第3話 3人目 梅崎ウメ
『きゃあ! ちょっと待って? どこから撃たれたの?』
画面の中に可愛らしいアバターが動きながらゲームプレイの画面が表示されている。少し違和感のある声だが聴き方によっては女性に聞こえなくもないような気がする。これは所謂バ美肉おじさんというジャンルのライバーの配信だ。
〈マンちゃん、ダメ出るようになったけど、まだポジション取り悪すぎw〉
〈この間、訓練場で6時間のAIM練習耐久してたし、随分上手くなっただろ〉
『くそが! 貴様ら儂についてこい。ここは場所が悪い、一度引くぞ!!』
可愛らしい声だというのに急にドスの聞くような声色に変わる。その瞬間コメントが沸いた。
〈マンちゃん!? 素が出てるよ?ww〉
〈で、でた! この声と話し方のギャップがたまんねぇぜ〉
〈おら、行くぞ野郎どもww〉
ヨルビナさんも新しい命として頑張っているようで何より。最近では少しずつ認知されるようになり現在登録者が100人を超えたみたいだ。このままぜひ有名になってほしい。
「あのー」
どうやら本当に筋トレをしているらしく以前に比べてかなり筋肉質になりつつあるようだ。ただ体質なのか恐らくこれ以上は筋肉はつかないだろう。シックスパックは無理そうである。
「あのー」
こうして転生して頑張っている方を見守るのは中々楽しいものだ。きっと少し前に転生した田中も精一杯生きているのだろう。ああいやまだ幼虫だから頑張るのはもう少し先かもしれない。
「あの!!!」
「うるさいですね。人の休憩を邪魔するとはいい度胸です」
「違いますよぉ! もうお客様をお待たせするの限界です! うるさくてかなわないですよ~」
休憩のため、新しくきた魂の接待を天使に押し付けていたのだが、どうやらうまく行っていないようだ。彷徨える魂を扱えず何か天使か。そろそろ彼女たちの存在意義が最後の祝福の登場だけにならないか不安で仕方ない。
「はあ。行きましょう。確かお名前は――」
「梅崎ウメさんですね」
「ええ。そうですわ。ただし下の名前で呼ばないでくださる? 分かると思うけど私には似つかわしくない名前でしょう?」
「そうですか? では親しみを込めて梅崎さんではなく梅ちゃんと呼びましょう。えーっと42歳で死亡との事ですがその自覚はございますか?」
「ウメって呼ばないでと言っているでしょう!!」
机をバンと叩き、立ち上がるウメ42歳。魂とはその人の本来の姿を映すというけれど、まさかばっちり化粧している魂と出会うとは思いもしなかったな。
「では少し洒落てレディプラムとお呼びしましょうか。ほら、機体名みたいでカッコいいでしょう」
バンッ! と机がまた叩かれる。今にも煙を出して爆発しそうな表情で俺を見てくる。
「いい加減にして下さる?」
「はあ。もう少し余裕を持たれた方がいいですよ。死んでまで何をそんなに見栄を張る必要があるのですが」
「見栄も何も私は私の人生に何も納得が言っていませんわ。何故、この私が死ななければならないの! こんなのおかしいと思わない?」
なるほど、死んだことに納得が言っていないという事か。経歴を見ると随分裕福な実家に生まれ、父母から随分大切に育てられたようだ。ただ両親が早く他界し、手元に莫大な遺産が残ったとある。ただ宜しくない点として、遺産を受け取った後にすぐ仕事をやめ、そのまま趣味に没頭し、随分大量のお金をつぎ込んでいたようだ。生活するだけなら十分だった遺産が僅か10年で底をついたという所を見ると怠惰な生活をしていたのだろう。いくらか借金も抱えていたようだが。なるほど、随分自尊心が強く、ネット上での交流しか持たなかったという所か。
「いいえ。私は思いませんよ。なぜなら生き物は死に、そしてまた新たな命としてよみがえる。この循環こそが種の存続へ繋がり、ひいては世界のためともなる。そうは思いませんか?」
「思うわけないでしょう。もう少しで結婚できそうだったのに、ここで死ぬなんてあんまりだわ」
結婚ねぇ。手元の資料を見るとそこには恋人はなしと書かれている。魂となった者の嘘なんて容易に見破れるが、この梅ちゃんは嘘を吐いていない。つまり本気でもうじき結婚が可能だと思っていたという事だ。
「ちなみに相手の方のお名前を聞いても?」
「ええ。聖騎士シュナイゼル様ですわ」
「失礼。どうやら聴覚機能に異常があるようだ。もう一度お名前を伺っても?」
「あらそんな感じで大丈夫なのかしら。だからお名前は聖騎士シュナイゼル様よ」
ふむ。耳はいかれていないらしい。おかしいな。梅ちゃんは現代日本出身のはずだ。どこからその名前が――ああこれか。
「ソードブレイクオンライン」
「あら、ご存じなの?」
「ええ。今貴方様の経歴を見ていたのですが、随分熱中してこのゲームをプレイされていたようですね。特に中の良かったパーティメンバーにシュナイゼルという方がおりますよね。もしやこの方ですか?」
「そうですわ。ゲーム内で結婚もしており、近々リアルで会いましょうとお話しておりましたの。その時に話したいことがあると伺っておりました。だからようやく、ようやく出会えるはずだったのに! なんで行き成りに死ななければならないの!」
交通事故であれば流石に納得は出来ないだろう。とはいえ俺からすればそういう運命だったとしか言いようがないのだが、流石にそれを口にすればそれはそれで問題だ。さてどうしたもんか。そう思いその関係者として名前が上がったシュナイゼルの項目を確認する。
なるほど、どうやらこのプレイヤーに随分と高額アイテムを貢いでいたらしい。いやゲーム内アイテム以外にも、電子マネー等を利用して随分渡していたようだ。
「……ふむ。まず色々はっきりお話しましょう。梅崎さん。貴方のカルマ値は決してよい数字とは言えません。現状では進められる転生先はかなり限られてくる」
「なんなのよ、そのカルマ値って」
「簡単に言えば貴方の生前の行いです。思い当たる節はあるでしょう。仕事をせず両親の残した遺産を使い切り、ご自宅を担保に借金までしている」
「すぐ返す予定だったわ! シュナイゼル様から私が貸したお金もすぐ返すとおっしゃっていたもの。そうすれば」
残念だがウメちゃんは騙されている。俺は自分の手元の資料へ視線を落とす。そこには聖騎士シュナイゼルの詳細が書かれている。
GN:聖騎士シュナイゼル。
プレイヤー 田中一翔。
そう以前いたチート田中改め、カブトムシ田中である。彼は生前どうやらこのゲーム内にて異性と出会い、他人の写真など使って頻繁にやり取りをしていた。その相手が彼女ウメちゃん。改め聖女ジョセフィーヌらしい。
しかし自分で聖騎士とか聖女とか名前に入れ込む辺りこの2人は案外似たもの同士なのかもしれない。普通やらんやろ。
「会いたいですか……カブ、いえ聖騎士シュナイゼルさんに」
「あ、会えるのですか?」
「ええ。実は少し前に彼も来たのです。この転生局へ。そうして彼は自ら望んで新たな世界へ旅立たれました」
「ど、どこへ。あの方はどこへ行ったのですか!」
興奮した様子で立ち上がるウメフィーヌに俺は例の資料を渡した。そう昆虫王国バルサーの資料だ。
「――なんですの。これは」
「昆虫王国バルサーの第11皇子。彼の今の姿です」
「わ、私を騙そうっていうの!?」
「何をおっしゃる。ここがどこかだ分かっていないようだ。すべての魂を司り、新たな人生へと案内をする転生局。嘘偽りなど持ってのほかだ。ああそれともう1つお渡ししましょう」
そうして俺は2つ目の資料を見せた。
「銀蠅王国タタキン……?」
「はい。貴方が選べるもう1つの道です」
「ふざけないで! なんでこんな変なものしかないのよ! おかしいでしょう!!」
「変とは? どういう意味ですか。私から見れば人間も、カブトムシも蠅さえ同じ命だ。そこに差はない。知らないでしょうが、貴方がいた日本に前世が昆虫や羽虫だった方もいるのです。いいですか。カルマ値が低ければ、前世の種族からかなり遠い種族へ生まれ変わり、そこで貴方の魂の真価を問うのです。よりカルマ値が高ければ同じ種族へ生まれ変われますが、貴方の場合、それは不可能だ。どうします? 選択肢は2つ。ああすべてを消し去り無垢な魂へ転生するという手もありますよ。ただその場合貴方の意思は消え、まったく別の魂として生まれ変わりますがね」
そう捲し立てる。かなり真剣な顔で話したためか少し気圧されたようだ。
「だからといって、これはあまりにも――」
「落ち着いて下さい梅崎さん。よく資料をご覧になって下さい。ほらここです」
そういって昆虫王国バルサーの資料のある部分を指さした。
「えっと。公爵種族のメスとして誕生予定と書かれてますね」
「そうです。そしてその先を御覧なさい」
さらに指を辿ってみていく。そこにはある未来の可能性が書かれていた。
「第11皇子と婚約の可能性……まさか!?」
「そうです。貴方の努力次第で、彼と、カブ、シュナイゼルさんとご結婚が出来ますよ」
「た、確かに――いやでも――」
そう言いかけたタイミングで天から光が舞い降りた。なんだ? フライングだぞ。いやまあいいか。押してしまおう。
「さあ、決断の時だ。貴方の行く道先はもう決まりましたね?」
そういって俺は2枚の紙を押し出した。片方は昆虫王国バルサー。もう1つは銀蠅王国タタキンである。
「ま、待って。その2択ならもういっそのこと何もかも忘れて無垢の――」
「おめでとうございます。新しい人生の門出ですよ」
やたら張り切った天使がウメフィーヌの手を掴み天へ昇らせていく。
「ちょ、ちょっと離して!」
「さあ。緊張しないで。素晴らしい人生が貴方を待っていますよ!」
「いや、待って、待ってーーッ!!!」
そうして彼女は新たな人生へ向かったのだ。
「いやぁ。これで私の昆虫王国バルサー行きはなくなりましたね」
「だから妙に今回は張り切っていたのですか?」
「い、いやだなぁ。そんな事ないですよぉ」
目の前のきょどっている天使を見ながら小さくため息を吐く。いやまあどちらでもいいんですがね。
「お忘れかもしれませんが、もう1つ道が残っておりますよ?」
「おっと。仕事に行かないとなぁ! いやぁ忙しいなぁ!!」
そういって天使は逃げた。
ようこそ、異世界転生局へ カール @calcal17
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