#7.9 "七人目"
「『オリジン』の鍵と同じです。これらは、クレフの鎧を転送するための物です」
一瞬の沈黙、そしてその場は騒がしくなる。
研究者達は立体映像を記録しながら、早口で様々なことを話し合っている。
稲森は那一に訊ねる。
「……その転送する鎧は、今どこにあるのか、分かるか?」
「はい、どちらも亜空間に収納されているらしいです。これらの鍵を作り、使えば、それぞれ対応する鎧を亜空間から引き出すことができます」
「そうか……」
話を聞いた円城は少しだけ思案した後、稲森に意見する。
「どうやら、この二本を開発するのが、最優先事項になると思うが?」
稲森は頷いた。
「そうしてもらえますか。これは恐らく、大きな戦力増強に繋がる」
「なら話は決まりだ」
円城は技術責任者として、その場の技術者達に向かって指示を出す。
「現在をもって、修復作業の人員を除いて、大半の人間をこれらの鍵の開発作業に回す!詳しいことはまたそれぞれに指示するが、全員そのつもりで頼む!」
全員が頷いた。
そして、にわかに場が活気づいた矢先。
ドアが開き、人が入ってきた。
入ってきたのは桐原弥生中尉、久馬優吾中佐の右腕だ。
「どうした?」
稲森が声をかける。だが言いながら、『またいつものように優吾絡みの話だろう』とは思った。
「久馬中佐から、久馬那一特別准尉に連絡があります。せっかくなので稲森中尉も」
「分かりました」
那一は頷いた。
那一は円城達技術者勢に挨拶をし、稲森と共に弥生について研究室を出る。
司令室へ向かう道中、那一は一度だけ弥生に訊ねた。
「詳しい用件は何ですか?」
この問いに対し、弥生は少しの間黙り、それから答えた。
「……ご自身で見た方がよろしいかと」
「そうですか、分かりました」
稲森はこのやり取りを聞いて、少し違和感を覚えた。
この桐原弥生という人物は、無駄な行動をすることはなく、また仕事をないがしろにすることは決してない。
そんな彼女が説明を省いた。それはつまり、説明が難しく面倒だとかそういうことではなく、『先立って話さない方がいい』と考えたということだ。
一体、どんな用件なのだろうか。
司令室に着いた。弥生がドアを開け、先立って入る。
「失礼します。久馬中佐、久馬那一特別准尉をお連れしました」
「ああ、ありがとう」
優吾の返事が聞こえてから、那一と優吾が続けて中に入る。
見慣れた司令室に、那一を呼んだ久馬優吾、さらに千崎薫もいる。
上官として、稲森は彼女の表情が暗いことに気付いた。また、優吾の方もよく見ると緊張、あるいは神妙というべきか、そんな顔をしている。
一方で、那一もまた、兄と幼馴染みのそんな表情を確かに見たが、それを見たのは一瞬。すぐに、彼の視線は、この部屋にいるもう一人の人物に吸い寄せられていた。
その人物は那一と同年代。そして、彼がよく知る人物。さらに言えば薫もよく知っている。
関係性を述べるなら、十字第一高校のクラスメイトで、友人。
木島竜平。
「竜平」
「久し振りだな、那一」
***
オルフェア。
カリリオン領の中心都市レイヤードにそびえる城。
城内の書斎に、カリリオン家現当主セイム・カリリオンがいた。
彼は今、遠方の人物と映像通信を行っている。
相手は『陽公』ランス・ジルフリド。『六柱』の筆頭。つまり、オルフェア国内で最大級の力を持つ貴族。
『バロン』のセイムと『デューク』のランスだが、彼らはかなり親しい間柄にある。元々ランスは、セイムの亡き父、先代当主ギーク・カリリオンの友人だった。
それに加え、今は個人的にも彼らは同盟のようなものを結んでいる。ランスが持ちかけた、『戦争を終わらせるため』の協力関係だ。
実際はまだ動いてはいないが、そのために戦うことを約束している。
セイムは今、ランスに問いたいことがあり、通信を行っていた。
内容は、このレイヤードでセイムが捕らえた男が語った、『ウォーメイルを買った』という話について。
そして、その件とルルイエ・リーグレットの話からセイムが導き出した、『廃棄されるはずのウォーメイルを、貴族が民間人に売り渡している』という予測についてだ。
これらの話をセイムは、ランスに向かって説明していく。
ランスはさすがに驚いた表情こそ見せなかったが、それでもかなり真剣な顔つきで話を聞いていた。途中、一切の質問すら挟まなかった。
「なるほど……」
セイムの話が終わっても、ランスはしばらく考え込んでいた。
様々なことを思案し、いくつもの選択肢を選んでは捨てるかのよう。
セイムは映像ごしに、遠く離れた相手の表情を窺っていた。
そして、ようやく口を開く。
「……セイム、君の予測は合理的な推理だ。『貴族がウォーメイルを横流ししている』、なるほど、あり得ない話ではない。いや、むしろかなり現実的な話かもしれないな」
「そう思いますか」
言いだしてはみたものの、セイムとしてはやはり認めたくはない。現実がどうであるにせよ、セイムの理想は貴族というものに誇りと責任を求めている。
そんなセイムの複雑な心境を思いやるように、ランスは続ける。
「私も、貴族のやっていることだとは思いたくはない。だが、その可能性が高い以上、疑ってかかるべきだろう」
「そうですね」
そこで、ランスは眉間に皺を寄せた。
「もっとも、まだ手がかりが少ない。黒幕を見つけることは難しいな」
また、しばしの沈黙。
その後、躊躇うようにランスが言う。
「君にも一応話しておこうか」
「えっ?」
「私が最も警戒する貴族のことだ」
ランス・ジルフリドは最強の貴族。
武力も地位も、人望も財力も、どれ一つ欠けてはいない。
そんな彼が警戒する相手。
「他の六柱の方々ですか?」
セイムが真っ先に思い浮かべたのは彼らだった。六柱は皆、ランスに匹敵する力の持ち主だ。
しかし、その問いかけに対し、ランスは首を振る。
「いや違う。確かに六柱は皆強い、色んな意味でな。だが、私は彼らを信用するに値すると見ている。少なくとも危険視する人物はいない」
「危険視、ですか」
かなり尖った言葉だ。
この惑星の貴族社会の頂点をして、そこまで言わせる貴族がいるとは。
「……私が常に注意しているのは、『マークィス』の貴族、ラシュウ・キリンド」
「ラシュウ・キリンド……」
セイムは、その名前について知っている情報を思い出す。
キリンド家は現在、上から二番目の爵位『マークィス』であるが、確か昔は『デューク』の爵位を与えられていた。そんな話を聞いたことがある。
その名残か、キリンド家の勢力は今も著しく、マークィスの中でも最大級。つまり、デュークに次ぐ勢力を持つ貴族だ。
そして、今でもキリンド家をこう呼ぶ者もいる。
『七人目のデューク』、と。
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