#7.4 "ホワイダニット"

ウォーメイル三体が十字市を襲撃していた頃。


オルフェア。カリリオン領の中枢都市レイヤード。

その中心に建つカリリオン家の城、その一室で男は尋問を受けていた。

彼は先日、レイヤードの市街地でソルジャーウォーメイルを使用して暴れ、領主セイム・カリリオンが変身したシュバリアによって倒されていた。

その後、彼の身柄は拘束され、今に至る。


セイムには気になることがあった。

この男はカリリオン家の家臣ではない。身なりが貧相なので、おそらく他の貴族の関係者でもないだろう。

ではなぜ、この男はウォーメイルを持っていたのか。その疑問だけが残る。


臣下が男の尋問を行う様子を、セイムは横から見ていた。

「はい、買ったんですよ。あのウォーメイルを」

「『買った』とは、誰からだ?」

「分かりません」

その答えに、尋問者は苛立つ。

「分からない、そんな話があるか!」

「ですが、本当に知らないんです。直接取引した男は仮面を被っていたし……そのバックに誰がいるのかなんて、俺には……」

「しかし………」

臣下が男をまだ問い詰めようとするので、セイムが脇から止める。

「もう十分だ、その辺にしておこう」

主君に言われ、尋問者は引き下がる。

実際、セイムにとってはもう十分なだけの情報が得られた。

彼の予想は裏付けられたのだ。


セイムが予想していたのは、いずれかの貴族がウォーメイルを裏市場に流したのではないかということ。

使い古された、本来であれば廃棄されるはずのウォーメイルを、貴族の誰かが秘密裏に一般人に流しているのではないか。

その予想は、男の話によってより確率の高い説に変わった。


同時に、セイムは思い出す。

数日前に尋ねてきた、幼馴染みのルルイエ・リーグレットが話していたことを。


***


「……オルフェアの資源が不足し始めていることは、もう一般の人々も気づき始めているの」

そうルルイエは言った。

昼下がり。

客間に通した幼馴染みと、テーブルを挟んで紅茶を飲んでいた。

「やっぱり、もう不安が広がっているのか……」

それは、セイム自身も薄々気づいていたことだった。


年々悪化していく資源不足。

土地も痩せ始めている。

現代では屋外で農業を行う方が稀で、大半は屋内に人工の農地を作ることで、農業を機械的に行っている。元々オルフェアには土壌が肥沃な場所が少なく、コストを抑えるために効率化した農業が必要だからだ。旧式の屋外農業は、今ではチルス領のシェンテ村など、一部の地域でのみ続けられていた。

しかし、土地が痩せれば必ず、草木の生育状態に変化が出る。たとえ農業が行われていないとしても、自然の木々や草花が前年よりも育っていないという事実は、単に景観の衰えとしてだけではなく、土壌の衰えとして人々の目に映る。

それが人々の不安を高めていく。

地球への侵略戦争を王家が考えたのも、切迫した状況では無理からぬ話。

セイム自身は話し合う余地があったはずと考えているが、王家の考え方も分からなくはない。成功するかどうか分からない異世界とのコンタクトに時間を費やせるかどうかは、かなり微妙な問題なのだ。

そして、その戦争という状態が、皮肉にも市民の不安と混乱にさらに拍車をかけていた。

「そろそろ市民の間で混乱が広がり、事件が起こるかもしれない」

その言葉に、幼馴染みは頷く。

「父もそう言ってたわ」

リーグレット家は大財閥。商人の家として、社会情勢には敏感にならざるを得ない。ルルイエにも様々な情報が漏れ聞こえてくるのだろう。

「それに……」

「何?」

口ごもるルルイエに、セイムが問いかける。

彼女は言おうか言うまいか思案したような顔だったが、思いきって口を開いた。

「最近、廃棄されるはずのウォーメイルが一般人に流されているって噂もあるみたい」

「ウォーメイルが?」

「ええ、本来は貴族が管理するはずのウォーメイル。それを一般人に秘密裏に流している人間がいるんじゃないかって」

セイムはしばらく、沈黙しているしかなかった。

貴族に与えられた特権であるウォーメイル。

しかしその特権は、同時に責任でもある。ウォーメイルを一般人に流すのは、責任の放棄に等しい。

セイムにはそれが信じがたく、またもし真実ならば許しがたくもあった。

ウォーメイルを一般人に渡すということは、その後に起きるであろうことは容易に想像がつく。圧倒的な武力であるウォーメイルが犯罪に使われる可能性は高い。

「とにかく、領主として、妙な事件が起きないように気を配るよ」

やっとのことでそう言ったが、心中としては苦いものがある。

「うん、頑張ってね」

幼馴染みの少女は、気遣わしげにそう言った。


***


その数日後に、このような事件が起きた。

ルルイエの話のおかげで、セイムには事件の背景が分かったわけだが、予想は当たって欲しくはなかった。

まずは、情報を集めなくてはならない。

誰が廃棄ウォーメイルを裏ルートで流したのか、なんとしても探らなければ。


***


ジョゼ・キョンクが臣下を使って襲撃を仕掛けてから数日後。

王都ルシエルに、ペイル・メイラーが戻ってきた。

ペイルは師であるジェイド・ブドールを尋ねに王都を離れていたが、地球への出陣を止めたわけではなく、このように舞い戻ってきたのだ。

彼にとってみれば、クレフとの勝負は預けてあるもの。それに決着をつけなくては気が済まないのだろう。


だが、戻ってきたペイルに対し、ジョゼ・キョンクは冷ややかに告げた。

「……率直に言えば、俺もクレフを倒す手柄は欲しい。おいそれと、貴公に出陣の権利を譲る気はない」

「なるほどな」

ジョゼ自身は地球へ赴いてはいないが、ペイルもジョゼも出陣の回数という点では優先順位は生まれない。

「だが、ゲートキーのエネルギーが溜まるまでの時間を考えれば、単独で出陣する私の方がより簡単に出陣できる」

話の趨勢を決めるために、ペイルはそう言った。

それは、ペイル・メイラー、チェイセン・ロンハ、ジョゼ・キョンクの3人のヴァイカウントが王都にやって来て、最初に出陣する者を決める際に決め手となった要素。あの時は、唯一単独で出陣する意思を示したペイルが初陣を飾った。

もっとも、追加で一人分の転送が可能になったことでチェイセン・ロンハが後に続き、ペイルの『決闘』は邪魔されたわけだが。

しかし、この論理に対して、ジョゼ・キョンクは薄ら笑いを浮かべ、答える。

「奇遇だな、俺も単独で出陣しようと思っていたのだ」

「何だと?」

ペイルは訝る。

彼が噂に聞くジョゼ・キョンクは、自らの力に自信を持つ尊大な男だが、手柄を立てるために手段を選ばない男でもある。チェイセン・ロンハのように謀に長けた人物ではないが、負け戦に挑む愚者でも無い。

つまり、わざわざ一人でクレフと矛を交えようとするからには、それなりの勝算があるはずなのだ。

そこで、ペイルはジョゼ・キョンクのウォーメイルについての噂を思い出す。

貴族同士は互いの情報を熱心に集めている場合が多く、貴族によっては使用するウォーメイルの能力がある程度知られている。

中でも、ジョゼ・キョンクのウォーメイルも、わりと知られている部類だ。


その能力に思い至り、ペイルは一人合点した。

「なるほど。部下を戦わせ、布石を打ったか」

「やはり、俺のウォーメイルの能力を知っているみたいだな」

「多少はな」

ジョゼはその答えを聞き、新しく案を閃く。

双方が得になるであろう案。

「ならば話は早い。条件付きで、出陣の権利を譲ってやろうか」

ペイルはわずかに表情をしかめつつも、この申し出に興味を持った。

「『譲る』という物言いは気に入らんが、話を聞こう。で、『条件』とは?」

ジョゼは笑う。

「なに、簡単だ。貴公の出陣の際に、私の部下を一人同行させる」

「それは容認できないな」

即座に却下。考慮にすら値しない。

ペイルが望むのは、純粋な『一対一』での決闘。

そこに水を差されるならば、出陣に意味などない。

「まあ待て。もちろん、俺の部下が貴公の戦いに干渉することはない。ただ、『傍観者』として同行させてもらえるなら十分だ」

それを聞き、ペイルは理解する。

「なるほど。布石をもう一つ、打っておこうということか」

「そういうことだ」

ジョゼはそう言って笑みを深くした。

「で、どうする?この申し出を受けるか、否か?」

ペイルはしばし思案する。

ジョゼ・キョンクは、ペイルが負けることを前提に、その後に自分がクレフを倒す手はずを整えようとしている。

しきし、そのことに腹を立てても仕方がない。

彼の思惑がどうであろうと、ペイルにとってはクレフと決着をつけられるなら構わない。

彼は頷いた。

「いいだろう、キョンク殿。貴公の申し出、ありがたく受けよう。……ただし、念を押すが、くれぐれも私の戦いに干渉はしないでもらおう」

ペイルから微かに放たれるプレッシャー。

しかし、それに全く怯まずジョゼは冷ややかに笑った。

「ああ、それはこちらの台詞でもある。『傍観者』である俺の部下に、余計な干渉はしないよう」

「約束しよう」

こうして、二人のヴァイカウントの間で契約は交わされ、出陣する順序は決定した。


***


地球。

十字市のガーディアンズ本部。

車庫に格納された特殊バイク、ライドストライカー。

銀と緑のその車体の脇で、一組の兄弟は話し合っていた。

久馬兄弟。兄の優吾は若くして中佐。弟の那一は特別准尉で、クレフの唯一の資格者。

基本的に規格外の兄弟だ。

「ライドストライカーのスペックは悪くなかった。ありがとう、兄さん」

「まあ、俺が作ったわけじゃないけどな。とにかく、役に立ったようで何よりだよ」

苦笑しながら答えたが、そこで優吾はふと、那一に聞いてみたいことを思い付く。

「那一」

「どうしたの、兄さん?」

「お前はどうして、クレフとして戦うことを選んだ?」

それはずっと前からの純粋な疑問だった。

対して、那一は困惑する。

何を当たり前のことを聞いているのだろう、とでも言うかのように。

「僕にしかできないことで、僕がそれを望むから。前にも話したかもしれないけど」

「ああ。そうだったな」

確かに、ガーディアンズ入隊の少し前に、那一の意思は聞いている。

しかし、本当に聞きたいのはそこではない。

「じゃあ、少し質問を変えよう。『なぜ、そう思えるのか?』、この質問には、答えられるか?」

「なぜ、か」

答えに詰まる。

それは、深く考えたことの無い『なぜ』だ。

人の性格ではなく、それを形作った原因。

以前にも那一は、幼馴染の千崎薫と似たような質問を交わしたことがある。

そう、薫がガーディアンズに入隊したことを知った、あの戦闘の直後。

あの時は那一から薫に訊ね、逆に訊ね返された。

彼に答えはなかった。今も答えはない。

だが今は、目の前に唯一の肉親がいて、一つの仮説を与えた。

彼に自信なく、その仮説を口にしてみる。

「父さんや母さんの、影響なのかな?」

「ああ、なるほどな」

二人の両親はガーディアンズ隊員だった。

八年前のある日、共に同じ任務に参加し、殉職した。

那一は当時九歳で、優吾は十八歳。

両親のことはよく覚えている。二人とも、ガーディアンズ隊員として、人々を守護する者としての誇りを持っていた。

そんな彼らはよく言っていた。

『人を守れるような人間であれ』、と。


だから、優吾は両親が亡くなってすぐ、迷わずガーディアンズに入った。

それは家計を支えるためだけではなかったはずだ。実際、両親はある程度の金を遺してくれていたし、ガーディアンズ隊員の遺族への補助もある。すぐに生活に困ることはなかったただろう。

それでもガーディアンズに入ったのは、きっと両親の意志を継ぎたいと思えたから。

しかし、疑問は残る。

たしかに、那一が『人を守る』ことを意識するのは、両親の影響かもしれない。

だが、自分と那一では、その度合いや方向性が微妙に違うように思う。

彼の意思は、もっとこう、執着のようなものだ。

執着、あるいは。


不意に、優吾は周囲の空気が冷えたように思った。

実際は冷えてなどいない、ただ感覚の問題だ。

「どうかした、兄さん?」

弟に声をかけられ、周囲の空気が元の温度へ、乱れていた感覚を取り戻す。

「いや、大丈夫だ」

「……そう」

少し疑問に思ったような顔をしていたが、那一はこれ以上は聞いては来なかった。


その後、オルフェアの襲撃やクレフについての話を少し話し、二人は別れた。

弟の姿が見えなくなってから、優吾は再び、先程の考えを呟く。

「執着、あるいは、『呪い』なのか」

その考えを振り払うように、彼もまた歩き去る。


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