#8.3 "逃れ得ない未来"
「対象の計算完了」
そう電子音声が告げた後、今度はジョゼ・キョンク自身の声が響く。
「ここからが本番だ!」
そしてウォーメイルが剣を携えたまま、クレフに迫る。
対するクレフがデュアルウェポンを銃に切り替えて迎え撃つ。
さっきとは逆の関係。
走るウォーメイルは、クレフが撃った銃弾をかわす。ただし、かわすと言っても大きな動きをしているわけではない。わずかに左右に動く。
剣を持ち上げて弾を弾く。
その程度のわずかな動き。この時点でまだクレフは驚いてはいない。戦い慣れた人間なら、攻撃に即座に反応することができる。
迫るウォーメイルに対して、銃を撃ち続けた。変わらずウォーメイルは完璧に回避しながら進んでくる。距離が詰まることによって、銃弾が放たれてから到達するまでの時間が短くなっているにも拘らず。
焦りはしない。だが、警戒はする。ここまでの芸当ができる敵なら、やはり強い。
ウォーメイルがいよいよクレフに肉薄する。
斬り下ろすために、剣を持ち上げた。
これに対して、クレフも剣でガードするのが定石。
だが、実際にとった行動は違う。デュアルウェポンを銃にしたまま、その銃口をウォーメイルの胴体に突きつけた。
銃を撃つのが早いか、剣が下ろされるのが早いか。だが、どちらにしても引き金は引く。肉を斬らせても、胴を撃てる。そう見越しての奇策。
クレフは素早く引き金を引く。
相手が剣を振り下ろすよりわずかに早い。
着弾の衝撃で相手が吹き飛べば、剣に斬られることもない。最高の展開のはず。
しかし、それは即座に覆された。
エネルギーの弾丸が放たれたとき、その斜線上には、既にウォーメイルはいなかった。
「甘い」
怪しく輝くウォーメイルの目玉が、回避の動きで残光を引いていた。
弾丸はただ空を虚しく貫く。
この間合いで銃を撃つことを敵が予測しないという前提があっての策。
しかしその前提は今や崩れ去り、同時に最高の展開は最悪へと覆る。
がら空きになったのはクレフの方。その右肩から斜めに、ウォーメイルの太刀が斬り下ろされた。クレフの装甲から激しいスパークが散る。
全身を襲う衝撃に耐えながら、クレフは数歩後退する。
追撃のために、再び迫るウォーメイル。
クレフは今度こそデュアルウェポンを剣に変形させた。
一撃を浴びせたことで、ウォーメイルは勢いづいている。煌々と輝き続けるその目が、この戦闘の流れがウォーメイル側に傾いていることを示しているかのようだ。
敵が横薙ぎに剣を振るうための予備動作を見せた。
クレフも剣をその動きに合わせて、ガードできる位置に持っていく。
ウォーメイルの剣の軌跡に合わせ、クレフがガードしようとする。
だが剣は、振るわれた直後にはもう止まっていた。
寸止めですらない。初めから剣を振る気などなかったかのよう。その行為に困惑したときにはもう、衝撃が襲っていた。
腹部に当たる敵ウォーメイルの脚。敵は剣で攻撃するモーションを囮に、実際は蹴りを入れてきたのだ。
直撃した蹴りに、クレフがまた後退する。
今度はウォーメイルは追撃しなかった。
傲然とそこに立ったまま。変わらず頭部の目玉は光っている。
既に勝敗が決しているかのような、そんな様子にすら見える。
クレフの深緑の瞳が、目の前の敵を睨んだ。
まだ攻撃を二発受けただけ。だが攻撃のダメージよりも、敵の動作に対しての困惑と驚きの方が強い。
不意を突けるはずの至近距離銃撃を難なく回避し、こちらの防御を予期したかのように蹴りを入れてきた。
敵の対応はあまりにも完璧、いや完璧すぎる。
もちろん敵が異常なほどに強いのであればあり得ない話ではない。だが、そうであるならば、戦闘開始直後の拮抗した戦いの説明がつかない。
そう考えた時、クレフは前方の敵の頭部の、光る瞳に焦点を合わせた。
そう、あの目が輝いてから、敵の対応が良くなった。
そして、目玉が輝き始めたときの、敵ウォーメイルの電子音声。
『計算完了』。
思考を走らせる間にも現実で時間は経過していて、敵のウォーメイルが武器を銃に切り替えて撃ってくる。
クレフは移動による回避と剣でのガードを織り混ぜて、被弾を防ごうとする。
だが、防ぎきれない。
回避した先で、あるいはガードを掻い潜って、銃弾が迫る。
被弾の衝撃を無視し、クレフは防御し続ける。
だが攻めなければ勝てない。だから賭けに出る。
さらに被弾することを承知の上で、ウェポンを剣から銃に切り替えた。
銃口を敵に向ける。被弾の衝撃でも、銃の照準はぶれない。しかし引き金を引こうとするときにはもう、ウォーメイルは銃口の先にいなかった。動きを完全に予測したかのように、一歩早く横に移動している。
一方で移動しながらウォーメイルが撃つ銃は、クレフを確実にその照準に収めており、クレフだけが被弾していく。
装甲の各所から上がる火花。逃れるためにクレフが真横へ走る。しかしウォーメイルの銃は既にクレフが走るその先の場所に向けられる。クレフを追って銃口を動かすのではなく、まるでウォーメイルが狙いを定めている場所にクレフが吸い込まれるような状況。
クレフの被弾数は不変。受け続けるダメージに、いくら心は折れずとも肉体は消耗する。
バランスを崩し、膝をついた。立ち止まれば被弾数は増す。
クレフの全身を抉る、オメガプライムの弾丸の群れ。
「ぐ、あ……」
外れた弾丸や跳弾、火花が周りの瓦礫や土、雨に濡れた泥を巻き上げる。そのややくぐもった視界の中、敵の声が届く。
「一つ教えてやろう。俺のウォーメイル、銘は『ビジョン』」
その声を頼りに銃を向け、クレフは乱射する。あまり確実性のある攻撃ではないが、今はたとえ乱れ撃ちであろうと、敵を近づけさせないことが重要。当たらずとも、敵を警戒させる弾幕になればいい。
着弾の音は聞こえず、クレフが撃った方向からかなりずれた位置から、敵のウォーメイルが姿を現す。
武器は再び剣になっている。クレフも即座にウェポンを剣に切り替える。
一瞬の後、斬り結ぶ。
何太刀も。何太刀も。
だが、ぶつかる度に感じてしまう。自らの剣の動きは、既に相手に見切られていると。
相手のウォーメイルの冠する名前、『ビジョン』。それが意味するように、この敵は『見えている』。
クレフの刃が弾かれ、ビジョンウォーメイルの刃がクレフを襲う。
この剣を回避することもできなくはない。
そのための手段はまだ残っている。
だがクレフはそれを防御には使わず、攻撃の切り札とする。
転送用の鍵を取り出し、流れるように鍵穴に差し込んで回す。この鍵が呼び出すのは、ガーディアンズ本部の研究室に保管されているプロトウェポン。デュエルウォーメイルとの戦いで一本を破損させたので、厳密には二本目の方だが、性能は全く変わらない。
空いている左手に光が収束し始める。
光が生じた段階で、既にその左手を敵に向かって突き出している。
敵の剣もクレフを切り裂こうと迫っているが、そちらは無視。こちらも一太刀浴びせることができるなら、食らってもいいと判断した。
転送されてきたプロトウェポンの確かな手応えを感じると同時に、目の前のウォーメイルの笑いが聞こえた。
「読めているぞ」
言下にビジョンウォーメイルの剣が動きを変えて、クレフが突き出したプロトウェポンへと動く。
突き出した剣先がビジョンウォーメイルに届く寸前、敵の剣はプロトウェポンの刃にぶつかり、その剣先をずらした。不意打ちの刺突は空を突く。
「未来はもう決まった、お前の敗北だ」
そう言うやいなや、ビジョンウォーメイルの胸部がわずかに動いた。
それは装甲を開くような変化で、事実、装甲の中から別のものが出てきた。
やや大きめの砲口、胸から現れ出たその奥底に既に光が見えている。もう発射できるということか。
この至近距離では、回避は不可能。
ここまでが全て一瞬の出来事。
だが、彼らはこの一瞬の間に、もうこの戦闘の結末を理解していた。
片や自らの勝利。この戦争におけるオルフェアの宿敵クレフを倒す未来。
片や大きな損耗。目の前の砲口からに放たれるであろう攻撃は、間違いなく直撃する。それは戦闘続行すら危ういレベルのダメージを意味していた。
二体が理解したことの共通点は、その未来がもはや確定しているということ。
だが、当事者達の見解とは異なり、未来はまだ確定してなどいなかった。
砲撃数秒前に不確定要素が割り込んだ。
四足歩行の無人兵器、ガーディアンズが運用するハウンドだ。
その無人兵器が突然ビルの陰から飛び出し、ウォーメイルに体当たりした。
これは、クレフもウォーメイルも予期していなかった事象。
当然だ。戦況をハウンド等のカメラから見守っていたガーディアンズ本部の司令室で、作戦指揮官の稲森渡中尉が下した判断なのだから。戦場の二体には予測できるはずがなかった。
もちろんウォーメイルにダメージはない。地球の兵器は、オルフェアのウォーメイルに対して有効打とはなり得ない。だが重量のある無人兵器の突進は一つの結果を生んだ。今まさに胸の砲口から光を開放しようとしていたウォーメイルの体勢が、わずかに崩れたのだ。
ウォーメイルの体は右に、向かい合うクレフから見れば左に傾く。
そして、その崩れた体勢のままでビジョンウォーメイルの攻撃は放たれた。
迸る光。胸から射出された破壊エネルギーが、クレフの左半身を掠め、そして地を穿った。巻き上がる瓦礫や塵芥。
クレフも、ビジョンウォーメイルも、戦闘を観察するガーディアンズのカメラも、全てが視界を奪われた。
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