第4幕 一条レイラ

「ナカムラ、今回金で雇うという護衛はそんなに腕利きなのか。そもそも護衛を引き受けると答えて来たはいいが、出立の朝になっても現れないとはどういうことか。」


 ナカムラと呼ばれた男は額の汗をハンカチで拭きながら答えにきゅうしていた。


「下調べでは一度引き受けた仕事の完遂率はほぼ100%で、人質の救出から停戦監視まであらゆる仕事を引き受けるそうです。そのチームリーダーのザックは〝命知らずデアデビル〟と呼ばれて、その道では知らぬものはいないという話です。」


 ナカムラの答えが的を得ないものだったので一条レイラは〝フーッ〟とため息をつくと窓の外に視線を向けた。ちょうど滑走路から旅客機が離陸するところだった。

 ここは和泉いずみ国の首都、『ナガオカシティー』に近い空港に併設されたホテルのVIPルームだった。一条レイラはあと1時間半後にはスピアーズ国の首都であり王都、『C・O・S(シティ・オブ・スピアーズ)』に向けて専用機で飛び立つ予定であった。


「…もしかするとザックは今までマフィアや戦争を停戦に追いやられた国から恨みを買ってその首にS級の賞金が懸けられているとも聞きます。…もしかすると…」


 ナカムラがレイラの機嫌を損ねないようにおずおずと話しかけけてきたが、レイラは顔の前で手を振って話を遮った。そのタイミングでルームメイドがレイラの前のテーブルに紅茶のカップを置いた。


「レイラ様、ミルクと砂糖はいかがされますか?」


「ミルクだけお願いするわ。」


 そう頼んでメイドに一瞥をくれたレイラは、彼女が背の高い金髪の麗人であった事に少し驚いて二度見した。ただすぐ視線をナカムラに戻し話を続けた。 


「そもそも私に何の相談もなく、そんなやからに私の護衛を頼んだことが間違いではないですか?警察に依頼した護衛はいるのですよね?もういいです。ナカムラ、どうもこの服は派手すぎて落ち着きません。衣装コーディネーターを呼んで。」


 ナカムラは更に額に吹き出た冷や汗を拭いながら頭を下げた。


「申し訳ございません。承知しました、衣装コーディネーターを呼んできます。」


 そう言うとナカムラはそそくさとVIPルームから出て行った。レイラはその後ろ姿を見送ると、首を振り、ソファーに深く腰を掛けなおした。そして深い溜め息をつきながら心の中で思った。


「(私がイライラしてどうするの。このいばらの道を選んだのは私自身。)」


 レイラは気を落ち着かせようとテーブルの上の紅茶に手を伸ばした。その時、何か扉の向こうで物音がしたと思うとノックの音が聞こえた。


「レイラ様、着替えをお持ちしました、入ります。」


 そう声がすると扉を開けてキャスター付きの衣装ケースを押しながら一人の女性が入って来た。

 レイラは違和感を感じた、いつもの衣装コーディネーターとは違う女性だ。とその女性が衣装ケースから何かを取り出した。


「(サブマシンガン!)」


 その時誰かがレイラを床にせさせおおいかぶさった、と同時にレイラが座っていたソファーが〝ダダダダ…〟と撃ち抜かれた。その連続する銃声が止んだ瞬間レイラに覆いかぶさっていた人物が素早く起き上がるや否や何かを投げるとサブマシンガンを構えた襲撃者はうめき声を上げながら後ろ向きに倒れた。その胸には深々とスローイングナイフが突き刺さっていた。

 レイラが恐々こわごわと顔を上げるとすぐ横で先ほど紅茶を給仕してくれた長身のルームメイドが身構えていた。レイラは自分を助けてくれたのは彼女だと気づいた。しかしその手元を見てレイラは〝ヒッ〟と悲鳴を上げた。いつでも投げられるよう振りかぶった手の中にはナイフが握られていた。そしてそのメイドの視線の先を目でたどったレイラは更に長い悲鳴を上げる事となった。そこには胸にナイフが刺さった死体が転がっていた。


「レイラ様、もう大丈夫、大丈夫です。大きく息を吸って…吐いて。もう一度大きく吸って…吐いて…」


 メイドは死体から目を離さずにレイラが落ち着くよう語り続けた。するとドアからホテルマンの格好をした一人の青年が飛び込んできた。その男がリボルバー銃を構えていたので再びレイラは悲鳴を上げた。


「レイラ様、大丈夫です。お味方です。」


 その男は銃口を四方に向けながら室内の安全を確認しているようだった。そして周囲を警戒しながら後ろ向きでレイラの元に近寄って来た。するとメイドがホテルマンに声をかけた。


「ザック、遅い!」


「すまない、そこに転がってる死体だが、さっき廊下でナカムラ氏と会話をしていたのでレイラ嬢のお付きの者だと思っていた。ただ確実に一人だったので、仮に見立てが間違っていても、一対一ならどんな武器を持ち込んでもサラが負ける訳ないという読みもあり、時間差での別の襲撃の可能性を考えて外を警戒してた。」


 そう言うとホテルマンの変装をしたザックがメイドの変装をしたサラにウインクした。


「そう言われると何も言えないわねぇ。」


 サラはナイフをスカートの下、太腿のフォルダーに戻すと慎重に死体に近づいた。もちろんザックが銃口を死体に向け警戒は怠らなかった。サラは襲撃者の頸動脈に指を当て、襲撃者の完全な死を確認した。二人の体から力が抜け、警戒が解かれたことをレイラは感じた。

 変装の蝶ネクタイを外しながらザックはレイラに近づき右手を差し出して言った。

 

「チーム『デアデビルズ』リーダーのザックです。以後お見知りおきを。」










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