#8.8 "『要塞』の赤"
「コマンド・フォートレス」
音声と共に鎧の転送が始まった。
亜空間に封印されたその鎧が現実空間に姿を現す。
クレフの体を転送の光が包み、『オリジン』の漆黒の鎧が、『フォートレス』の赤い鎧に置き換わる。
より厚く、より重い。
両肩には大きな砲身が一つずつ。両腰にも砲口が見える。
その姿を見るだけで火力重視の設計だと分かる。
計4門の重砲と厚い装甲を支えるために、ふくらはぎの位置には接地面積を大きくするためのスタンドが取り付けられている。
重装甲にして、重武装。
それが、コマンド『フォートレス』の特質。
全身のカラーリングは赤。
そしてその燃えるような色彩の中で、青色の瞳が強く輝いた。
***
ガーディアンズ本部。
中継映像に映し出されたクレフの新たな姿に、人々は息を呑む。
驚き。期待。あるいは、畏怖。
様々な思いの結果として、言葉は出ない。
***
目の前で相対するビジョンウォーメイルにとっては、混乱以外の何物でもない。
この威容は敵にとって恐怖の対象になる。
そして何よりも、もう未来は全く予測できない。
予測対象の『クレフ』自体が変化し、過去のデータは意味を成さない。
ビジョンウォーメイルの目玉が光を失う。
演算処理の終了。
無駄な予測にエネルギーは割けない。
このまま逃げようとすることもできる。逃げられるかどうかは分からないが、少なくとも逃げようとすることはできる。
しかし、ジョゼ・キョンクの貴族としてのプライドは、その選択肢を許さなかった。
勝つために出陣してきたのだ、今さら退くことはできない。
既にクレフの初手の『プライムバースト』によって、左腕の前腕部は無い。
だが、片腕はある。武器もまだ残っている。
「なめるなよ……地球人!!」
叫ぶとともに、ビジョンウォーメイルが駆け出した。
その手に握る武器を銃形態に変形させて乱射する。
弾丸が赤のクレフ目掛けて向かっていく。空気を切り裂いて、弾丸はクレフへと到達。
しかし、弾丸は目的を達することはできない。
『フォートレス』、つまり『要塞』の名を冠したクレフの装甲は重く、厚く、硬い。
ビジョンウォーメイルの弾丸は火花こそ咲かせるが、その花は目的の達成を語るために咲いたのではなく、ただ、弾丸が空しく散ったことを告げるために咲いたのだ。
敵が驚愕する中、クレフの装着者である那一には、脳に直接、新たなコマンドのスペックがインストールされている。
彼はもう、この力を使いこなせる。
駆けるビジョンウォーメイルの動きを捉え、クレフがその姿を前方に捉えた。
そして、両肩の二門の砲口が火を吹く。
エネルギーで構成された弾丸が吐き出される。
その輝きは大きく、弾丸そのものの大きさも、通常ウェポンが撃ち出すものよりも大きい。
ウォーメイルは怯みながらも回避行動に移る。
一つは回避したが、二つ目を回避しきることはできない。
光の弾は炸裂。当たった左肩で、着弾の轟音が響く。
炸裂の衝撃がウォーメイルを後方へ弾き飛ばした。
***
周りに待機する無人兵器達が伝える映像で、ガーディアンズ本部の人々も戦闘の光景を目撃している。
オペレーターの千崎薫は、もはやオペレートの必要はなく、手を止め、モニターの戦闘を見ていた。
モニターに映るのは、弾丸の雨を弾く重装甲のクレフ。
かつての劣勢は嘘のよう。
そして、その硬い防御は、薫自身の願いが具現化したかのようでもあった。
『彼が傷つかないでほしい』。
一人の少女が抱えるそんな願いは、偶然にも、遠い過去に作られた赤い鎧が体現していた。
同じ部屋で、もう一人の少女もクレフの戦闘を見つめていた。
オルフェア王女リエラ・シューヴァント。
彼女は、彼にクレフの力を預けた人物。
そのことに責任を感じ、可能な限り彼の戦いを見続けようと決めた。
そして、彼は今また新たな力を獲得した。
弾丸を弾く守りと、敵を砕く攻め。
重装甲と高火力。
彼の握った新たな力は、まさしく武力の権化。
そしておそらく、彼はそれを完璧に使いこなすだろう。
力は手段であって目的ではない。間違えて力を目的とする人間もいるが、久馬那一はそれを履き違えることはないだろう。
その点は信頼できる。
ならば目的はどこにあるのか。
手に入れた力で、彼は何をなそうとするのか。
リエラが彼にクレフを託したのは、彼がこの力を人を守るために使うと考えたからだ。
その信頼は間違っていなかったと思う。
少なくとも99%は。
では残りの1%が何かというと、それはわずかな引っ掛かりだ。
那一が望むのは、本当に人を守ることなのかという、疑問。
彼はそれが義務だと言った。望みだとも言った。
だが本来、望みと言うにはあまりにも重い。
その違和感の正体が掴みきれないことが、リエラの中の残り1%の不安。
だから、余計に目を離さない。
彼の戦いを見続ける。
いつか、その必要が生じたときに、きちんと彼に駆け寄れるように。
***
戦場では、弾き飛ばされたビジョンウォーメイルが再び立ち上がる。
着弾の衝撃で、全身の装甲にいくつもの傷が入っている。
そして、いくらウォーメイルとは言えど、リンクする人間に伝わるダメージはゼロではない。
ジョゼ・キョンク自身の体にも、今の被弾のダメージは伝わっている。
だが、彼はまだ退かない。
それはプライドゆえだった。
クレフの青い瞳は、相変わらず確実に敵を捉えている。
敵が逃げるのならばそれでもいいが、その動作から見るに逃げるつもりは無さそうだ。
それならば確実に討つ。
そう決めて通信を本部に繋ぐ。
「稲森中尉」
「どうした?」
「……『プライムバースト』を使えば、街に被害が出るかもしれません」
「ああ」
今見せたあの火力からなら十分に予測できることだ。
熟考、と言ってもものの2秒程度。
そして答える。
「構わない。確実に敵を倒せ」
「了解」
その命令とほぼ同時に、クレフの左手がレバーを操作する。
電子音声。
「プライムバースト」
そして、リミッターが外れて最大出力のオメガプライムがチャージされていく。
収束する場所は、両肩と両腰の計4門のキャノン。砲口から覗く光は、目映いなどという生易しいものではなく、あまりに過剰で破壊的な光が明滅する光景が見える。
それを目にした瞬間、ビジョンウォーメイル、正確にはリンクするジョゼの背筋を、悪寒が走り抜けた。
プライドも理性も砕く本能的な恐怖。
だが、もう逃げる場所はない。
全ての砲口から、光が放たれる。
一つ一つが『必殺』の威力を秘めた一撃が、計4つ。それら4本の光は絡み合い、一筋の極大の破壊光線となる。
輝きは、見る者の目を焼き尽くすような光量を誇る。駆け抜ける光線の余波に、周囲の土埃は道を開ける。ゴーストタウンと化した市街地にそびえるビルの窓が砕け散る。
そして、流れる奔流がビジョンウォーメイルに直撃する。
それは『当たった』という言葉よりも『呑み込んだ』という表現が適切だった。
ウォーメイルは光に呑まれていく。
「ガアァァァ!!」
塵となる間際の断末魔すら、呑み込まれるかのように、流れる光線の発する轟音に掻き消されていく。
***
ガーディアンズ本部にも、この映像は伝わっている。
その凄まじい光量と爆音に、隊員達はそれが味方であることを忘れそうになる。
それほどに凄まじい。
そんな中、稲森は言った。
「俺達の勝ちだ」
その独白に乗せられた思い。
それゆえに、この言葉は、司令室の全員の耳にしっかりと届いた。
これは皆の勝利だ。
***
戦場で、光が消え去る。
跡にはわずかなビジョンウォーメイルの残骸。
赤いフォートレスのクレフ。
そして、流れた光線が作り出した瓦礫と塵芥。
ウォーメイルの立っていた場所に、一瞬だけ出現した人影。
それは確かに、十字市に襲来したオルフェア貴族の姿だった。
だが、貴族の姿はすぐに消える。
オルフェアへと帰還したのだ。
赤のクレフは、本部との通信回線を開いたまま言った。
「戦闘終了」
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