第2幕  仕事の依頼

 この惑星の海にデュランダル号を着水させてから2時間が経過していた。俺はコンソールの上に足を投げ出しながら豆からいたコーヒーを楽しんでいた。相手から連絡がこないものは仕方ない。リラックスできる時にはリラックスだ。コックピットのメインモニターには外の様子が映し出されている。快晴だ、海も静かだ。俺は今まで請け負った仕事のいくつかの顛末てんまつを思い出していた。

 

 思えば5年前に請負人アンダーテイカーとして身を起こすと決めてから、名を売る為に随分と無茶をやってきた。惑星オミクロンで悪名高いギャングに拘束された要人の救出、惑星シグマに生息し今のところ宇宙で一番狂暴だと恐れられるシグマドラゴンの捕獲、惑星シータと惑星イオタとの紛争時の停戦監視。他の請負人アンダーテイカーでは手を出せない難しい案件を好んで請負い成功させてきた。そしてそんな俺の事を誰かが勝手に広めた〝通り名〟が『命知らずデアデビル』だった。ただ苦い記憶も沢山あった。ある輸送案件を請け負ったがいいが、その輸送するブツが曰く付きだったらしく、輸送中に強奪しようとした船団と戦闘が始まり、相手方に100人以上の死傷者を出した事もあった。また要人の救出案件でも失敗に終わり要人が殺されてしまった事もあった。そういった事もあって俺の事を〝葬儀屋〟や〝墓堀人〟といったスラングの意味を込めて『アンダーテイカー』と呼ぶ者もいる。


『ピンピン、ピンピン』


 コールが入った、俺は現実に意識を戻した。アキラはあくびを噛み殺しながら確認してきた。


「ザック、コールあり。周波数からするとムーヤンですかね。繋ぎます?」


「繋いでくれ。」


 メインモニターに特徴的な髭を生やした中年男の顔が映し出された。鼻の下から口を避けるように左右に分かれて顎下より長く髭が伸びている。やつの顔を見るとどうしてもナマズをイメージしてしまう。


「これは皆さまご機嫌麗しゅう。サラ様もいつも以上にお綺麗で、今度是非お食事でも…」


「ムーヤン!」


 俺はムーヤンの社交辞令を遮り、少し怒気をはらんだ口調で話し始めた。


「まさかあの襲撃者、俺の居場所を売ったのはあんたじゃないだろうな?あの酒場には来てたんだろうな?」


「滅相もない!私に取っては『困った時のザック様』、今やいなくなられては困る大切なお客様です、ハイ。」


 俺は愛想笑いを浮かべるムーヤンの顔を睨みつけた。その視線に耐え切れなくなったのかムーヤンが愛想笑いを消すと話し始めた。


「酒場ですぐ接触できなかったのは怖かったんです!ザック、あなたが活躍すればするほどあなたに煮え湯を飲まされた悪党どもは躍起になってあなたに復讐しようとします。ご存じの通りそういった悪党たちからあなたの首にはS級の賞金が懸けられています。しかし群がる賞金稼ぎたちをあなたはことごとく葬って来た。あなたには常に死の影がまとわりつく、あなたの事を〝墓堀人アンダーテイカー〟と揶揄するやつもいます。今日も酒場で一人の商人が巻き添えで死ぬのを見ました。一つ間違えば私が遺体になっていたかもしれません。分かって下さい…」


 ムーヤンの抗弁はひどく俺の心に突き刺さった。熱くなっていた頭が急激に凍り付いていくのが分かった。


「…すまん、ムーヤン…」


「いやザック、仕事の話をしましょう。宇宙にはあなたを必要としている人がまだまだいるんです。」


 ムーヤンが務めて明るく話してくれるのがありがたかった。俺も頭を切り替えた。


「ムーヤン今回の依頼内容を聞こう。できれば会って話がしたいが。」


「分かりました。ただ今回は急ぎの依頼なのでザックが受けてくれるというならお会いするのは現地までの移動の間にタイミングをみて、という事でよろしいでしょか?」


「いいだろう。請負うか否か決めたい。概要だけ話してくれ。」


 俺は船長席に深く腰を掛け腕組みをすると神経を研ぎ澄ました。


「承知しました。今回の依頼は惑星ミューからです。惑星には二つの国家が存在しているのですがそのうちの一つ、〝和泉(イズミ)国〟で現在首相を務める一条(イチジョウ)家のご令嬢の警護です。」


 請負った事のない依頼に俺は少し戸惑っていた。

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