第8幕 リムジン車中

 俺は既にレイラからレイラの『夢』とその夢にデビッド王子が同調しているという説明を受けていた。しかし搾取されている側である和泉国のレイラが『脱麻薬』を夢と掲げるのは当然として、搾取してきたスピアーズ国、加えて王族という立場から見れば、レイラの夢が実現するという事は、今まで持っていた『麻薬』の巨大な権益を放棄する事を意味している。俺は直接デイビッド王子に真偽を確かめたいと考えていた。


「デイビッド殿下、単刀直入にお伺いいたします。レイラさんから聞いたのですが、あなたはこの国の第二王子です。にも関わらず、『脱麻薬』を掲げて立ち上がられるるというのは本当なのでしょうか。」


 レイラから俺に視線を移すとデイビッド王子は静かな笑みを浮かべながら話し始めた。


「ザック、子供にも分かるシンプルな質問をさせていただきます。麻薬はこの世に出回っていいものですか?」


「い…いいえ…」


「ではその子供でも分かる『してはいけない事』を一世紀近く行ってきたからといって『していい事』になるのでしょか?」


 俺は困り顔を作りながら首を横に振った。


「そう、ザック、単純な事です。間違った事をしているのなら正せばいい。」


「しかし殿下、この一世紀にわたって構築された体制を根本からひっくり返すのは容易な事ではないのでは。」


「分かっています。でも手をこまねいて何もしなければ何も変わらない。誰かが手を付けなければならないとして私以上に相応しい人間がこの世にいますか?そして私にはレイラという和泉国出身の強力な協力者もいる…よくレイラと『僕らの出会いは神のおぼしだと』と話すことがありますが、私は貴方が心配するような理想主義者ドリーマーではないつもりです。私を突き動かすのは〝恐怖〟です。私たちが今行動を起こさないと未来永劫この惑星ミューは宇宙に麻薬を垂れ流し続ける人類にとっての病巣びょうそうになるでしょう。スピアーズ国の王子として…母国がそんな事になるのは耐えがたい…」


 デイビッド殿下の目の奥には、強い光が宿っていた。言葉通り浮ついたものではなく、追い詰められたものがもつ覚悟をはらんだ冷たい光だった。俺は二人の覚悟が本物である事を悟った。俺は頭をこれからの護衛をどうするのかに切り替えた。


 「デイビッド殿下、俺は今晩の晩餐会も絶対に安全だとは言えないと考えている。俺とこのサラを警護の為にレイラさんの側にいられるよう取り計らってもらえないでしょうか。」


 デイビッド王子は考えながら話し出した。


「今晩の晩餐会は父王イングヴェイ・スピアーズによる主催です。晩餐会の中で何かが起こる可能性は低いと思います…があなたたちが望むなら何か取り計らいましょう、と言っても会場はテレビでも中継されます。レイラに〝べったりひっついて〟という訳にはいきません。それだと『和泉国はスピアーズ国を信用していないのか?』というスピアーズ国民からのそしりは免れないでしょう。」


 レイラが〝ダメダメ〟と首を振った。デイビッド王子が続けた。


「どうです晩餐会の給仕には男性も女性もいます。給仕の姿でそれとなく警護していただくというのは。」


「ではそれで。」


 俺はデイビッド王子に即答した。サラが〝今度は給仕の格好か!〟と文句を言っている。多分サラの身長に合う女性給仕の服を探すのは骨が折れる事だろう。まだホテル到着まで時間があるようだったので俺は確認したかったもう一つの質問を続けてデイビッド王子に投げかけた。


「ところで殿下、当然ここまで真剣にレイラさんの身を案じられるのは現実的な脅威をお感じになっているからだと思います。その脅威について思い当たる相手がいるのですか。」


 デイビット王子が質問に答えるまでに少しの沈黙があった。


「兄だ、兄のフレデリク王太子。」


「やはり黒幕は王太子…」


「いや違う。兄のフレデリクはレイラを傷つけるような指示を出すはずがない。問題は兄の周りを固めている既得権益者達だ。幾重にもめぐらされたしがらみの中で、王太子の意思は常に歪められ外に漏れ聞こえてくる頃には実際に兄の意思なのか疑わしい状況だ。特に兄の教育係であるショッテンハイマーと王立第一ギルドのマスターであるスペンサー、この二人が兄を思いのままに操ろうとしている中心人物です。」


 俺は腕組みしながら何か状況を好転させる方法はないかと考えをめぐらせた。


「デイビッド殿下がフレデリク王太子と腹を割って話すという訳にはいかないのですか?」


「もちろん話したさ、何度も。しかし兄は現体制の維持こそ大事だという考えで合意は得られなかった。ただ意外にも兄は私の考え自体を否定しなかった。兄も将来的にはどこかで麻薬と縁を切らなけらばならないと考えているように感じた…そして最後に会った時、私はレイラと結婚するつもりだと話すと兄は心から喜んでくれた。あの二人への祝福に嘘はないと私は思っている。」


 リムジンが減速し停まったようだった。


「さあ、ホテルに着きました。私は私で晩餐会の準備がありますので一旦失礼致します。レイラをよろしくお願いします。」


 デイビッド王子がうやうやしく礼をするとリムジンの扉が開かれた。

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