第9幕 晩餐会

 俺達は晩餐会までの間を忙しく過ごした。晩餐会はイングヴェイ王の主催なので、進行、警護、料理、すべて王に近しい者が責任者となりその任に当たっていた。デイビット王子の取り計らいで警護の担当である近衛兵長に顔を繋いでくれたおかげで限られた時間内に準備は大方整えられた。ただサラ用の女性給仕の服はやはりその身長から合うものがなく、男性給仕の服を着る事になった、が長身に流れるような金髪のロングヘヤーを首の後ろで結わえた姿はただそれだけで美しく、すれ違う人がいちいち視線をサラに止めた。どうしても目立ってしまうサラへの不満が俺の顔に出ていたのだろう、サラが文句を言ってきた。


「仕方ないでしょう!それともアキラと今から交代する?」


「いやアキラに警護を任せたらきっと愛刀の〝サムライソード〟を持ち込むと言い出すだろう、今以上に目立っちまうよ。それより会場の間取りは頭に入ったか?」


「もちろん、ただこの男性給仕の格好じゃ武器はそれほど持てないわよ、これぐらい…」


 そう言うとサラはドレスのそでの内側を見せた。前腕ぜんわんに巻きつけるように小型のスローイングナイフが仕込まれていた。


「このサイズじゃ一投で致命傷とはなかなかいかないわよ。」


「多分大丈夫。イングヴェイ王主催の晩餐会で何かあればイングヴェイ王の顔に泥を塗る事になる。襲撃の可能性は限りなく低いだろう。」


「襲撃があるとすれば晩餐会終了後から明日の『婚約の儀』までのあいだね。」


「そういう事だ。ただお互い気は抜かないよう締まっていこう。」


 簡単な最終打ち合わせを済ませた後、俺とサラは配置についた。また開場には少し間があった。目立たないようブレスレット型の端末に俺は話しかけた。


「アキラ何かつかめたか?」


 端末からアキラのつまらなそうな声が響いた。


「晩餐会か~楽しそうだよね。俺はいつもお留守番。VIPの食事ってどんな感じ?」


「バカ、遊びじゃないんだ、警護だぞ。時間がない、分かった事を報告しろ。」


 〝フーッ〟とわざとらしい溜め息をつくとアキラは報告を始めた。


「ザック、やはりマークが必要なのは王立第一ギルドのマスター、スペンサー卿だな。こいつはかなりのわるだね。過去にこの国の麻薬にまつわる秘密を暴こうと何人ものジャーナリストや連合政府の調査員がこの惑星に入っているがみんな消息不明になっている。もちろんスペンサー卿が関わったという証拠はないが、裏の世界ではそれらの消息不明にはスペンサー卿がんでいるというのがもっぱらの噂さ。」


「今日の晩餐会にはそのスペンサーも出席するはずだ。どんな奴なのかこの目で確かめてやる。」


「ザック、向こうがレイラに手を出す前にヤッてしまうという選択肢は?」


 アキラが暇を持て余しているのか絡んできた。


「あるわけないだろ!俺たちは請負屋アンダーテイカーがだ殺し屋アサシンじゃあない。無いとは思うが航空機やドローンよる爆撃、それから分隊規模での襲撃兆候ちょうこうあれば即報告と援護を。」


「ラジャー」


 それだけ言うとアキラの方から無線が切られた。



 晩餐会は盛大できらびやかなものだった。警護に関しても会場の壁際には10メートルのピッチがで大柄でいかにも屈強そうな近衛兵が並び目を光らせていた。銃こそ持っていないようだが長い曲刀を帯剣しており。不審者でもいれば一刀両断するような気迫があった。

 食事が始まると俺は常に視界にレイラを捉えながら給仕の振りを続けた、と同時にサラがレイラの側にいる時にはここでしか得られる情報を得るべく会場内の観察も怠らなかった。

 イングヴェイ王は歳の頃70位か、穏やかな笑顔を絶やさず顔にたたえて近くに座る要人たちと会話を楽しみながら食事を楽しんでいた。横に座る女性はいない。なんでも王妃は三男の出産後、産後の肥立ちが悪く亡くなったとレイラから聞いていた。次にフレデリク王太子だが第一印象は父王とはだいぶ違っていた。いかにも神経質そうな痩せた頬の上に、顎を引いているからなのか常に上目遣うわめづかいで周りを睨んでいるように見えた。彼に話しかける人も多くは無いように見えた。それに比べてデイビッド王子の周りにはまだ食事の最中だというのに人垣ができた。もちろん明日の『婚約の儀』に向けての祝辞を述べたい人が多いという事を差し引いても人気があるのは明白だった。

 

 多くの来賓が食事が済ませ、各々が思い思いのタイミングでコーヒーや紅茶が用意されたサロンに移動し、会話に花が咲いていた。この状態になると人の動きも乱雑になり、サラがぴったりとレイラにマークしても違和感は無かった。俺はレイラに〝少し外す〟と目で合図し、更に情報を得ようと聞き耳を立てながら歩き始めた。その時だった、俺は殺気を感じ後ろを振り向いた。そこには一人の男が立っていた。その男の目を見た刹那、俺の本能は〝危険な奴だ〟とアラームを鳴らした。


「『困難な仕事は〝デアデビルズ〟に、彼らが請けないならだれも請けない。』この星でもあなた方の名声は轟いていますよ。こんなところでお目にかかれるとは光栄です、デアデビルズのチームリーダ、ザック。」


 その男はいきなり俺の素性を当てて来た。


「何をおっしゃっているのか、私は給仕で仕事中です。失礼いたします。」


 私はそれだけ言うとその場から立ち去ろうとした。


「ザック。あなたとりあうのはできれば避けたい。話だけでも聞いてくれませんか。」


 相手が俺の事を完全に認識しているとなると、しらばっくれるのは相手から逃げるような気がした。俺は立ち止まると振り向いた。そこに立つ男性は身嗜みだしなみこそ紳士そのものだったが隙が一切なく、今にも飛び掛かってくるような威圧感を放っていた。俺は確信した。


「あなたがスペンサー卿ですか。お初にお目にかかります。」


そう言って俺は視線だけは彼から外さす慇懃いんぎんに腰を折って礼をした。


「これはこれはご丁寧に。さてザック、今回あたながレイラ嬢から請け負った成功報酬の倍の金額を出しましょう。手を引いていただけませんか?」


「それは出来ない相談です。私は一度請負った仕事は契約内容が守られる限りこちらから破棄した事は一度もない。」


「ザック、あなたはひとつの国と戦争を構えるほどバカではないでしょう?」


「俺は請負っているのは和泉いずみ国首相のご令嬢の護衛だ。戦争?俺にはあなたの言っている事がよくわからない。」


「あの女の考えている事はこの国が長きに亘って築き上げてきた秩序を破壊する行為だ。万難を排して阻止させていただく。」


「それを決めるのは国民または、この国なら国王なのではないのか?間違っても商人のヘッドごときが決める事ではないと思うが。」


 俺の言葉にスペンサー卿の顔色が変わった。


貴殿きでんは我がギルドを愚弄ぐろうするのか?我々の陰なる努力が無ければこの国など、王家などとうに無くなっておる!」


 俺はスペンサー卿の押し殺した声の中に狂気が孕んでいるのを感じた。今の発言は王に仕えるものが発して良い内容ではない。その俺の驚きに気が付いたのかスペンサー卿は冷静さを取り戻して言った。


「商談不成立ですな、残念です。」


 それだけ言うとスペンサー卿はきびすを返してその場から立ち去っていった。



 


 

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