#8.7 "not 1 on 1"

未来予測モードに入ったビジョンウォーメイル。

相対するクレフは、ガーディアンズ本部に通信を繋ぐ。

「おそらく、敵が演算を始めた」

その報告に薫が答える。

「こっちでも確認してる!」

ガーディアンズ本部の作戦司令室で、モニターにはビジョンウォーメイルの姿が映っている。無人兵器達のカメラが捉えている映像だ。ウォーメイルの特徴的な一つ目が、煌々と輝き出したのを確認し、未来予測が始まったことを理解した。

司令室にはオペレーターの薫と、作戦指揮の稲森、さらに優吾とリエラもいる。

切り札の鍵はまだ完成しておらず、現在、円城を始めとする技術者達が必死で調整作業を行っている。

薫の耳に那一の声が届く。

「例の作戦でいく」

「……分かった」

那一の声は、司令室全体に伝わるようになっている。

そして、この戦闘を見越して彼が編み出した『作戦』を、皆が知っていた。

稲森が通信回線に割り込む。

「可能な限り防御に徹するんだ。時間さえ稼げば、鍵の調整が終わる」

「ええ、分かっています」


***


戦場。

まず、ビジョンウォーメイルが動く。銃を数発、クレフに撃った。

クレフは回避するが、その回避すら銃弾は予期して、動いた先で見事に着弾する。

火花。

ビジョンウォーメイルがまた撃った。

今度もクレフは避けようと動くが、その動いた先でまた銃弾を受ける。

未来予測によってクレフの動きを予測しているビジョンウォーメイルは、クレフの回避行動を予測して、その回避した先に銃弾を撃っているのだ。

その予測は覆ることはない、完璧な予測。

被弾の度に咲く花が、瞬間ごとに咲き代わる。


クレフは呟いた。

通信回線は開いたまま。

着弾の音で、ビジョンウォーメイルにはその呟きは届いていない。

クレフが『もっと速く』と言ったことは、ウォーメイルには届かない。


クレフは応戦して射撃をするがほとんど当たらない。

ビジョンウォーメイルは未来予測によって、被害を最小限に留めることができる位置取りをしているのだ。

ウォーメイルの装甲を一つ弾が掠める頃には、十の弾丸がクレフを襲っている。


「クハハハ!!空しいな、クレフ!」

戦場で2体は常に移動しながら銃撃戦を続ける。

2体の位置は変化し続けるが、その有利不利は覆されない。

「お前の動きは読める!攻撃も防御も、回避も!」

実際、ビジョンウォーメイルとリンクしているジョゼ・キョンクには、敵の動きやすべきことが、手に取るように分かる。

必要な情報を瞬間ごとに得て、最適な行動を取り続けることができる。

蓄積したデータは十分で、もはや穴はない。


その時、ビルの陰から現れた陸上用の無人兵器が、ビジョンウォーメイル目掛けて一直線に突撃してきた。

しかし、ビジョンウォーメイルはその突撃を難なくかわす。

前回の戦闘から、このような奇襲があることも学習した。

さすがに無人兵器の動きは未来予測では知ることはできないが、その戦法を警戒していれば避けるのは造作ないことだった。

突撃してきた無人兵器に銃弾を浴びせ、沈黙させる。

「地球の兵器も意味を成さない!」

クレフが撃つ弾丸は、ビジョンウォーメイルの肩を掠めるのみ。

その弾丸はウォーメイルを避けるかのように飛ぶ。

対して、ビジョンウォーメイルの弾丸は、クレフに吸い寄せられるかのように当たる。

クレフは辛うじて致命傷を回避し、戦闘を継続させている。

ビジョンウォーメイルにとって、もはや未来は見えているに等しい。

「お前は俺に負ける……その未来は覆らない!!」

冷酷な宣告。

それは判決にも似ていた。


だが、漆黒の戦士はそれを一蹴した。

「何か言った?」

弾丸の雨の最中にあっても、その問いは不思議とよく通った。

それは、ビジョンウォーメイルの聴覚を通して、ジョゼ・キョンクの神経を撫でた。

「……何?」

弾丸の雨は止む。

ビジョンウォーメイルが一度銃撃を止め、それに合わせてクレフも銃を撃つのを止めたためだ。

「聞いていなかったのか?お前は俺に勝て……」

「聞いていない。……僕は、お前の言葉になど意識を割いていない」

「何だと……」

ウォーメイルが苛立った声をあげる。


不意にクレフが動いた。

また、銃を撃つ。

ただ一発の弾丸。

それはわずか一瞬だが、もし時間があれば、ビジョンウォーメイルは嘲笑を響かせたかもしれない。それほどに今のビジョンウォーメイルにはクレフの動きが読めている。

クレフの弾丸が左に来ることが読めた。

すぐに、体を右へ移動させる。

弾丸はビジョンウォーメイルの左側を通過するはず。

だが、未来は予測を裏切る。

移動したビジョンウォーメイルの目前に、弾丸は迫っていた。

クレフの撃った弾丸は、ビジョンウォーメイルの胸部に当たる。


炸裂した音と、驚きの声は同時だったかもしれない。

久々に、ビジョンウォーメイルの装甲が火花を見せた。

「バカな!!弾丸は『左』に来るはずだった!なぜ、『右』に来た!?」

銃弾一発では大きなダメージではない。

しかし、完璧だった未来予測に綻びが生じたことは、精神に大きく傷をつける。


一方、クレフは通信回線を繋いだまま、一言。

「やっと、動作が噛み合ってきた。このまま行きます」


***

那一の声を受け取ったガーディアンズ本部で、稲森が答える。

「任せろ、可能な限りの指示を出す」


***

クレフが走り出した。

ビジョンウォーメイルは、先程の予測ミスから既に頭を切り替え、クレフの動きを予測する。

「そこだ!」

予測した位置に完璧なタイミングで銃撃を放つ。弾道に吸い込まれるように、クレフが動くはず。

しかし、クレフの動きは予測とは微妙にずれる。

そして、ビジョンウォーメイルの撃った弾丸は掠りもしない。

「まただと!?」

また外れる予測。

その驚愕の隙に、クレフは接近している。

ここでクレフが予期せぬ銃撃。

その銃撃はビジョンウォーメイルを狙ってはおらず、足元に銃弾は当たる。

舞う土煙が、一瞬だけ視界を喪失させる。

これもやはり、予測には無い事象だった。


煙からクレフが、ウォーメイルの目の前に飛び出す。

そして、突撃と同時に振るわれた剣の軌跡が、慌てて退いた体を掠めた。

「くっ!」

そのまま下がるビジョンウォーメイル。

対するクレフは、追撃しない。

ただ、再び剣を構えた。

余裕があるかのようなその佇まいが余計に気を立たせ、ビジョンウォーメイルは苛立ちを隠さず叫ぶ。

「なぜ……なぜ予測がこうも外れる!」


ビジョンウォーメイルの能力は、あくまで予知ではなく予測。つまりわずかながら外れることは考えられる。しかしこうも次々と外れることは、あまりに異常。

クレフのデータを十分に得ている今の状況では、あり得ないことだ。


その疑問には答えず、クレフは呟く。

「次、行きます」

その言葉は、ビジョンウォーメイルに向けられたものではなかった。

「何を、言っている?」

その問いには答えず、クレフが剣を握る。

「指示、お願いします」

二者の間に、会話は成立していない。


クレフが駆け出した。

ビジョンウォーメイルは、再び銃を撃つ。

クレフの動きを先読みして撃った。しかし、またしてもそれは標的に当たらない。

クレフは、予測とは全く異なる動きでジャンプして回避、そのままビジョンウォーメイルの頭上へ。落下と共に剣を振り下ろす。

「くっ!」

ウォーメイルがギリギリで反応し、武器を剣に変形させて受け止める。

しかし、落下の勢いがついたクレフの方が力は上。

押される形になった。

火花咲いて唾競り合い。

至近で押し合う。

と、またクレフが話す。

「次は?」

「……だから、何を言って………?」

唐突にクレフが力を抜いて身をさばく。

「何?」

バランスを崩して前のめりになったビジョンウォーメイル。

その隙だらけの体勢を、クレフが狙う。

右脚を上げ、その場で体を回転。回し蹴りをビジョンウォーメイルの脇腹に決める。

装甲同士がぶつかる金属音が響いた。

そして、ビジョンウォーメイルが数メートル吹き飛ばされる。

「ぐっ!」

足を踏ん張り、転倒は避ける。

だが、今の攻撃は完璧に決まっていた。


そして、クレフのこれまでの言葉と、今の唐突な動きの変化から、ビジョンウォーメイルは一つ閃く。

「まさか………!」


「次の指示を」

また呟いた。

その声は間違いなく、通信回線を通して本部に向けられていた。


***

そして、那一からの声に、答えるのは稲森。

「右から攻める。走れ!」


***

クレフが走る。

剣を構えたまま、右から回り込むようにして。

ビジョンウォーメイルが反応して撃つ。

しかし、その弾丸はやはりクレフには当たらない。

予測した未来に向けて撃っているにも拘わらず。

「やはり………」


***

「姿勢を下げながら走って………」


***

クレフが姿勢を低くして駆け抜ける。

疾走する様子は、まるで獣がひた走るようだ。

ただ一途に、目的に従っている。

その動きはやはり、これまでのクレフの動きではなかった。


***

「土を巻き上げろ!」


***

稲森からの声が聞こえるやいなや、クレフはその剣で地面を切り裂いて、そして剣先を振り上げる。

その動作により、土煙が舞い上がる。

ビジョンウォーメイルの視界が奪われる。

「ぐっ!」

本来なら、視界を奪われてもビジョンウォーメイルには関係がない。敵の動きを予測できれば、視覚すら必要がないからだ。

しかし、今は違う。

クレフの動きを、ビジョンウォーメイルは完全に予測できてはいない。そんな状況で、視界の喪失は致命的。


***

「正面から突っ込め!」



***

砂と塵芥のベールから、クレフの剣先が顔を出す。

ビジョンウォーメイルがそれに気づいたとき、もう遅かった。

刃が描く軌跡は、確実にウォーメイルを捉えていた。

斬線が胸を浅くなぞる。

怯みはせず、ウォーメイルは跳んで後退。

「動きが違う……」

前方に立つクレフは、やはり追撃をしてこない。

「やはり……お前は、何者かの指示で、行動を選択しているというのか!」

「ああ」

あっさりと肯定。

否定する意味もない。


未来予測に対抗するために那一が立てた作戦。

それは、通信回線を常にオンにして、別の人間…今回は稲森の指示通りに動くというものだった。

ビジョンウォーメイルが蓄積したデータは、確かにクレフに関するもの。

より正確に言えば、クレフとして戦っている者、つまり『久馬那一』という人間に関するデータだ。

彼が行動を選択する場合は未来予測に読まれてしまう。

だが、別の人間が行動を選択した場合、その行動は予測されない。

もちろんデメリットは大きい。コンマ何秒での反応が要求される戦場で、悠長に誰かの指示通りに行動し続けることはできない。

それ自体が大きな隙となってしまう。

また、そんな戦い方では、敵に致命傷を与えることは難しい。

しかし、敵のウォーメイルもまた、未来予測に大きく依存しており、その判断スピード自体は早くはない。

そして、敵に致命傷を与える必要もない。



通信回線ごしに、薫が報告してくる。

「那一!鍵の調整が完璧に仕上がったって!」

「了解」

クレフはベルト脇のホルダーから、物質転送用の鍵を取り出す。

ウェポンを呼び出すときの鍵と同型の物だ。

銀色の鍵だ。

それを鍵穴に入れて回す。

転送の光が生じ、クレフの右手に別の物体が転送されてくる。

「それは………」

転送されてきたものはやはり鍵。

色は赤。

物質転送の銀色の鍵とは明らかに別物。

そして、『オリジン』の鍵と同型だ。


***

その頃、ガーディアンズの研究室。

技術者達は、先程調整が終了した鍵が転送されたのを確認し、安堵の表情を浮かべた。

あとは、その赤い鍵が機能することが重要。

完璧に製作したはずとはいえ、それが実際に使われるのを見るまで、安心しきることはできない。

技術責任者の円城長久は、思わず声に出して祈る。

「頼む……」

それは、全員の祈りの代弁だった。


***

クレフは、手の中の赤い鍵を確かに握りしめる。

そこに込められた何人もの時間と労力、そして思い。

感傷に浸る気はないが、何も感じないわけではない。

そして思う。

やはり自分は、負けられない、と。


クレフは赤の鍵をバックル部の鍵穴に差し込んだ。

回す。

それは、抵抗なく回った。

その鍵の完璧な仕上がりを、証明するかのように。


ベルトは詠唱する。

いつものように、女性の電子音声で。

しかし、一度も呼んだことの無い、新たな鎧の銘を。

「コマンド・フォートレス」

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