第2話 2人目 ヨルビナ・ドラニスコル
アムルマータ大帝国。東の大陸を制し、周辺国をすべて支配下に置いたかの国は、活気に溢れ、多様な民族が暮らし競い、今もなお他国よりも成長を続けるこの国で1つの命が終わろうとしていた。
「戦士長ヨルビナ様ッ! どうかお気を確かに!」
帝国のとある屋敷の寝室に多くの者たちが集まっている。皆が軍服に身を包み、せわしない様子でベッドに眠るある人物を見ていた。
「これ。そのような顔をするな、エイクよ。儂はもう満足している。とはいえ戦場ではなくこうして部下たちに見送られながら逝けるとは思いもしなかったがな」
「何をおっしゃいますか! まだヨルビナ様に導いて頂かなければ我々は――!」
涙を流し、年老いたヨルビナの手を握るエイクはそう言いかけた。だが次の言葉は出てこない。なぜならヨルビナがとても穏やかな顔で見ていたからだ。
「エイクよ。お主も分かっているだろう。もう帝国宮廷魔導部隊の総隊長はお前なのだ。胸を張れ、お前であればこそ儂はその席を譲ったのだ。良いな儂は天へ昇りお主たちの活躍を見ておるぞ」
「ヨルビナ様……」
すると屋敷の中が騒めき、なんと部屋の前まで押しかけていた軍人たちが膝を付き始めたのだ。
「よい。楽にしてくれ」
「これは陛下――お忙しいでしょうにわざわざ顔を見せに来て下さったのですか」
皇帝アムルマータ7世は長い髭を触り、穏やかな顔をしていた。
「まさかお主が余よりも先に逝くとはな。まあよい。先に行って待っておれ。その時は身分など気にせずただ1人の友として酒でも酌み交わそうぞ」
「陛下……ああ。なんと有難いお言葉か」
「ヨルビナ・ドラニスコルよ。お主の忠節は余をこの国を未来へ導いた。どうか安心して休むがよい」
そう皇帝が話した後、とても穏やかな顔でヨルビナ・ドラニスコルは息をひきとった。
「こ、ここはどこだ?」
気が付けば見知らぬ場所にいた。だが儂は間違いなく死んだはずだ。自らの手を見下ろす。指は問題なく動く。しかしどういう訳か魔力が一切感じられない。
「お待たせしました。ヨルビナさん。さあこちらに座ってください」
そう声が聞こえ、儂は慌ててそちらを見た。1人の男がテーブルを挟んだ向こう側に座っている。奇妙な作りだった。狭いテーブル。薄いガラスのような仕切りがあり、見た事がない作りの椅子が置いてある。何もない空間にただそれだけがあるという奇妙な光景。現実ではありえないそれらを見て儂は改めてここは死後の世界なのだと感じた。
「お主は神なのか?」
「神? 面白い表現ですね。私はしがない案内人だ。さあ席へ。貴方の次の人生について話しましょう」
ゆっくり歩を進め、周囲を見渡す。確かに足が付く。だがまるで宙に浮いているかのような錯覚を覚える。素足であるが冷たさは感じない。混乱したまま言われた椅子に腰かけた。随分作りが悪く、決して座りやすい椅子とは言えないが、やはり見た事がない材質で出来ているようだ。
「改めてようこそ。転生局へ。ヨルビナ・ドラニスコルさん。きっと今は大変混乱しているでしょう。ですがご安心を。私がしっかりと貴方を次の人生へご案内いたします」
そうして何か紙を取り出しテーブルの上に置いた。驚いた羊皮紙ではなく紙だ。それにインクではないようで綺麗に文字が掛かれている。
「む。もしやこれは儂か?」
「はい。こちらへいらっしゃる前に作成したため、ちょうど生前の頃のお顔かと。もう少し若い頃の方が良かったですか?」
「いや、そういう訳じゃないのだが」
絵ではない。まるで空間を切り取ったような絵画のようなものに驚きを隠せない。
「さて、まずは簡単にこの場所の説明をしましょう。ここは転生局。すべての世界の命が散り、新たな命へ旅立つための案内をする場所です。ヨルビナさん。貴方は56歳という若さで亡くなられました。それはご自覚されておりますか?」
奇妙な問答であった。だがこれが死後の決まりであれば従う他あるまいか。
「いかにも」
「結構です。偶に自分の死を自覚していない方もいるので、非常に話がスムーズに進みます。では次です。貴方の生前の行いをリストにまとめました」
そういうと1枚の紙を差し出してきた。それを見ると驚いたことに儂のこれまでの経歴がびっしりと書かれている。やはり神の御業という事なのか。
「あ。ああ。間違いない。これはどうやって調べたのだ?」
「調べたのではなく刻まれた歴史を印刷しただけですよ。さて、貴方のカルマ値ですが、大変すばらしい数値を出しております。無垢の命を奪った事は本来マイナス対象なのですが、戦時という大義名分があるためある程度は免除しましょう。子宝にも恵まれたようでまさに大往生といえる人生であったのではないでしょうか」
かるまち。という意味はまったく理解できないが、この神のような人物に褒められるのは悪い気はしない。
「そうか。そう評価される人生であったのならなお悔いはあるまい」
「ええ。ですので今回は通常の転生以外に、別の道を用意しました」
「む、別の道というのは? いやそもそも転生というのは……」
転生という言葉の意味は分かる。だがこんな事務的な形で進むとは思わなんだ。
「ええ。ご説明しましょう。通常転生への道は2つ。1つは無垢の魂へ変わり、まったく新しい人生を過ごす道。ただしどこへ生まれるのか完全なランダムです。また貴方という意識は消え、まったく違う1つの命として生まれ変わるのです」
なるほど、儂の知る転生という意味と似通っている。
「そしてもう1つ。これは転生先を選び、ある程度の自己を保ったまま蘇る道。ただし蘇る転生先は生前のカルマ値で決まります」
なんと。儂という個を残したまま、新たに命を授かるという事か。
「では、またアムルマータ大帝国へこの命の根を伸ばす事は可能なのか」
「残念ですが、同じ世界に生まれる事は叶いません。これはどれだけカルマ値が高くとも不可能な絶対のルールです」
それを聞き少し落胆する。どうせならまた祖国へこの命を使いたかった。それが叶わぬのであればどこでもよいか。しかしまた赤ん坊からやり直すのか。それはそれで退屈な時間を過ごしそうだ。
「であればどこでも構わぬよ。いや待て。確か3つ目の選択があると申していたな」
「はい。ヨルビナ様は非常に運がいい。通常の転生の場合、赤ちゃんからやり直す事になります。その過程で余程精神力の強い方でないと、新しく芽生えた自我に飲まれ、意識は残っても人格が変わってしまいます。ですが、今回お勧めする第3の道であれば、完全に貴方の自己を保ったまま転移することが出来るのです」
「ほう。そんなものがあるのか」
儂がそういうと男はまた別の紙を差し出した。そこには黒髪の若い青年の姿が映っている。
「む、さとうれい? 誰かね」
「ええ。この子は佐藤令。年齢19歳。日本という国でVtuberの配信者という仕事をしております」
「ぶ、ぶい? は、配信者? なんだそれは聞いた事がない職業のようだが」
「ええ。簡単に説明しますうと。パソコンという機械を通じ、不特定多数の人々に自分の活躍を広く見せる仕事です。彼の場合は主にFPS系のゲーム実況をしているようですね。ですのでゲームにて勝利し、活躍することによって多くの人々から賞賛され、給金を得ている。まあそんな職業です」
ふむ。げーむだの、えふぴーえすだのは分からぬが、自分の武勲を広く知らしめ、そうする事によって生活費を稼ぐという事か。
「武器は何を使っているのだ? 魔法はあるのか?」
「ゲームによって変わるようですが、この佐藤令くんは主に銃を使ったゲームをしているようですね」
「ふむ。銃か」
それならば問題はあるまい。我が帝国でも魔導銃の開発は常に進めている。世界が違うのであれば勝手も違うのだろうがある程度は一緒であろう。いや、その前に確認が先か。
「話の流れから察するに儂の新たな転生候補がこの佐藤令という少年という事か?」
「そうです。この佐藤令さんは中々自分の配信に人が集まらず、ゲームで勝つこともできず、常に過疎となっている自分の配信に嫌気がさしており、正直何時自殺してもおかしくない状況です」
「勝負ごとに絶対はない。しかし見た所鍛錬を怠っているのだろう。随分痩せているようだしな。であれば勝機を掴むことなぞ出来まいよ」
写真から見た印象だが間違いなく自己鍛錬が足りない。どのような戦いであろうとも常に自身を磨かなければ勝てるものさえ勝てぬというものだ。
「なるほど。流石、戦というものを心得ていらっしゃる」
「当然だ。儂は最期まで戦場に立っていた男なのだからな」
「今回はこの佐藤令さんの死にかけの魂に貴方の魂を上書きして書き換える形です。当然彼の記憶や経験はすべて継承されますが、貴方の記憶や人格がメインとなります。ただしご注意を、この世界は貴方のいた世界と大きく違う。戸惑う事もあるでしょう。悩むこともあるでしょう。ですがどうか、次の人生も健やかに生きて下さい」
その言葉に儂は大きくうなずいた。
「無論だ」
「素晴らしい! さあ、決断の時だ。貴方の行く道先はもう決まりましたね?」
本来であれば主君である陛下をお待ちしたかったが、神の導きであるならば致し方あるまい。陛下、儂は次の戦場へ行かねばならぬようです。
「ああ。このえふぴーえすの戦いに儂は行こう」
そういうと天から光が舞い降りてくる。そして白い翼を生やした美女たちが微笑みながら降臨してきた。なるほどこれが天の御津かいか。
「世話になった」
「いいえ。どうか次の人生も天寿を全うしてくださいね」
その言葉を聞き、儂はただうなじた。どのような戦場なのか分からないが、この佐藤令という少年の分まで生き抜くとここに誓おう。
「さらばです。バ美肉系Vtuberマンマンテロテロさん。どうか登録者がご家族だけであり、配信を見ているのが両親のみという地獄から抜け出す事を期待しておりますよ」
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