#8.6 "未来に追いつかれる前に"

十字市に現れたビジョンウォーメイルは、しばらくの間、その場を動かなかった。

彼の目的はクレフを倒すことであって、街の破壊などではない。本来貴族達が優先すべき事柄の一つである王女リエラの確保も、彼にとっては二の次だった。

クレフが現れるのを待つが、現れたのはクレフではなく、有象無象の無人兵器だった。

この前の戦いで足元をすくわれた四本足の兵器と、空で滞空する小型の飛行兵器。

見える範囲で、陸上兵器が約15、飛行兵器はおよそ10。

しかし、あくまで見える範囲の話、実際はもっと数が多いはず。

「意味のないことを……」

この無人兵器に関して、未来を予測することはできない。データの蓄積が不足している。また、同じ無人兵器であっても、プログラムによって完全に自立行動している物の他に、人の意思が介在する物があり、それらを読みきることはできない。

ビジョンウォーメイルの未来予測は、『個』に対しては力を発揮するが、有象無象には意味を持たない。

だが、地球の兵器がいくら束になろうと、ウォーメイル相手には効果を持たない。

量産型のソルジャーにすら対抗手段がないような状況なのだ。

ビジョンウォーメイルは、退屈そうな緩慢な動きで攻撃を行い、ハウンドもホーネットも叩き潰していく。


***


その一方、久馬那一は十字市街地の、ウォーメイルからさほど離れていない位置にバイクを停めて待機している。

ナビゲートする薫によると、敵は無人兵器によって釘付けにされているらしい。

時間を稼ぐことで、新装備の開発を間に合わせたい。しかし、敵はいつまでも待ってくれないだろう。

「敵の様子が変化したら、すぐに伝えてほしい」

「了解」


時がこぼれ落ちる。

一分が長い。

一秒が長い。


***


ビジョンウォーメイルはようやく気づく。

無人兵器ばかりなのは、地球側に何か策があるからではないかと。

いくらクレフがこの前の戦闘で大きく損傷しても、無人兵器よりはまだ勝機があるはず。それを出さないということは、つまり何かしらの時機を窺っているのではないか、と。

「ならば!」

クレフのウェポンに似た武器の銃形態の銃口が、無人兵器ではなく、十字市街地の建造物に向けられた。

撃つ。放たれた光弾が高速で飛び、ビルの壁面にぶつかり、半円形に穿つ。

引き金は引かれる。

矢継ぎ早に。

弾丸があちこちに当たり、市街地は破壊されていく。


さらに移動を始める。

その方向がガーディアンズ本部の位置する方向であることは明白だった。


***


「こちらを狙って来たか……」

ガーディアンズ本部の司令室で、稲森渡は苦々しく言った。

それを聞き、隊員の一人が訊ねる。

「先に本部を叩いておこう、ということですか?」

その質問に対し、即座に否定する。

「いや、違うな。おそらく奴はあくまでクレフを狙うつもりだ。ただ、『どうすればクレフを戦いの場に引きずり出せるか』、その方法を、ちゃんと知っているんだ」

つまり、ガーディアンズ本部を攻撃しようとすれば、クレフはそれを防ぐため、戦いに出ていかざるを得なくなる。

敵はそう考えている。

そして、それは正しい。本部を潰されるわけにはいかないが、防衛のためには、ウォーメイルにクレフをぶつけるしかない。無人兵器では歯が立たないからだ。

稲森は薫に指示を出す。

「千崎!那一をウォーメイルの現在位置までナビゲートしてくれ!」

「了解しました!」

すぐに答える。

その少女の声には迷いは窺えなかったが、しかし幼馴染みの少年を戦場へと道案内するのだから、平気なはずはない。

稲森はそのことを考え、また歯噛みするような悔しさを募らせる。

ただ、自分にも力があれば、と。


***


「了解」

答えながら、那一はライドストライカーのハンドルを切った。

通信回線から聞こえる幼馴染みの声に従って、敵のいる地点を目指す。

サモナーは既に腰に巻いてある。

走りながら、那一は鍵を取り出す。

キーは『オリジン』。

クレフドライバー右の鍵穴に、オリジンのキーを差し込み、回した。

鍵はいつものように回り、指示を認証する。

「コマンド・オリジン」

転送されるオリジンの漆黒の装甲が、那一の体を覆う。

バイクに跨がって駆けるままに、変身は完了した。


薫のナビゲートによれば、敵のウォーメイルのいる地点までは、直線距離であと一キロもない。

数百メートル先の交差点を一度右に曲がれば、戦場が見えるはずだ。

「次の交差点を右」

「ああ」

そう答えた数秒後、交差点に到達し、ライドストライカーのハンドルを右に切る。

粉塵と破壊音が近づいたのを感じる。

戦場はすぐそこ。

クレフは既に、最初の戦術を固めていた。


ライドストライカーの前方に見える、ガーディアンズの無人兵器数機。

陸上のハウンドと、空中のホーネット。

そして、その兵器が取り囲む、異形の人型兵器。

この前に戦った、一つ目のウォーメイルだ。


そのウォーメイルが、バイクに乗って向かってくるクレフに気づいた。

ソルジャーウォーメイルと同型の得物を、クレフに向かって構えた。

クレフは、敵の反応を見るや、すぐにデュアルウェポンを抜き、銃形態で構えた。

バイクのアクセルは緩めない。

むしろさらに加速。

接近する鋼鉄の塊に、ウォーメイルが銃を撃った。

まだ未来予測に入っていないビジョンウォーメイルの攻撃は、クレフの動きを完全に読んだものではなく、銃弾はライドストライカーのボディーを掠める。

それを意に介さず、クレフは突き進む。

そして、敵の数十メートル手前で、ハンドルを一気に切った。

急な方向転換にバイクはバランスを失い、横倒しになるが、しかし慣性で進み続けている。

バイクのボディが地面と擦れて、火花が散らす。

そして、クレフは横方向に跳躍しバイクから離れる。

宙で、クレフはその銃の狙いを敵に定めた。

相対するウォーメイルは、火花を上げてこちらに滑り込んでくるライドストライカーに気を取られ、クレフの動きに対しての反応が遅くなった。

クレフはサモナーのレバーを引いていた。

「プライムバースト」

女性の電子音声と共に、ウェポンの銃口から光が溢れる。

莫大な破壊の奔流がビジョンウォーメイルへとひた走る。


「チィッ!」

ビジョンウォーメイルの反応は早かったが、未来予測はまだ入っていない。

常人レベルの反応。

クレフの撃ったプライムバーストを回避しきれない。

光はウォーメイルの左腕の前腕部を呑み込んで、流れていった。


ウォーメイルが数歩後退した。

着地したクレフもまた、敵から離れる方向に動いた。

両者の間に距離。

乗り捨てたライドストライカーが煙を上げている。

左手を失ったウォーメイルは、残る右手に握った銃をクレフに向けた。

「不意討ちだったが、もうお前に勝機はないぞ」


クレフも武器を構え直す。

敵の未来予測。このままでは勝ち目はない。

だが、逆転のカードは既に手札にはあって、あとはそれが使えるようになるのを待つのみ。

凌ぎきる。

敗北の未来に追い付かれる前に。


ビジョンウォーメイルの目玉が光り、未来予測が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クレフ 空殻 @eipelppa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ