#7.5 "重ねる手と手と手"
ペイル・メイラーとジョゼ・キョンクの間に交わされた契約は、ペイルが先に出陣する代わりに、ジョゼの配下の者を同行させるというもの。
ただし、それぞれ互いには干渉しない。そういう取り決めだ。
2人分の転送に必要なエネルギーが溜まるまで、まだ時間がかかる。
そのために、次の十字市襲撃までにはまだ間があった。
***
そのことを知っているわけではないが、十字市ではこの間隙に、再び民間人の避難が始まっていた。
混乱を招かないように秩序立てて、民間人を避難シェルター『コクーン』から出し、避難先へと車で輸送する。
徐々に、十字市に残っている人々の中の、ガーディアンズ関係者の比率が上がっていく。十字市はもはや、人の住む町としての意味を失いつつある。
そして、『異世界との戦争の最前線』、ただそれだけの意味を残す。
ガーディアンズ本部の建物の高い階は、窓から地上を見下ろすと、それなりに見晴らしがいい。
今、そこからはコクーンから出て民間人を運んでいく車両が見えた。
廊下に設置されたベンチ。そこに三人は座っていた。
久馬那一。
千崎薫。
リエラ・シューヴァント。
窓から見下ろした景色に、薫はポツリと呟く。
「……人が、いなくなっていくね」
「ああ」
彼の声に寂寥は無く、事実への肯定のみだった。
その声が薫にとってはむしろ、変わらない彼の象徴であったりして、安心のような感覚を覚えてしまう。この絶え間なく移り変わる非日常では、変わらないものこそが道標になることもある。
一方のリエラはそれを聞いて、少し辛そうな表情を浮かべた。
「私たちのせいで、この都市は人の住めない場所に……」
彼女を苛むのは、オルフェア王女としての責任と自覚。
そんな彼女に、薫は声をかけた。
「それは、別にあなたのせいじゃないでしょ」
「ですが」
「少なくとも、あなたが先立って地球に来てくれなきゃ、今頃十字市は全滅してるよ。ね、那一」
薫はそう、那一に会話の続きを振った。
彼女自身は最初の襲撃の際にリエラと会っていたわけではなく、付き合いも那一ほどに長くはない。だが、事情は那一や稲森から聞いている。そして、彼女はきっと悪い人でないと、何度か間近で見ているうちに感じていた。
一方、彼女から話を振られた那一は頷く。
「ああ、リエラさんがいなければ、僕らには戦う手段がなかった」
彼は彼女からクレフを託された。それは現在、ウォーメイルに対抗し得る唯一の武器だ。
「はい、そう言っていただけると、少しは気持ちが楽になります」
そう言って、弱々しくも王女は微笑んだ。
本当は、彼にクレフを託したことも、リエラには重い十字架になっている。
彼を争いの中心に巻き込むことになった。
しかし、そんなことを話せばまた、彼は淡々と『それは僕の意思だ』とでも言うのだろう。
だからもう言わない。それでいい。そのことを、自分自身が心に刻んでさえいれば。
一方、リエラの笑みを見て、薫は安堵する。
言葉もそんなに多く交わしたことのない間柄だが、あまりに重いものを背負うこの少女の憂鬱な顔を見ているのは辛い。
だから、笑っていた方がいい。
彼女も。そして薫自身も。
そう思った時、薫はあることを思いついた。
「あの、リエラさん」
「はい」
「良かったら、『友達』になりませんか?」
「えっ?」
リエラが聞き返す。
対して薫は少し照れたように笑い、言葉を続けた。
「本当は、こんな風にわざわざ言うことじゃないのかもしれないけど、同年代の女の子なんてガーディアンズにはほとんどいないし、これからも近くにいる機会が多いだろうし。えっと、何て言うか、もっと仲良くなれたら楽しいかなって」
リエラは目をまじまじと見開いていた。
そして、そんな空白の一瞬間の後、彼女は破顔した。
「はい!嬉しいです!」
そして、手を差し伸べてくる。
「良かった」
薫の方からも手を差し出す。
そして、リエラの手を取ろうとして、そこで思いつき、脇を見る。
この場には三人しかいない。
脇を見て見つかる人物は、必然的に幼馴染みの無愛想な少年だけ。
「せっかくだから、那一も」
「え?」
彼は『何が?』という表情で聞き返した。
薫とリエラはそんな彼の反応が可笑しくて、顔を見合わせて笑った。
たった今わざわざ『友達になろう』と言った二人が、ごく自然に。
那一の手を薫が手に取り、リエラもそこに手を重ねる。
地球人とオルフェア人。
争う二つの惑星の住民。
だが、この日三人は、そんなことは一切関係なく、ただそれぞれ一人の人間として、手を重ねた。
***
千崎薫はこの数日後、あるデータを閲覧していた。
十字市に残ることを決めた人々のリストだ。
基本的に一般人は避難するが、ガーディアンズ関係者はこの都市に残留する。
薫自身も、前日に両親と別れた。
両親は一般市民として避難するが、薫にはガーディアンズ隊員としてこの十字市でやるべきことがある。
つい最近まで彼女自身も一般市民だったが、今はそうではない。那一同様、『自分の意思』で決めたことだ。
両親は心配していたが、それを必死で隠そうとしていた。努めて明るい表情。それが親の意地であり、無理していることは分かった。
そのことに薫は気づかないふりをして、自分も明るい顔で別れを告げた。
涙はなかった。
いや、涙はあったが、それを親は子に見せず、子も親に見せなかったのだ。
ただ、再会は確信していた。
平和になったら。その確信には、無理も嘘もなかった。
薫はそのことを思い出しながら、残留市民のリストを眺める。
そして目を留める。知っている名前を見つけたからだ。
『木島竜平』。
十字第一高校での那一のクラスメートで、薫とも面識はある知り合い。
彼はオルフェアによる最初の襲撃の際に、母親と妹を亡くしている。
これは十字市に残留する人々のリストだ。そして、残るのは基本的に『ガーディアンズ関係者』のみ。
薫は少し、嫌な予感を覚えた。
軍属である自分が『嫌な』などと言ってはいけないのかもしれないが、そう感じてしまう。
彼は、ガーディアンズに入るのだろうか。あるいは、もう入っているのか。
このことを那一に話そうか少し悩んだが、結局は止めた。
確証は無い。
ただでさえ色々と背負っている那一に、不確定なことを話すべきではないだろう。
彼女はこのことをただ記憶に留めた。
何か分かったら、すぐに知らせられるように。
***
それからさらに二日経った。
市外への一般市民の輸送がちょうど終わりを迎えた日。
まるで示し合わせたかのように現れた、オルフェアからの敵。
現れた二人の人間は、一人が一般兵で、もう一人は貴族の出で立ち。
定点カメラに映るその貴族は、以前にも十字市に来たことがある男だ。
貴族は言う。
「クレフ!以前言った通り、再戦を所望する!」
***
それから十数分後。
オルフェアから転送された人間二人がいる地点。
オルフェア人たちは転送されてから、その場所を動いてはいない。
そこに、一台のバイクが走ってくる。
銀のボディに緑のサブカラーの異質なマシン、ライドストライカー。
ライドストライカーが停まる。そして、降車したのは少年。
貴族、つまりペイル・メイラーが待ち望んだ存在だ。
そして、久馬那一とペイル・メイラーは再び合間見える。
那一はドライバーを腰に着けている。
ペイルは喜びの笑みを浮かべた。
那一が『オリジン』の鍵を持ち、同時にペイルがメイルキーを握った。
「コマンド・オリジン」
漆黒のクレフが立つ。
「起動」
橙色のデュエルウォーメイルが出現する。
同時に、もう一人のオルフェア兵士がソルジャーウォーメイルとリンクしている。
ただ、デュエルウォーメイルにはその姿など見えていないかのよう。路傍の石ころに等しいのだろう。
だが、クレフにとっては、その存在がしっかりと意識内に含まれている。
そのことをデュエルも察して、補足するのように言った。
「気にするな、クレフ。あのウォーメイルはただの『傍観者』だそうだ。俺達には一切関わらない」
そして、デュエルウォーメイルは腰から二本の剣を抜き、その煌めく刃にオメガプライムが流れる。
クレフもデュアルウェポンを抜き、剣の状態で構えた。
「もう名乗りは不要。さあ、勝負!」
言下に、預けられた決着を決めるために、決闘は再び始まった。
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