第6幕 レイラの夢

 「まずは一つ目の質問、和泉国が麻薬の原料となる植物の産地なのかについて。答えは『YES』です。ただこれだけは覚えておいて下さい。我が国は最初から麻薬を販売し利益を得ようという魂胆こんたんでその植物を栽培していたわけではありません。この植物から採れる繊維がとても丈夫で、この惑星への入植当時から現在まで、衣服や縄の原料として脈々と栽培し続けてきたのです。」


 俺は頷き、レイラに話を続けるよう促した。


「そして二つ目の質問、『スピアーズと和泉は対等の関係になるべきだ』について。先ほどザックさんが指摘されたとおり、スピアーズ国民は和泉国民に対して優越感を持っています。逆に言うと和泉国民はスピアーズ国民に対し劣等感を持っている事は否めません。何故そうなってしまったのか?それは先程の質問にもあった麻薬が関連しています。

 和泉国民は性格的に温厚で農耕を好んで営んできた民族です。しかし100年程前だと父から伝え聞いていますが、スピアーズ国の〝ギルド〟と呼ばれる商人たちが、この和泉国の特産品である植物から質の良い麻薬が採れる事に目をつけ、宇宙に持ち出して麻薬で儲けようと企みました。そしてこの植物を作る農家に次々と金を握らせてその植物を大量生産できる環境を整える一方、もともとスピアーズ国民は和泉国人と異なり、商魂たくましい民族で、あっという間に表に出る事のない麻薬取引の裏販路を築いたそうです。

 麻薬の取引は違法だと分かっている上で申し上げますが、とても儲かります。スピアーズ国民はその陰なる経済効果の恩恵でとても豊かな生活をしています。しかしその恩恵は和泉国には回ってきません。両国の貧富の格差は開くばかりです。」

 

「それじゃレイラさんが目指す『対等』というのは、麻薬での利益を和泉国にも還元するようスピアーズ国と協議するという事かい?」


「いいえ、そもそも麻薬というのは宇宙で取引を禁止されているものです。この惑星ミューから売られていった麻薬はどこかの惑星のマフィアの資金源となり、いさかいの元となり、人の健康をむしばんでいく。私はこの惑星ミューから麻薬を撲滅したい。」


「ちょっと待ってくれ。これだけこの惑星、両国に深く根差した〝麻薬〟を撲滅なんかできるのか?」


 俺は想定外の発言が出てきた事に驚いていた。


「麻薬こそがこの両国の主従ともいえる関係に縛る元凶だ。この麻薬と決別しない限りスピアーズ国と和泉国が対応の関係になる事は叶わない。」


「麻薬に頼らず二国は成り立つのか。」


「成り立たせなけらばなりません。実際、和泉国において農業に携わる者は、麻薬で得た金の一部を裏から受け取る事で最低限の生活が出来ること、また頑張って麻薬の原料となる植物の収穫を倍にしても結局スピアーズ国のギルドに搾取され裕福になることが許されない中で鋭意努力するという事を怠ってきました。私が調べたところ、他の惑星の最新の農業技術を学び、努力に見合う正当な報酬を受けられるよう環境を整備して競争原理を持ち込む事が出来れば、麻薬栽培以外の農産物の生産量は軽く倍増できるはずです。また和泉国の生活水準も上がるはずです。そして今までどおりその農産物の交易をスピアーズ国にお任せすればスピアーズ国の収入も増えるはずです。聞くところによるとスピアーズ国のギルドは麻薬取引を隠蔽するために連合政府の要人はじめ宇宙中に賄賂わいろをばらまいていると聞きます。麻薬取引から足を洗えばこの莫大な賄賂わいろも払わなくてよくなるはずです。

 時間はかかるかもしれませんが、何世代かのちの惑星ミューの住民はこの歴史的な転換に必ず誇りを持ってくれるはずです。」


 一気にまくし立て、レイラの息は上がっていた。俺が話の続きを受けた。


「今の話は『夢』と言えるほど理想的だが現実感がない。しかしそんな夢を、色々調べさせていただいたが和泉国の最高学府ナガオカユニバーシティを首席で卒業した才女のあなたが安易に語るはずがない。つまりあなたの夢を実現たらしめる要因が見い出せた。それがデイビッド王子、違いますか?」


 私は話し手のバトンをレイラに返した。


「そう、私の愛する人、スピアーズ国第二王子デイビッド・スピアーズ。ザックさんあなたの言うとおり今の話はデイビッドに出会う前は、私の中だけの夢物語でしかなかった。でもデイビッドに会って、デイビッド王子の夢がスピアーズ国の麻薬からの脱却と和泉国との格差是正であると聞かされて私は神が二人を巡り遇わせたと確信したの。そして私の夢を語った時、デイビッドも同じ感想を口にしたわ。〝二人の出会いは神のおぼしだ〟と。そして私たちはこの惑星の歴史を変えるために、二人の命を懸ける事を誓ったの。」


 俺は腕組みしながら考え込んだ。二人のやろうとしてることは麻薬がもたらす犯罪や、宇宙中に蔓延はびこる麻薬中毒者を考えれば正しい事だろう。ただどこか恋愛に浮かれているだけではないかという危うさを感じていた。そして俺たちにその大志を止める権利はない。そう考えると俺は考えを巡らせた。


「今の話を聞いてこれからスピアーズ国に入るにあたり一番気を付けなければいけない組織は麻薬を扱うギルド?それ以外にレイラさんが思いつく危険な組織はありますか?」


「はい、ザックさんのおっしゃるとおり、麻薬権益の総元締め〝王立第一ギルド〟が私の考えを知っているなら私を亡き者にしようと考えると思います。また…憶測でものを言ってはいけませんが、その王立第一ギルドのマスター、スペンサーがデイビッドの兄、つまり第一王子フレデリク王太子に急接近していると聞きます。デイビッドに聞きましたが王子たちは王家の慣例にのっとり10歳になると専属の教育係が付き、王家を離れて別々に暮らし始めます。5歳違いのフレデリク王太子とデイビッドは幼少期をほとんど一緒に過ごしていない事もあり、仲があまり良くないそうです。ただの懸念で終わればいいのですが…」

 

 俺は時計を見た、着陸予定時刻までまだ一時間ほど時間があった。


「分かった。レイラさん、着陸までの時間、その〝王立第一ギルド〟について提供可能な限りの全情報を俺たちにご提示願えませんか。それからスピアーズの空港の見取り図、宿泊するホテルまでの移動経路、それから宿泊するホテルの各階の見取り図もお願いします。」


〝分かりました〟とレイラが立とうとすると、それを押しとどめてナカムラが部屋を出て行った。俺も集中するために離陸時の席に戻る事にしてVIP室を出た。そして機内を歩きながら時計型の端末にこっそりと呼びかけた。


「アキラ、今までの話し、聞いてたか?」


 直ぐに応答が返って来た。


「よく聞こえてますよ。〝恋は盲目〟と過去に言った人がいたそうですが…ところで実際に会ったレイラさんはやっぱり綺麗でしたか?ザック。」


「馬鹿な事言ってないですぐ〝王立第一ギルド〟についての調査を始めろ。」


「分かってますよ。もうインターネット上の情報は集め始めています。こちらで得た情報はザックが携帯している端末に送りますから。」


 〝ヨロシク〟と言って通信を切ると、俺は席に座って窓の外を見た。見下ろすと雲一つなく広大な海が広がっていた。俺は危険地帯デンジャーゾーンに足を踏み入れる高揚感を感じていた。


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