#8.4 "確率論者の絶対予測"

ビジョンウォーメイルの砲撃によって、大きな爆発が起きた。

舞い上がった塵芥が、各人の視界を失わせる。


クレフは自分が宙を浮いていることを認識した。それが爆風に吹き飛ばされているのだとすぐに理解したが、理解したところで状況は変わらない。吹き飛ばされていることを知ったからと言って、上手く着地できるほど体はもう動いてはくれない。

結果、背中から地面に落下、その勢いのまま数メートルを滑り、大きめの瓦礫に当たって止まった。仰向けのままわずかに見えた前方では、まだ砂塵や埃が舞っている。敵の姿は見えない。


***


ほとんど傷を負っていないビジョンウォーメイルは、クレフのように吹き飛ばされることはなかった。だから今も空気中を浮遊する砂埃の中、視界が晴れるのを待っている。

足元には地球側の兵器の残骸。胸の砲を撃つ寸前に飛び込んできた、四足歩行の無人兵器だ。

内心、ジョゼ・キョンクはかなり苛立っている。クレフの動きを完全に読んだにも拘らず、詰めの場面になっていきなり現れたこの無人兵器が、全てを狂わせたのだ。

完璧に直撃するはずだった一撃は、体勢が崩れたことによって直撃とはいかなくなった。

おそらく、クレフはまだ生きているだろう。

怒りを込め、ビジョンウォーメイルは無人兵器ハウンドの破片を踏み潰した。

「今すぐに止めを刺したいが……」

自らの『能力』の制限時間が来たことを悟った。頭部の目玉が、輝きを失っていく。

これ以上戦闘を継続させても確実にクレフを仕留められる保証はない。

そんな賭けをするくらいならば、引き返してもう一度戦った方がいい。

そう判断し、ビジョンウォーメイルは帰還することを決める。

塵芥の中、光の幕が生まれてビジョンウォーメイルを包み込み、そしてオルフェアへと転送した。


***


視界が晴れたとき、敵の姿はもうなかった。

オルフェアに退陣したということだろう。

クレフは立ち上がり、一分ほど様子を見てから、敵が退陣したことを改めて確信し鎧を解いた。

戦闘終了と共に気力が尽き、そのまま崩れ落ちるようにその場に横たわった。

「那一!那一!……那……一!」

通信を介して聞こえる薫の声も遠ざかっていく。

何も聞こえない。何も見えない。

ただ、薄れ行く意識の中で、思考だけがぐるぐると巡っている。

敵の能力の推定。

そして、それを破る策。


***


久馬那一は夢を見ていた。

夢の中にいながらにして、『自分が夢の中にいる』と、理解している。

目の前に父も、母もいた。

九年前に亡くなった二人。

彼らが言う。

「人を守れ」、と。


***


那一が目を開けたとき、そこは病室のベッドだった。

ガーディアンズ本部の医療区画。

その一室のベッドで目を覚ました那一は、まず天井を見上げていることを知覚し、次に右手が誰かに握られていることを知った。

そちらに目を動かす。

真っ直ぐにこちらを見る、オルフェア王女リエラ・シューヴァントの視線があった。

彼女は那一が目を開けたことに安堵し、今は笑みを浮かべた。右手も彼女が握っていたようだ。

今になって理解するが、全身の他の場所に比べ、右手はかなり熱を帯びている。

おそらく、かなり長時間握ってくれていたのだろう。握っているからといって、治りが早くなるわけではないのに。

だが、意識を失った怪我人の手を握ってあげたくなる気持ちは理解できるものだった。だからその心には感謝する。


「……稲森中尉と、それから薫を、とりあえず呼んでもらえますか?」

リエラはそれを聞き、即座に納得した。

「そうですね。皆さんにも、那一さんが起きたことを知らせないと」

那一はその返答を聞き、微妙な顔をしたが、喜ぶリエラにはそれが見えない。

「まあ、いいか」

「何か言いました?」

こういう時は耳聡い。

「いや……」

本当は、次にまた同じ敵が襲撃してきたときの対策について話し合おうと稲森中尉と薫を呼ぼうと思っていた。別に自分が意識を回復したことなどどうでもいいと、彼は考えている。

しかし、呼んでもらえることに変わりはない。


数分後、急いで稲森と薫が病室に入ってきた。他の仕事を後回しにして来てくれたようだ。呼びに行ったリエラも共に病室に入ってくる。

「……大丈夫とは言えないだろうが、とにかく無事で良かった」

「はい。早く対策について話し合いましょう」

稲森の言葉に応じながら、那一は次の接敵時のことを議論しようとしていた。

「対策って……そんなことより体の具合は?」

「問題ないよ。そんなことより対策を話し合おう」

薫の苦言にもにべもなく切り返す。普段の那一は大人しく感情の起伏が小さい、ある意味では淡白な人間だ。だが戦闘で見せる鋭さが、こういう時に垣間見える。

薫としては思わずため息が漏れる。だが仕方がない、彼はこういう人間だ。そう割り切った彼女が振り向いて、リエラを見て苦笑いをした。つられてリエラも微笑する。

その様子を一歩引いて眺めていた稲森は、場の雰囲気がまとまったのを見てとり、那一に問う。

「で、戦ったお前は、あの敵の能力をどう考える?」

「……おそらく、未来予知にかなり近い部類の能力ではないかと。敵の反応はあまりにも良かったですし、敵の言動からもそうである可能性が高い」

「……やっぱりお前もそう思うか」

「はい」

空気は重くなる。

対策を話し合おうとしたわけだが、敵の能力はかなり厄介だ。

相手は『予知能力』を持つ。対策といっても、そんなものがあるのかも怪しい。

だが、そんな状況にも拘わらず、那一は言う。

「……つけ入る隙はある」

「どういうこと?」

薫が問いかける。一方で那一は稲森の方を見た。

「あの時ハウンドを敵に突っ込ませたのは、稲森中尉ですよね?」

「ああ。俺の指示で体当たりさせた」

「そして当然、僕はその事を知らなかった」

「そうなるな」

稲森はわずかに、那一の言いたいことを読み取った。

リエラと薫はまだ分からないような顔をしている。

「そう、敵は稲森中尉が指示したハウンドの特攻を、予知できなかった。敵の能力の、本当の意味が推測できる」

そして那一は自身の考えを述べた。

「敵の能力は、『予知』ではなく『予測』。つまり、過去のデータに基づいた、恐ろしいほどに精度の高い『計算』です」


***


オルフェア貴族ジョゼ・キョンクは、王都ルシエルにそびえる王城の中で、自身にあてがわれた部屋に座っている。

戦闘から既に約一日が経過しており、さすがにもう肉体的疲労は取れている。

しかし、精神的なものは別だ。苛立つ気持ちが大きい。クレフをあと一歩で仕留め損なったのだから、それも当然だ。


あの時。

地球側の無人兵器というノイズが入らなければ、クレフを確実に倒していただろう。少なくとも彼は倒せると判断して、胸の巨砲を出したのだ。

あれはエネルギー消費が激しい。ただでさえエネルギー消費が大きく、武装に制限があるビジョンウォーメイルにとって、胸からの砲撃は『必殺技』と呼べるものだった。


ジョゼ・キョンクが操るビジョンウォーメイルは、オルフェア貴族達の数々の特殊機体の中でも、際立って異質な能力を持つものの1つだった。

その能力は、『過去のデータに基づく、超高精度の予測演算』。

すなわち過去の事象から、未来に起こる事象を『予測』する。その精度は『予知』とすら呼べるレベル。

ただし、この能力にはかなりの制約がついて回る。

まず、対象についての膨大なデータの蓄積。今回のクレフとの戦いでは、事前に何度も部下を戦わせてデータを収集していたため、演算に入るまでにさほど時間はかからなかった。しかし、逆に言えばそれだけの下準備が必要だったということで、決して緩い条件ではない。

さらに敵の行動予測に多大なエネルギーを常時使用し続けるため、武装が限られてくる。ビジョンウォーメイルのメイン装備が汎用機体のソルジャーに近い武器であるのもそのためだ。強力な武器はエネルギーの消費量を上げ、戦闘可能時間を減らしてしまうため、汎用武器を使わざるを得ないのだ。

胸のキャノンはあくまで切り札。使えば相当量のエネルギーを消費し、演算の続行が難しくなる。事実、先のクレフとの戦闘でも、キャノンの一撃を外した後、すぐに演算モードが切れてしまった。

以上の様々な制約の下で、しかしながらジョゼ・キョンクは自らのウォーメイルの特性を理解し、最大限に活かしてきた。

クレフについても、これまでのどの貴族よりも敵を追い詰めたと言えるだろう。

「そうだ……何も焦ることはない」

そう自身に言い聞かせ、ささくれだった気持ちを落ち着かせる。

すぐに一人分のエネルギーはゲートキーに溜まる。そうなれば再び彼は出陣できる。さらに、先の戦いでの戦闘データが、また予測の精度は上がった。

今度こそクレフを倒せるだろう。

まだ決まっていない未来にも拘わらず、勝利という事象は既に確定したようなもの。ウォーメイルの能力を使うまでもなく、彼自身がそう『予測』した。

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