#8.2 "十分な布石"

地球。

ガーディアンズ本部。

那一が竜平と再会してから一週間。あれ以降、二人は会っていない。薫と違って正規ルートで入隊した竜平の入隊後は、一人の新入隊員として数々の訓練をこなす日常だ。


あの日。

昔のように屈託なく笑った後、竜平は優吾に礼を言って、司令室から出ていった。

彼がこれからどうなっていくか、那一には分からない。黒い『復讐心』は彼に付きまとい、彼自身はそれを否定するつもりもないのだろう。

一週間経った現時点では、竜平がリエラを殴ることも、そんな竜平を那一が止めることも起きてはいない。

ただ那一と薫は、竜平の話をリエラにも話した。

進んで話したかったわけではないが、どこから伝わったのか、「那一が友人と会った」という話がリエラの耳にも入ってしまったのだ。

結果的に、亡くなった母と妹の件も伏せるわけにはいかなくなった。

話すと案の定、リエラは暗い顔をした。また自責の念に駆られるのだろう。

そんな話から話題を逸らすために、薫がわざと明るく笑いながら話す。

「そう言えば那一が言ってたよ、『彼女をぶん殴るなら、その前に僕が君を殴る』だって」

「えっ」

リエラは口に右手を当て驚く。

あの那一からそんな言葉が出るのは、彼女にとって予想外だった。

傍らで話を聞いている那一本人が、冷静に訂正を入れる。

「若干違う」

「だいたい合ってると思うけどな」

本気か故意か、薫はとぼける。

「その『だいたい』が良くないんだよ」

「細かいことは気にしちゃダメだって」

発言者の那一と、それを聞くリエラ。二人の間にたかだか薫一人を挟んだだけというのに、言葉もニュアンスも変わってしまう。那一は顔をしかめた。

「もういいよ」

そんなことを薫と言い合いをしても仕方がないので、あっさり引き下がる。

リエラは そんな彼の顔を盗み見たが、当然というべきか、いつもの涼しい顔をしていた。

これでは、話を聞いて驚いた自分が馬鹿みたいだ。

なんとなく気恥ずかしくなって、リエラは目を伏せた。


***


オルフェアの貴族がやって来たのは、その日の夕方だった。

昼過ぎからポツリポツリと降り始めていた雨が、いよいよ本降りになっていた。

そんな中に現れたオルフェア貴族は、兵を引き連れずただ一人。

現れるとほぼ同時に、ウォーメイルとリンクした。


「敵の出現!貴族が一人です!」

薫が報告してすぐ、モニターに映った貴族の体が光に包まれて見えなくなり、入れ替わるように人型の機械が出現した。

それを見て稲森が敵の行動を推測しようとする。

「すぐリンクしたのか。街を破壊でもする気か?」

ペイル・メイラーと名乗っていた貴族は、いわゆる『一騎討ち』のためにクレフの到着を待っていた。

だが、ここはオルフェア側にしてみれば敵の陣地でしかない。

大人しくクレフを待つ必要などないのだ。

「『ハウンド』を準備、敵が動くようなら足止めしろ!」

「了解!」

薫とは別の隊員の返事が返ってきて、自立型兵器『ハウンド』が出撃体制を整えたことを確認。

あとはやはり、クレフに任せるしかない。

稲森としては、正直歯痒いものがある。高校生であるはずの少年が戦い、自分は指揮まがいのことをすることしかできない。

彼は自分より若い、というより幼い人間が戦場に出るのをあっけらかんと見送るのに、強い抵抗感を感じ続けている。

「俺にも、戦う力があれば」

誰にも聞こえないほど小さく、そう呟く。


実際、クレフを援護できる方法はないかと、技術責任者の円城長久に相談したこともある。例えば、オメガプライムを利用した兵器の開発はどうだろうか。敵の残骸からプロトダブルウェポンを2本も作れたのだから、何とかなるのではないか。

しかし、そんなにうまい話は無かった。

円城の話によると、クレフやウォーメイルが使う武器は、あらかじめエネルギーが補充されているのではなく、使用中に絶えず使用者自身から直接エネルギーを得ているのだという。クレフやウォーメイルに搭載されたコア、いわゆる『永久機関』が生み出すオメガプライムが、武器を持つ手などを通してチャージされるのだそうだ。

そのため、銃であれば弾切れはないし、剣であれば刀身がいきなり消えることもない。

つまり現段階では、仮にオメガプライムを使用する兵器を開発できたとしても、クレフやウォーメイルのコアが無い以上、武器のエネルギー源は無い。

また、電気エネルギーを溜めるコンデンサーのように、クレフからエネルギーを借りて溜めておく機械があれば問題は解決するが、現在はまだオメガプライムを蓄積する技術を解明していない。


他に戦う手段はない。

だから、稲森は那一に向かって、今日もまた同じ事を言うしかない。

「頼むぞ」


***


出現したウォーメイルは、街を破壊せずに立っていた。

貴族の名はジョゼ・キョンク。爵位は『ヴァイカウント』。

彼は初めから、クレフ以外に興味はない。

そして、街を壊さずともそれが現れるのは間違いなく、街を壊さずともクレフさえ倒せば自らの権勢が大きく拡大することも間違いない。

無駄なことはしない。

彼のウォーメイルは、他の貴族専用機体と同様、やはり特徴的な姿をしていた。

全身は銀色。全体的に体がやや細いが、それはこのウォーメイルの特徴ではなかった。特徴的なのは、顔面の半分以上を占める、大きな目玉のようなパーツ。また、頭部そのものも体と比較してやや大きく、後頭部が肥大化してせり出している。映画などで見られる想像上のエイリアンのようで、まるで大きな脳を収納しているかのようだった。


ジョゼはバイクの音を聞き取った。人のいない閑散とした市街地で、その音は特に大きく響いた。

「来たか」

さあ、獲物がやって来た。


***


那一は前方にウォーメイルの姿を視認した。

「対象を確認した」

「了解」

本部に通信を入れるが、返ってきた千崎薫の声に今更ながら違和感を覚える。

と言っても、彼女の調子が変とかそういうことではない。

幼馴染みの少女が自分と同じように軍に属しているという事実が、奇妙に思えたのだった。ついこの前までは毎日学校に通っていただけだったのに。

やはりガーディアンズに入隊した木島竜平に会ったから、そんなことを考えるのだろうか。

「相手ウォーメイルの能力は不明、気をつけて」

「分かってる」

そう答えて、意識を目の前の戦場に集中させていく。


ライドストライカーをある程度手前で止めた。

雨の霧の向こう、目の前のウォーメイルの姿が見える。銀色。肥大化した頭部と大きな目玉。やはり貴族のウォーメイルは異様だ。何かしらの特殊な装備を持っているに違いない。

だが、そんなことは関係なかった。

「倒すだけだ」

那一は腰にサモナーを巻いた。

取り出す鍵は唯一の選択肢、『オリジン』。

存在が明らかになった新しい二本の鍵はまだ開発中だ。

『オリジン』の鍵を鍵穴に入れ、回す。

黒い装甲が、ガーディアンズの研究室から瞬時に転送される。

身に纏う時間は一瞬。久馬那一という人間が、その肉体を捨てて別の肉体を獲得したかのよう。

そして、深緑の瞳が瞬いた。

腰からデュアルウェポンを抜く。形態は剣、エネルギーで刃が形成される。

最後に本部に通信を入れる。

「戦闘を開始する」


クレフが走り出したのを確認し、ジョゼ・キョンクのウォーメイルもまた走り始めた。こちらもまた武装を取り出している。

それはソルジャーウォーメイルの武器、つまりデュアルウェポンとほとんど同じだった。形態は同じく剣。

初めの一太刀は、互いに真っ直ぐな一撃だった。

正面で激突する。

出力にほとんど違いはなく、ぶつかり合った剣が生み出したスパークが2体の顔を照らした。

距離を取る。

ウォーメイルが呟く。

「もう少しだけ、データが要る」

そして、武器を銃に変形させ、撃つ。

クレフはそれを横に動いて回避しながら、さらに剣でガード。

被弾数はゼロ。そのまま前進。それを見たウォーメイルも再び武器を剣に変え、接近してきたクレフが振り下ろした剣とぶつける。

また散るスパーク。


「そろそろ十分か」

「何……?」

ウォーメイルとクレフが互いに力を加え、弾かれて距離が空く。

『十分』という言葉に、クレフは少し警戒する。何が十分なのか。

ウォーメイルの頭部の目が、突如として輝いた。その強い光は、先程の言葉と相まって不吉なものを感じさせた。

声が発せられた。

ただし、それは貴族ジョゼ・キョンクの声ではなく、無機質な電子音声。

「対象の計算完了」


それはやはり凶兆だった。

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