部下達がガッチリガードしてくれているわ。」

 

「アキラ、現在の交戦相手以外の脅威はないか?」


「今のところ上空に異常なし、また近寄ってくる怪しい車両も確認できず。」


「アキラ、引き続き警戒を怠るな…」


 ここで俺は戦況を見極めようと目を凝らし、耳をそば立てた。銃撃音は散発的になり勝敗がほぼ決した事を物語っていた。


「…ストライダーをオートパイロットで戻す。アキラ、デュランダル号で受け取ってくれ。」


「了…」


 その時だった、背後に湧き上がる殺気を感じて俺は前方に体を躍らせた。頭のすぐ後ろで何かが空を切り裂く音がした。俺は距離を取るべく前方に2回、回転しながらホルスターのS&Wを引き抜くと、起き上がりざま見当をつけて三発撃ち込んだ。しかし手応えが無いどころか姿が見えない。その刹那、後方の死角に気配を感じ、俺は体を反転させながら銃口をそちらに向けようとした。しかし視界の隅に相手が更に死角に入りながら棒状のものを俺の頭に向けて振り下ろしてるのが見えた。俺は相討ちを覚悟で引き金を引いた。しかしやはり手応えは無く、俺の頭も砕かれはしなかった。相手が避けたのだ。俺は更にもう一発打ち込もうと目で襲撃者を追いつつ銃口を向けたがそこで動きを止めた。何故なら襲撃者が構えを解き、挑発的な笑みを浮かべて突っ立っていたからだった。銃口を向けたまま俺は嫌味の一つも言ってやりたくて話しかけた。


「そんな棒一本で襲い掛かってくる馬鹿にしてはやるようだな。」


 その男は自分の手にある棒を一瞥すると嘲笑を込めて言い返してきた。


「その言葉そのまま返すぜザック。これはなこんといって古くからある人も殺せる立派な武器よ。」


「まあその武器で頭を割られかけたんだ、いっぱしの武器である事は認めよう。で、あんた誰なんだい?俺のこと知ってるようだが俺はあんたに見覚えはない。」


ワン、スペンサー卿に雇われた殺し屋さ。あんたほどじゃ無いが〝功夫カンフー使いのワン〟と言えば星間でもそれなりに通った二つ名なんだがな。」


ワン?知らねえな。俺は殺しは請負わないんで殺し屋にも興味はない。」


「よく言うぜザック。今までお前の手にかかって死んだのは、悪党や賞金稼ぎばかりかもしれないが500を軽く超えると聞くぜ。正当防衛で奪った命と俺が金を貰って奪った命の重さは違うとでも言うのかい?俺が下衆ならお前も下衆よ。」


「うるさい!殺し屋風情が!」


 一瞬で頭に血が昇り俺は叫んでいた。俺が今まで奪ってきた命に対してどれだけ悔いているか。S&Wをホルスターに戻すと俺は怒りに任せて右拳をワンの顔面に叩きつけようとした。しかしこんが伸びて気が付くと俺は転がされてた。俺は飛び起きると渾身の蹴りを膝の外側の急所にたたき込もうとした、が蹴りはワンが地面に角度をつけて置いた棍に簡単に遮られ俺の足の甲に激痛が走った。どうやら功夫カンフーとは相手の力を利用して攻撃する格闘技のようだ。俺は迂闊に近づけない事を知り間合いを取った。それを見てワンが宣言した。


「ザック、ここでこれ以上あんたとやり合うつもりはない。今回の依頼ターゲットは一条レイラ。彼女を殺ってからゆっくり相手してやるよ。」


 ちょうどその時、一台のオフロードバイクが二人の間に突っ込んできた。俺がバイクを避けると、ワンが〝じゃあな〟とゼスチャーを残しバイクの後席に飛び乗るのはほぼ同時だった。俺は即座にS&Wを構えたが、けたたましいエンジン音を響かせながらバイクは既に暗闇の中に消えていた。俺は静かに銃を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る