第3幕 惑星ミュー

「ボディガード?それならその国の警察や軍に任せれば俺たちがやるより有効だろ。いざとなれば数にものを言わせれば済むたぐいのものでは。警察や軍なら金もかからないし。」


 俺は素直に戸惑う理由をムーヤンにぶつけた。その疑問に対し、ムーヤンは質問でこたえてきた。


「惑星ミューについてザックはどのような知識をお持ちですか?」


「緑の多い第一次産業惑星。肥沃な土地で農業や漁業が盛ん。採れた食材を他の惑星に輸出し外貨を稼ぐ…そんなとこかな。」


「まぁ一般の方が持っているイメージはそんなところでしょうね。ザックさん、惑星ミューのネガティブな、つまり悪い噂を聞いた事はないですか?」


 ムーヤンに言われて俺は〝ハッ〟とした。ある噂を思いだしたからだ。


「…宇宙の麻薬の半分は惑星ミュー産…」


 モニターの向こうでムーヤンがうなづいた。


「麻薬は当然ですが宇宙のどこに行っても違法です。使用はもちろん売買、所持しているだけでも警察に捕まります。ですがそれでも宇宙から麻薬は無くならない…実はこの惑星ミューの『和泉いずみ国』に広がる広大な農場で、秘密裏に麻薬の元となる植物が大量に育てられ、野菜等の惑星外への輸出の際に、『スピアーズ国』が巧妙に輸出し商売しているという噂が古くからあります。またこの惑星に存在する二つの国の関係には少し問題がありまして、入植以来、『スピアーズ国』が一方的に『和泉いずみ国』を支配し、搾取する状況が続いています。」


「『麻薬』にしても『ある国による他国の植民地的支配』についても、そういったたぐいの話は宇宙連合政府が黙ってないんじゃないのかい?」


 気になる話題なのかサラが口を挟んだ。


「それが何故か『麻薬』については宇宙連合警察の査察も入らないし、『植民地問題』も宇宙連合政府から政治的外交的圧力がかからない…これはまことしやかに裏でつぶやかれていることですが、『スピアーズ国』が麻薬の売買で儲けた金で宇宙連合政府高官を買収し、問題化しないよう手を回しているとかいないとか。」


 ムーヤンがサラの質問に答えた事で話が逸れていくように感じ、俺は問いただした。


「ムーヤン、俺がお前に尋ねたのは『何故ボディガードなんて要請が俺たちに入ったか』なんだが。」


「ザック、詳細はお会いした際に資料ともども詳しく話しますが事態がとても混み入っていて、今話したことも大変重要な事なんです。実は『スピアーズ国』の第二王子と『和泉いずみ国』現首相のご令嬢が周りの反対を押し切りこの度ご婚約されました。」


 俺は眉をひそめて言った。


「ん?なんかややこしい事になりそうだな。」


「そうなんですザック。搾取する側と搾取される側の要人同士の婚約。またスピアーズ家では第一王子より第二王子の方が国民の人気がある上に、その婚約者となった首相令嬢は過去に『スピアーズと和泉いずみは対等の関係になるべきだ』と発言しており、スピアーズ国の国粋主義者達から警戒されています。また和泉国にも今まで麻薬で旨い汁を吸ってきたやからがおり、スピアーズと和泉の関係が変わる事を良しとしない勢力があるという話です。」


「で、誰を信用していいか分かり難い状況では、一番信用を置けるのは金で雇われる俺たち、という訳かい。」


「私は仕事の斡旋を生業なりわいにしているだけで依頼者の意図ははかりかねます。ですが『仕事を斡旋する際にはフェアである事』が私の仕事をする上での信条です。知りうる限りの情報はザック、あなたに開示するつもりです。」


「あとは俺たちで受けるか受けないか判断しろという事か、分かった。いやムーヤン、その信条による情報の提供で今まで何度か命が助かっている、ありがとう。」


「どういたしまして。」


 ムーヤンがうやうやしく頭を下げた。


「ところでムーヤン、まだ大事な話を聞けていない…成功報酬は?」


 ムーヤンは頭を上げると一拍いっぱく間をおいてから答えた。


「600万ギルド」


「600万ギルド!?」


そう言うとアキラが〝ピュ~〟と口笛を吹いた。依頼に携わる期間にもよるが100万ギルドを超える報酬は、通常、停戦監視など命がけの仕事でしか受け取れない報酬だ。しかし俺は何か心に引っかかるものがあり即答する気にはなれなかった。


「ムーヤン、受けるか受けないか回答する期限は?」


「今からですと24時間以内には回答が必要です。というのは約120時間後に和泉国の首相ご令嬢、レイラ様がスピアーズ国の王城でイングヴェイ王にご挨拶されます。契約内容では護衛の開始はそのイングヴェイ王への謁見からになるそうです。スピアーズ国への入国前に前打合せも必要でしょう、24時間でもギリギリのところです。」


 「ではその24時間いっぱい考えさてもらう、がもちろん時間は無駄にしない。この仕事を請ける請けないに関係なく直ちに惑星ミューへの移動は開始する。サラ!」


 俺がサラに視線を向けると既にデュランダル号の発進に向けて発進シークエンスを実行していた。


「5分後には離水できます。」


 私はモニターの映るムーヤンに言った。


「今回は上辺うわべ以上にやばい仕事な気がする、1時間後に衛星軌道上で合流できるか?あるだけの情報が欲しい。」


「承知しました。では1時間後に衛星軌道上で。」


 そう言うとムーヤン側から通信が切られた。俺はシートに深く身を沈めると早速今回の仕事を受けるか否か判断すべく今聞いた情報と、これから必要になるであろう情報を頭の中で整理し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る