第5幕 機内にて

 専用機は離陸し、しばらくするとシートベルト着用のサインが消えた。するとクルーが呼びに来てついてくるよう指示された。そのクルーについていくと機内にVIP用の個室があり、クルーの指示のままに扉を開けて中に入った。

 中は十分に広いスペースにテーブルとそれを囲むように座り心地のよさそうなソファーが配置され、レイラとサラは既に打ち解けたのか並んで談笑していたようだったが私が入室したことで会話が途切れた。あんなことがあった直ぐ後なのでサラには警護は当然だがレイラのメンタルのケアも指示していた。私は〝流石さすがだな〟という目配せをサラに送るとレイラ嬢に話しかけた。


「三人だけで話をしたいとの申し出を聞き入れてくれてありがとう…」


 と俺が切り出した途端に扉をノックする音がした。すると扉を開けてナカムラが入って来た。


「失礼します、レイラ様。レイラ様の危険を一度救ったとはいえ、つい二時間前に身を明かした者たちです。私は一条家ご当主様からレイラ様警護の全権をお任せいただいている身です。当然同席させていただきます。」


「よく言うよ、襲撃者にレイラのいる部屋にまで侵入されといて。」


 ナカムラから露骨に信用できないという態度を取られてサラはわざと聞こえるように陰口をたたいた。しかしナカムラはすぐさま反論した。


「そもそもあなたたちが警護を引き受けると約束しておきながら現れなかった事で我々に混乱が生じたのです。あの襲撃もあなた方が許したようなものだ。」


 目に怒りを込めてサラが立ち上がった。俺は慌てて二人に割って入った。


「止めないか!俺たちの目的はレイラさんの警護でこれから協力が必要な間柄だろう。」


 そう言うと俺はナカムラに向かって言った。


「ナカムラさん、同席するのは構わないがここでの話、他言無用でお願いしたい。」


 ナカムラはまだ苛立いらだちが収まらないのかからみ続けてきた。


「あなた方は私が信用できる人間ではないとでもいうのかね?」


「ナカムラさん、私はそんなことは言っていない。警護をする上で情報によっては警護を指揮する人間だけが共有した方がいい場合があり、今まさにそういった情報の話をしたいと言っているだけです。」


 ナカムラは皆が自分が〝指揮する側の人間〟であると認めたと勝手に思ったか満足そうにうなずくとさっさとソファーに座った。すると時間がないことに気を揉んでいたのかレイラが〝では〟とうながし、俺は話し始めた。


「まずレイラさん、事前のコンタクトなしに警護を始めた事をお許しいただきたい。何故そのような手法を取ったかというと、俺たちが得た情報では今現在レイラさんの存在を疎ましく思っているのはスピアーズ国のみならず、和泉いづみ国内にも存在する…」


「何を言うかと思えばお前は和泉国民を愚弄ぐろうするのか!」


 俺の言葉をさえぎりナカムラが口を開いた。それを制したのはレイラだった。


「ナカムラ、控えなさい。ザックさんの話が進まないではないか。」


 名指しでレイラにたしなめられ、ナカムラはバツが悪そうに口をつぐんだ。


「…続けさせていただく。まずスピアーズ国民の多くは、選民意識とまでは言わないが和泉国民に比べると自分達の方が優れていると考えている。そのスピアーズ国において、もっとも古く高貴な血が流れる王家に、和泉国の者が嫁いでくるという事は受け入れ難い事であり、特に民族主義的な考えの者にとってはデモをしてでも反対したいといったところだ。また和泉国内においては日頃から和泉国から搾取していい暮らしをしているスピアーズ国に対し不満がある。レイラさんが嫁ぐという事も、スピアーズ国への隷属れいぞく的なイメージが喚起かんきされて素直に祝福できない人も多いと聞く。だがどちらの市民感情もそれが先程の襲撃にまでつながるとは到底思えない。そこでレイラさん、あなたから直接答えを聞きたい質問がある。」


 俺は一旦言葉を切ってレイラの顔に視線を据えた。


「ひとつ、惑星ミューが、というか和泉国が麻薬の一大生産地であり、それをスピアーズ国が買い叩いて宇宙にばらまき大金を稼いでいる。これは真実か否か。」


 俺は一拍間をおいてから続けた。


「ふたつ、レイラさん、あなたは過去に『スピアーズと和泉は対等の関係になるべきだ』と発言したと聞いている。これも真実か否か。そして真実だった場合、『対等の関係』とは具体的にどのような関係をイメージしているのか…」


 私が話し終わらないうちにナカムラが遮って話し始めた。


「よそ者が口を挟む事じゃないだろう!」


 再度話の腰を折ってきたナカムラに我慢がならず、俺はテーブルを力任せに平手で叩いた。〝バン〟と驚くほど大きな音が室内に響いた。


「報酬を貰うとはいえ俺たちはそこにいる一人の女性を守るために命を張るんだぜ。明かせない情報があるって言うなら今からでも俺たちはこの件、降りさせていただく。空港のホテルで命を助けた分はサービスだ。違約金が欲しいと言うならくれてやる。」


 俺は一気に吠えたてた。

「待ってください…」


 しかしレイラの冷静な声が一気に室内に冷静さを取り戻させた。


「…私は先程の質問に答えないとは言っていません。二時間前の襲撃で私の命が狙われていることは痛感しました。」


 レイラはナカムラに視線を移し、続けた。


「ナカムラ、この部屋を立ち去るか、以後絶対に口を挟まないか、どちらか選びなさい。」


 その言葉には威厳があり、ナカムラは小さく〝口は挟みません〟と答えた。レイラは俺に向き直ると先に質問をしてきた。


「その質問に答える事で今回の襲撃を指示した者の特定につながるのでしょうか?」


 レイラの質問に彼女の思慮深さを感じながら俺は答えた。


「ああ、特定まではいかないがある程度絞れるとは思っている。」

 

 レイラは自分を納得させるように一つうなづくと話し始めた。

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