Daredevils☆ ( デアデビルズ☆ )

内藤 まさのり

第1幕 S級賞金首ザック

「ザック!ザックだろ?珍しいじゃないか、お前さんがこんなところに顔を出すなんて。」


 俺は酒場のカウンターに肩肘をついた半身のまま、眼だけで声の主を探した。


「ザック、俺だよ俺。惑星オミクロンで危ないところを助けられた恩、忘れちゃいないぜ。一杯おごらせてくれよ。」

 

 声の主を見て記憶が蘇った。名前なんか知らないが以前行掛ゆきがかりで宇宙海賊から助けてやった商人だ。


「ありがたいが次の機会してしてくれ、今はそんな気分じゃない…おい、近づくな!」

 

 俺はそう言いながら精いっぱい目配せをして〝危険だとサインを送ったが、既にひどく酔っているので伝わらない。酔った足取りで近付き、俺の肩に手をかけようとした瞬間、そいつとは逆の方向、俺が視界の中にギリギリ捉えていた人影が動いた、と同時に俺は床に体を投げ出しながら腰のホルダーから銃を抜き出すと迷うことなく引き金を引いた。銃声が重なる。そして俺の視界の先で銃をこちらに構えた男がゆっくりと崩れ落ちた。


 俺はいつでも二発目を打てる体勢のまま、うめき声をあげる男に近づいた。


「その顔…俺を襲うのは二度目だな。答えろ、俺の命を狙ったのは誰かの依頼か?それとも俺の首に掛かった賞金が目当てか?」


「復讐さ!何故お前は俺を生かしたんだ。肩を打ち抜くだけでとどめを刺さなかった。フッ…フフッ、俺はどこへ行っても笑いもんだよ。」


「…二度目はないと言った筈だ。覚悟はできているな。」


 そう言うと俺はS&W、M 19の銃口をまっすぐ男の額に向けた。男は力なく俺を見ると微かに笑った。そして目が閉じられた瞬間、俺は引き金を引いた。

 銃声の反響が止むと一気に血の匂いが鼻をついた。長居はできない。その時俺はもう一人、男が床に仰向けで倒れているのに気が付いた。例の商人だった。流れ弾が心臓付近に当たったのか左胸を中心に服が血で染まっている、即死だろう。


「…運が無かったな…」


 俺がかけてやれる言葉はそれしか無かった。


「店主は?」


 俺の言葉に〝ヒッ〟と反応してカウンターの中のバーテンダーがあとずさった。


「これで二人を供養してやってくれ。」


 カウンターの上に金貨を二枚置いて俺は出口に向かった。

 

 店を出ると同時に少しでも早く店から遠ざかるよう早歩きから小走り、そして全速疾走へとスピードを上げた。すると後ろから聞きなれた車の音が近づいてきた、今じゃ博物館にあってもおかしくないガソリンで動く水平対向エンジン音。真っ赤なコンバーチブルは俺に追いつくとスピードを落として並走を始めた。俺は横っ飛びで助手席に飛び乗った。


「サラ、店内にいたんだろ。加勢してくれてもよかっただろう!」

 

 俺は運転者には見向きもせず、不貞腐ふてくされれてハットを目深にかぶるとシートに深く身を沈めた。〝フッ〟運転者は鼻で笑うと頭を覆ったフードを脱いだ。金色に輝く長髪が零れ落ちた。


「相手が複数だったら当然加勢してたわ。でも相手はお一人のようでしたし私は人を殺すことは好きじゃないの。」


 その言葉が俺の理性を吹き飛ばした。俺は力任せに目の前のダッシュボードに拳を叩きつけるとサラに嚙みついた。


「サラ!俺は好んで人を殺した事は一度もない!一度もだ!!さっきのヤツもそうだ、命をなんだと思ってやがる!」


「あらあら感傷にひたるのは後にして頂戴。そんな事解ってるわ。こんなところでこの星のポリスと長々と追いかけっこしたい気分じゃないでしょう?早くアキラを呼んで。」


 俺はサラを睨みつけると手首に巻いたブレスレット型の携帯端末を介してアキラに呼びかけた。


「アキラ聞こえてるか?アキラ!」


 反応はすぐにあった。


「そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるよ。俺のデュランダル号でピックアップして欲しいんだろう?」


「お前の船じゃない、の船だ。」


「オーケー、オーケー。ただし、デュランダル号の整備に関してはこのアキラ様が宇宙一だと認めてくれるかい?」


 〝ファンファンファン…〟会話に割り込むように後方、遠くから耳障りなサイレンの音が聞こえてきた。俺は首を回して後方を確認したが視界内には忌まわしいポリスの姿はまだ無い。


「アキラ!」


「分かってるって、あんたの居場所はずっとトレースしてた。そのまま直進。5分後にはエンカウント予定、タッチ&ゴーで回収。しくじるなよ。」


 そういって一方的に無線が切れると聞きなれたデュランダル号のエンジン音がもう聞こえ始めていた。それにも増してサイレンの音がさっきより大きくなり、ポリスが近づいていることを知らせていた。俺はサラに顎で車を加速するよう促した。

 デュランダル号が轟音を立てながら頭上を通り過ぎて前方に出た。宇宙や成層圏内の夜間の航行時に見つかりずらいよう光を反射しない特別な塗装を施した漆黒の宇宙船、その底部から車輪がせり出し滑走態勢に入った。見渡す限りの平坦な荒野で障害物はない。あっという間に着陸を果たし船体を支える車輪のダンパーが大きく沈み込む、と同時に後部ハッチが開いた。デュランダル号は車の走行速度に合わせるべく減速した。サラは更に車を加速させると後部ハッチの中に滑り込ませた。俺は車から飛び降りるとブレスレットに叫んだ。


「アキラ、GO!」


 言い終わらないうちに激しい振動とGが体に襲い掛かりデュランダル号が離陸すべく急加速を始めた事が分かった。近くにあった手摺につかまって俺は離陸するのを待った。閉まりかけた後部ハッチから追ってのポリスの車が上げる砂埃すなぼこりが幾筋も見えた。揺れが小さくなった、離陸したのだろう。俺は親指をコックピットに向かう通路に向けてサラに合図を送った。


「行くぞサラ、アキラの操縦じゃ下手すりゃ捕まっちまう。」

 

 サラは美しい微笑を浮かべると金髪をかき上げながら俺の後ろに続いた。

 狭い廊下を抜けるとまばゆい計器類の明かりに浮かび上がる空間に出た、コックピットだ。

 俺の後に続いて入室したサラから早速イラついた声が飛んだ。


「アキラどいて!そこ私の席。」


「サラがいない時ぐらい操縦席に座ってもいいじゃない?」


 アキラが口を尖らせながらサラに抗議した。


「あんたの席でも操縦はできるでしょう?今度私の許可なく私の席に座ったら、即私のナイフがあんたの眉間みけんに突き立つわよ。」


「分かった、分かりましたよ。」


 アキラは降参の体で両手を上げると今まで座っていた操縦席から、右側にある《副操縦士》火器管制の席に移動した。サラはアキラを一睨みすると操縦席に身を沈めた。


「ザック、どうする?指示を頂戴。」


 俺はサラを左前に、アキラを右前は見る後方位置に配置された火器管制兼船長席に腰を下ろし、シートベルトで体を固定しながら指示を出した。


「一旦成層圏外まで上昇、その後ステルスモードに切り替えて海上に移動・着水、ムーヤンからの入電を待つ。奴は酒場にいたはずだ。」

 

「了解、飛ばすわよ。」


 そう言うとサラは左手でスロットルを全開にしながら、右手で操縦スティックを引き上げた。一気にGがかかる。


「レーダーに感あり、追手だねこれは。」


 アキラが報告した。緊迫した状況になればなるほどアキラはのんびりした口調になった。


「敵速マッハ5、向こうは既に高速巡行、まだこの子は加速途中だから30秒後には追い付かれて相手のミサイル発射可能距離に入っちゃうよ。」


 俺は顔をアキラからサラに向けた、その気配を察してサラが叫んだ。


「ザック、時間を稼いで!今で限界!!」


「分かった、アキラ火器管制へ」


「了解」


 アキラがコンソールに触れて指示を出すと、コンソールの表面の表示が青色を基調とした「機関・索敵モード」から変化して赤を基調とした「火器管制モード」に変わった。俺はすかさず指示を出した。


「空中機雷展開、よーい」


「空中機雷展開、よーい……」


 復唱しながらアキラの10本の指が目まぐるしくコンソールの上を動き回る。


「よーい良し!」


「空中機雷展開、今!」


「展開、今!」


 アキラが復唱してコンソールを叩くと船体に軽い振動が走った。空中機雷が発射されたのだ。俺は続けて指示を出した。


「対空ホーミングミサイル、よーい。機雷を抜けてくる機体があれば打つ。なお撃墜を求めず、追っ払えばいい。信管を抜け。」


 アキラは不服そうに〝BOOー!〟と言いながらもコンソール上で準備にかかった。


「僕らのミサイルなら撃墜は確実、ゼロリスクにするなら撃墜じゃないの?」


「アキラ、命令だ。」


「ヘイヘイ」


 その時、後方から空中機雷の爆発と思われる衝撃が船体を襲った。アキラはコンソールを索敵モードに戻して状況を確認した。


「追手の5機とも警戒して減速を確認。」


「もう大丈夫よ。十分加速できた、だれも追いつけないわ。」


俺は改めて指示を出した。


「指示通り、成層圏まで一旦上昇後、ステルスモードで海上に移動後降下着水。」

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