#8.5 "戦場へ向かう君に"
敵の能力は『予知』ではなく、『予測』だと読んだ那一。
その判断の根拠はある程度合理的で、少なくとも決めつけてみるには十分だった。
しかし、その読みが当たったとしても、対策に結び付かなければほとんど意味はない。そして現に、那一の話を聞いた薫は、それでも対策など思いつかずにいた。
「……次は、どうすればいいの?」
「………少し、考えたんだ」
薫の吐露した不安に対し、そう答える彼の声はいつも通りだった。
「仮に敵が過去のデータを基にしてこちらの動きを読むなら、データに無いものなら勝てる」
「データにないものか」
「はい」
稲森の呟きに那一が首肯する。
それはある意味で初歩的で、実にシンプルな解答だった。
戦に勝つためには、相手の情報に無いものが大きな威力を持つ。
クレフはこれまで多くのウォーメイルと交戦し、常に敵がこちらの情報をある程度知っているというディスアドバンテージを掴まされてきた。そして時折、プロトウェポンやライドストライカーという装備強化によって敵のデータを上回ってきた。
今回もそれらと同じ。
そして今、こちら側は圧倒的な『鬼札』を握っている。
その答えをリエラは察した。
「新しい『鎧』ですね?」
「ええ。あれなら、敵の未来予測をひっくり返すのに十分な『ブラックボックス』になり得る」
『ブラックボックス』。開けてみるまで分からない、未知の領域。
「なるほどな。それで敵の意表を突こうってわけか。だが、問題は……」
「あの鎧のロールアウトが、次の襲撃までに間に合うかどうか、ですね」
皆の不安は一致している。
未だにその『鎧』を亜空間から引きずり出すための鍵は完成していない。技術陣がほぼ全ての労力を傾けているにも拘わらず、それは難航していた。
「間に合わなかった場合は……」
「その場合は、おそらく今度こそ負けます」
彼は言い切る。敵の『未来予測』ではないが、この敗北は約束されているようなものだ。
「鎧が間に合わなきゃ、どうしようもないってこと?」
「ああ……ハウンドの奇襲も二度目はさすがに通じないだろうし、どうにもならない」
「でも、『負ける』ってことは……」
「ああ、少なくとも今回以上の重傷、どうなるか分かったものじゃない」
那一の言葉に、薫は息を呑んだ。
彼女には分かっていた。
彼がそういうことに頓着しないであろうことは。
それでも今、目の前で自分の生死を淡々と話す彼を見れば、やはり驚き、そしてなぜか哀しみや切なさのような、苦く痛い感情を抱いてしまう。
そして、そんな感情を抱ける限り、彼にとって、もしかしたら『ストッパー』でいられるかもしれない。
「……私がサポートするよ、力になれるかは分からないけど、でも!」
声に感情が滲む。いや、滲むなんてものじゃない。吐き出される声を染め上げるほど、強い感情。
『彼の傍で、彼の力になる』。
そのために、この少女は戦争に足を踏み入れたのだ。
那一は彼女の言葉に、珍しくと言うべきか、素直に頷いた。
「ああ、頼むよ」
その動作が、台詞が、少し彼らしくなくて、意表を突かれた薫は逆に戸惑う。
「う……うん」
ぎこちなく返すが、それでも多少は喜びを感じている。少なくとも多少は、頼りにされているのだ。
***
それから一日は慌ただしく過ぎた。
那一は少しでも傷を癒すために、休息を主な仕事とした。
ただし、休息とはあくまで体だけの話で、その間に先の戦闘映像やこれまでのウォーメイル達との戦闘記録を観ていた。
そんな彼の脇で、リエラも同じ映像を眺めていた。
もっとも彼女は那一と違い、戦闘のための研究ではない。ただ、映像を通して、クレフという鎧を纏って戦う彼の姿を眺めていたのだ。
地球に来てから随分経つが、彼女にとって一番初めに親しくなった地球人はやはりこの少年だ。
そのイメージとは異なり、映像の中のクレフは、鬼神の如く戦い、ウォーメイルを破壊していく。
目の前の少年と、クレフ。どちらも彼だ。
***
薫と稲森は、クレフの戦闘データの整理と、次の襲撃の際に起こり得る様々な状況の予測と、その対策を練る。
実際に戦場に赴くのは那一のみ。だが、そのサポートならできる。
稲森も、薫も、手を休めようとはしなかった。
***
「大丈夫か?」
廊下でそう声をかけられ、振り返る久馬優吾。
声をかけてきたのは、桐原孝輔中将だった。
「桐原中将!」
「……どうやら、君の弟を取り巻く状況がかなり目まぐるしく変わっているみたいだが」
「知っています。……まあ、あいつはきっと大丈夫でしょう」
「君自身はどうだ、大丈夫なのか?」
「……そのつもりでいますが」
どこまでが真実なのだろう。残された唯一の肉親がガーディアンズに所属し、異世界との戦争の最前線に立っている事実。『大丈夫』と返すのは、単なる虚勢なのかもしれない。
だが、それでも今は、自分にやれることをやる。
「……もう耳には入っているかもしれないが、上層部でも久馬特別准尉をかなり重要視している。これは単なるクレフ使用者としてではない、彼自身の能力への評価だ」
「……でしょうね」
優吾は苦笑した。肉親の贔屓目でなく、実際に那一は想像以上によくやっている。
オルフェアから次々に現れるウォーメイルを、これまで撃退し続けているのだ。
その戦果の理由がクレフの性能だけではないと、ほとんどの者が認識し始めている。
「……彼を失うわけにはいかない、というのが上層部の意向だ。つまり、彼のサポートのためなら、かなり大規模に人員や物資を動かせる。まあ、ウォーメイル相手に使える武器はなかなかないがね」
付け加えるように桐原は呟いた。
しかし、前回の戦闘でハウンドが窮地を救ったように、使い方次第では役に立つこともある。
「ええ、あいつには生き残ってもらう。そのためなら、使えるものは全部使います」
***
前回の戦闘から約三日。
時間にして65時間ほど。
朝の十字市に、侵略者は再び降り立った。
未来視、いや未来予測のウォーメイル、『ビジョン』。
ヴァイカウントのジョゼ・キョンク。
***
ガーディアンズ本部で警報が鳴り、久馬那一は出陣の準備をする。
一方、稲森中尉はガーディアンズ技術陣に確認を取っていた。
「クレフの新しい装備はどうなりました!?」
対して、責任者の円城長久が首を振る。
「あとわずかだが、エネルギー伝達経路の微調整が必要だ。それをしないと、エラーが起きる可能性が高い」
「いざとなったら使えるが、できればまだ使いたくはない、そういうことですか」
予測していた事態ではあるが、状況はやや悪い。新装備がなければ、敵の未来予測を上回れる可能性は低い。
「……既に、物質転送のキーとはリンクを繋いでいるんですよね?」
経過報告ではそう聞いている。
「ああ」
円城は頷いた。
そして、稲森は作戦を決める。
「分かりました。可能な限り戦闘を長引かせます。何とか、新装備の調整を済ませてください」
「任せろ」
そう言って、すぐに円城は作業に戻りながら周りの人間に指示を出していく。最速で新装備を渡せるようにしているのだ。
その声を背に、稲森は研究室を後にする。
作戦司令室に向かいながら、通信端末の回線を那一に繋ぐ。
「那一!」
「はい」
「新装備が使用可能になるまでまだ少し時間がかかる!」
「では、例の作戦ですか?」
「ああ、可能な限り時間を稼ぐぞ!」
「了解」
それから数分後。
司令室に戻った稲森は、オペレーターの薫が伝える情報を元にして、各方面に指示や連絡を送っていく。
***
久馬優吾中佐の部屋。
稲森から連絡を受けた優吾は、桐原弥生中尉に指示を飛ばす。
「俺の権限で、ガーディアンズ本部内の無人兵器全てが使用できるよう、今すぐ手配してくれ」
その命令に、弥生はすぐに返す。
「中佐の権限では、本部内の全機を動かすことはできません」
「大丈夫だ」
彼は即座に切り返す。説明を求める表情の弥生に対して、付け加える。
「今すぐ、上層部に掛け合って許可をとる」
とんでもない見切り発車だ。だが、彼の口調には冗談は微塵も無かった。
その言葉に弥生は理解する。
彼が確信を持って言ったならば、確実に全無人兵器が使えるようになる。
だから疑問は一言も返さなず、ただ忠実に返す。
「了解です。すぐに手配します」
「頼む」
それから、優吾はすぐに動く。
話を上層部に通すため、通信を繋いだ。
要求が通ることは間違いない。
当然だ。
久馬那一という戦力を失うことは、無人兵器を何機使い潰すことよりも、ガーディアンズにとって大きな損失になる。
***
数分後。
ビジョンウォーメイルが現れた十字市街地に向かって、特殊バイク『ライドストライカー』が走る。
運転するのはもちろん久馬那一。
通信は司令室と繋がっている。
敵が狙うのはガーディアンズ本部よりも、クレフ自身である確率が高い。
そのことはオルフェア王女であるリエラも保証している。彼女が言うには、大半の貴族は手柄を競う傾向にあり、現状ではまだ誰も倒していないクレフは、まさしく格好の獲物。戦国時代でいうところの敵将の首のようなものだ。
だからこそ、時間を稼ぐにはまず、戦闘開始を遅らせる。クレフとウォーメイルが出会うまでの時間を長くする。そのために無人兵器で敵を誘導するという作戦が採用されていた。
この作戦では常に敵の位置を知るために、本部との情報共有が必須。通信回線は当然、常に繋いでいる。
「もうすぐ市街地」
「ああ、分かってる」
「市街地に入ったら、敵との距離を保つために、指示を出すから」
つまりウォーメイルと離れすぎず近すぎずの位置を保つため、薫がナビゲートするのだ。
既に大量の無人兵器が投入されることも決まった。久馬優吾中佐に無人兵器運用の全権限が与えられ、その指揮権をそのまま稲森渡中尉に渡したのだ。
四本足の無人兵器『ハウンド』に加え、飛行兵器『ホーネット』も投入されようとしている。
『ホーネット』はプロペラ二枚で飛行する小型の無人兵器で、バルカン砲を備えている。敵の囮として、陸上兵器のハウンドよりも飛行兵器のホーネットはより移動の自由度が高い。攻撃力はハウンドに劣るが、どのみちウォーメイルに対して地球の兵器は効果がほぼ無く、単なる囮としては十分だ。
「……もし可能なら、新装備が完成するまで戦闘には入りたくない。でも……」
「ああ。もし戦闘に入ることになったら、例の作戦に移行する」
「……分かってる」
薫の少し声が沈んだ。
彼女としてはできることならその作戦は使いたくない。那一が立案したその策は、確かに敵の予測にも対抗し得る可能性があるが、かなりの無茶が伴っている。
加えて、その作戦の鍵を握るのは那一ではなく、本部にいる薫や稲森なのだ。
景色が流れる。
もう十字市市街地は目前。そこは危険な戦場だ。
「那一」
「何?」
バイクの速度で、風が鳴る。その轟音の中で、通信回線から聞こえる幼馴染みの声は、掻き消されるほどにか細く、にも拘らずよく聞こえた。
「……死なないでね」
その声が彼に呼び起こす感情は、今の彼のものではなく、幼い頃の彼の感情。
ガーディアンズ隊員だった両親。
幼いながらにその仕事の意味を理解し、家を出る彼らの姿を見送る子供。
子供は親の帰りを待つ。
待っていれば、いつも帰ってきた。
ただ、最後の一回を除いて。
戦場へ向かう者の帰還は、たとえ待つ者がどう願おうと、保証されるものではない。
だから彼も、幼馴染みに返す。
「それは分からない」
通信回線の向こうから、返事はなかった。
彼女は何を思っているのか。呆れているかもしれないし、怒っているかもしれない。
いや、何かを思っているゆえの沈黙ではなく、単に作戦の準備をしているだけかもしれない。
作戦開始まであと十秒。
始まれば、幼馴染みの二人は、戦場の兵士とそのオペレーターに変わる。
その境界で、彼は一つだけ、言わなくてもいいことを言うことにした。
「……だけど、ここで死ぬつもりは全くない」
通信回線の向こうで、息を呑む音が聞こえた。
直後、無人の十字市街地に入り、作戦が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます