#8.9 “赤の余韻“

オルフェア。

爵位バロンの貴族セイム・カリリオンは現在、度重なる民間人のウォーメイル使用事件に頭を悩ませている。

汎用機であるソルジャーウォーメイルが、民間人の手に渡っている。

本来なら、これはあり得ない事態だ。

オルフェアにおいて、ウォーメイルは貴族が管理している。ウォーメイルを所持し、使用することができるのは、貴族自身とその臣下のみ。

一般の人々は所持も使用も許可されていない。

にも拘らず、最近、一般人がウォーメイルを使用する事件が何件も起こっている。

セイム自身が『シュバリア』を使用して鎮圧するなどして対処はしているが、まだ事件の全容は見えない。

ただし、捕らえたウォーメイル使用者達からは同じような情報を得ている。


『仮面を被った人物が、ウォーメイルを売ってきた』。


セイムの推理では、どこかの貴族が廃棄されるはずのウォーメイルを民間に流していると考えている。

売っている者が仮面を着けているのは、もちろん顔を隠すためだが、逆に考えれば、顔が割れればすぐに足がつくような人物であるとも考えられる。

貴族の臣下なら簡単に身元は割り出されるだろう。


しかし、推理できるのはそこまでだ。

それ以上の手掛かりは無い。

黒幕が貴族だとしても、どこの貴族かなどは全く特定できないのだ。


そして、気になるのはランス・ジルフリドの言葉。

『陽公』と呼ばれ、デュークの中でも特に強い力と影響力を持つ彼が警戒する存在がいるのだという。それが、マークィスにして『7人目のデューク』と称される貴族ラシュウ・キリンド。


確か、オルフェア統一大戦時に有力視されていた八家門の一つがキリンド家だ。

現在の王家であるシューヴァント家に、現六柱の六家門、そこにキリンド家を足して計八家門。

歴史上はシューヴァント家のクレフが他を圧倒したことで大戦は終結したが、各家の勢力そのものに大きな差は無かった。

つまり、キリンド家はオルフェアの中でも大きな力を有していることは間違いない。


実際、キリンド家はかつて、デュークの爵位を与えられていた。

その後なぜマークィスに降格したのかの顛末をセイムは知らない。

しかし、今でもキリンド家は『7人目のデューク』と呼ばれている。

この事実がキリンド家の力が衰えていないことを示していた。


そんな時だった。

セイムの元に、ジョゼ・キョンクの敗北が知らされた。

個人的には、ジョゼ・キョンクはあまり好ましい人物ではない。セイム自身の爵位継承式の際に、くだらない揉め事を起こしていたことも思い出される。

しかし、ジョゼは爵位ヴァイカウントの貴族。

武力だけが爵位を決めるわけではないが、噂に聞いた限りでは、ジョゼのウォーメイルは一対一の戦闘において相当な力を誇るという。

そのジョゼがクレフに敗れた。

単にクレフが強いのか。

いや、それだけではあるまい。おそらく、使用者もまた秀でているのだ。


報せをもたらした、セイムの側近ディファ・キルルがさらに続けた。

「……これは、まだ公式な情報ではないのですが」

冷静な臣下は、冷静であるがゆえ、報告に迷った。

「構わない」

「ではお伝えします」

ディファは主君に促され、続ける。

デ「帰還したキョンク様が仰っているようです……『赤いクレフ』と戦った、と」

「何!?」

セイムの顔色が変わる。


歴史上、クレフはたった一種類しか確認されていない。

カリリオン家の初代当主アスラ・カリリオンが、オルフェア統一大戦時に使用したクレフ。

それが『黒いクレフ』。

現在、久馬那一が使用する『オリジン』とは、オメガプライム出力こそ異なるものの、完全な同型。

クレフはその一種類だけだ。


カリリオン家の現当主であるセイムすら、『赤いクレフ』など、その存在も聞いたことがない。

ゆえに、驚きは大きい。

「詳細は分かるか?」

「いえ、キョンク様の敗北も昨日のことで、まだ詳しい情報までは。申し訳ありません」

「いや、情報がないのも当然だ。すまない」

それに、とセイムは考える。

仮に詳しい情報がジョゼ・キョンクからもたらされたとしても、得られる情報はもう無いかもしれない。

『赤いクレフ』。

少なくともオルフェア人のおそらく誰も、その詳細を知らないだろう。

カリリオン家にも伝わっていないのだ。

万に一つ、王家シューヴァント家に伝わっているのかもしれないが、その可能性は低い。

だが、なぜ地球の人々はクレフの隠された機能を引き出せたのだろうか。

それもまた不思議だ。

可能性があるとすれば、王女リエラが何か知っていたのだろうか、ということぐらい。

しかし、それも推測に過ぎない。


謎は多い。

ただ、分かっていることはある。

地球の陣営が、確実に力を得ているということ。

それは、オルフェアの人間としては憂うべき事柄かもしれない。

敵対する惑星の戦力が上がっているということだからだ。

しかし、セイム個人はこの戦争に対して懐疑的な立場。

さらに、ランスが以前話していたことを思い出す。

戦力の均衡は、双方に戦争継続のデメリットを想起させ、交渉への可能性となる。

ならば、『赤いクレフ』の登場も良いのではないか。セイムはそう思った。


***

地球。

アメリカの軍…『the Keeper of the World Order』。

略称『KWO』。

その総本部で、一人の若者が、今ちょうど司令を受けた。

受けたのはアレックス・ルガート少将。

この若さで少将まで昇り詰めたのは、一切の外的な要因はなく、ただただ彼の実力によるものだ。

それほどに彼は強く、比類なき能力を有していた。

階級的にさらに上の地位である男性から、アレックスは司令を受けた。

受けた司令の内容は、『日本のガーディアンズの視察』。

さらに言えば、『クレフに関する視察』だ。

『直接見なければ分からないものもある』という、アレックス自身の進言によって決められた今回のプラン。

既にガーディアンズの方にも話は通してある。

もちろん、『クレフ』が目的だという点まで、包み隠さず。

これは極秘任務でも何でもない。


現在、オルフェアとの戦争における最前線は間違いなく日本の十字市であり、またそこが唯一の戦場であった。

オルフェアからの宣戦布告とも言うべき、世界6ヵ所への同時攻撃。

アメリカも、中心都市であるニューヨークが襲撃された。

数機の汎用ウォーメイルと、そして一機の専用ウォーメイル。

貴族がリンクしたその機体は、『不可視化』という特殊能力を有しており、圧倒的な兵器の性能に、KWOはなす術が無かった。

あの一回の襲撃以降、十字市を除く世界各地でオルフェアからの襲撃は確認されていない。

だが、それは平和を意味するのではなく、休戦状態を意味してすらいない。

ただ、敵が来ないだけ。

なお、ガーディアンズに保護されているオルフェア人がもたらした情報によれば、国家としてのオルフェアも一枚岩とは呼べない状況であり、そのことが襲撃が無いことと関係しているのではないかと考えられている。

いつ敵が襲ってくるのか分からない状況では、オルフェアに最大限の警戒を払うのも、またそのために対抗手段を持つガーディアンズの視察を行うのも、当然の選択だ。

そして、アレックスがこの視察任務の責任者に選ばれたのは、ただ彼が進言したからではなく、また彼が単純に優秀だからでもない。

クレフの資格者に興味があった。

だから、彼は今回の視察任務に志願した。

クレフの戦闘を映像で見たアレックスは、ある一つの感想を抱いた。

『自分と似ている』、と。


より厳密には、『過去の自分』と似ているのだ。

過去、『欠落者』と呼ばれていた頃の自分に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クレフ 空殻 @eipelppa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ