#7.3 "ライドストライカー"
ガーディアンズ本部。
敷地内には、軍用のバイクや四輪車のための訓練場がある。
そして、その訓練施設で、久馬那一はバイクを走らせていた。
ただし使っているのは那一専用のライドストライカーではなく、普通のバイク。
施設内に配置された様々な形状の道や障害物。若干特殊ではあるが、確かにこの道が走りこなせるのなら運転技術に問題はない。
そのような判断の下で、久馬那一特別准尉に対して、早くもバイクの免許が発行されようとしていた。
稲森の「免許を取れ」という指示からわずか2日後の出来事である。
***
那一がバイクの訓練をしている頃。
稲森中尉と千崎薫は、いつもの作戦司令室で作業をしていた。データの整理や報告書の作成など、やるべきことはいくらでもある。
薫はまだ新入隊員だが、情報処理能力は十分すぎるほどに高い。
加えて、このガーディアンズにおいても、決して物怖じしない態度。その度胸とも言うべき資質は、彼女の特質だ。
作業をしながら、薫が稲森に言った。
「那一は今日もバイクの訓練ですよね」
「ああ、そうだ」
「免許って、どうなったんですか?」
「まあ、早ければ今日にもってところだな」
それを聞いて、薫は思わず苦笑い。
「バイクの免許って、普通もっと時間がかかるものじゃないんですか?」
「時間かけてる場合じゃないしな。非常時の妥協案ってやつだ」
「結局、そうなるんですね」
薫としては、『非常時だからこそ日常的なことを大切に』とは何だったのかと言いたくもなるが、さすがに口に出しはしない。
ただ、その若干の呆れ顔は、稲森にも見抜かれてしまった。
「お前も、けっこうズケズケと言ってくるね」
「私、何も言ってませんよ」
「いや、表情で分かる」
「そうですか」
少し照れたように、薫は笑った。
***
オルフェア王都、ルシエル。
今、ゲートキーが使用されようとしている。
使用するのは爵位ヴァイカウントの貴族、ジョゼ・キョンク。
しかし、出陣するのは彼自身ではなく、彼の部下達だ。
「頼んだぞ、お前達」
「はっ!」
臣下の三名が返答した。
彼らは知っている。おそらく自分達では、クレフには敵わないであろうということを。
しかし、彼らはもう一つ知っている。それも、主君ジョゼ・キョンクの計算の内であると。
だから彼らは怯まない。悲嘆もない。ただ勇猛さだけを抱え、彼らは地球へと発つ。
ゲートキーが起動する。
光の幕が淡く瞬き、道を開いた。
***
地球、十字市。
ガーディアンズ本部、作戦司令室。
オルフェアからの襲撃を告げる警報が鳴った。
この部屋にいた稲森と薫の顔つきも、途端に厳しくなる。
「千崎!情報を伝えろ!」
「はい!」
そう答えながら彼女は既にコンピューターを操作し、映像を部屋前方のモニターに映し出している。
瓦礫が散らばる市街地に現れたのは、三人の屈強な男達。服装から、これまでのデータと照らし合わせ、オルフェアの一般兵士であろうと推察される。
稲森は自らの携帯端末から、那一に通信を繋ぐ。
「那一!」
「はい、状況は理解しています。現場へ直接向かうつもりです」
相変わらず、淡々とした口調だった。
「了解した。ちなみに、移動手段はバイクか?」
「もう免許は取りましたから」
「そうか。ならライドストライカーも使えるな、上手く使え」
「はい」
五分後、ガーディアンズ本部から一台のバイクが出ていった。
銀色が主体のボディは通常のバイクよりもかなり大きい。差し色として緑色の部分があり、車体後部の排気管のような大きなパーツなどは明らかに異質だ。
コストの面からプロジェクトは頓挫したが、元々このマシンは兵器なのだ。
高機動変形マシン『ライドストライカー』。
通常のバイクとは比較にならないスペックと、まず備わっていないであろう数々の機能。そして、圧倒的な操縦難度。
その規格外のマシンを駆るのは、久馬那一特別准尉。
彼はその決して大きくはない身体で、身に余るようなマシンを乗りこなしていた。
風を切る。
オルフェアの襲撃で荒らされ修復もしていない街は、悪路としか言いようがない路面状況で、また障害物も多い。
その中をさほど苦もなく走る。元々ライドストライカーは軍用、多少のオフロードは想定済みだ。
敵の出現位置は頭に叩き込んであるが、それでも時折、千崎薫のナビゲーションに従って目的位置を微調整する。
既に敵はウォーメイルとリンクして、移動しているらしい。
ただしその移動速度は遅く、クレフと一戦交えずにガーディアンズ本部を襲うというような考えは無さそうだ。
これまでの戦闘から、量産型のソルジャーウォーメイル3体ではクレフに勝てる確率は高くない、敵にもそれは分かっているはず。
にも拘らず襲撃してきたのが気にかかる。
以前にもこんなことがあり、その時は先に転送されてきた兵を囮に、後に転送された兵がガーディアンズ本部を攻める作戦だった。今回も一応、そのことは念頭に置いておく。
バイクで走る那一の前方に、金属製の異形の影が3つ見えてきた。
ソルジャー達。
敵もこちらの走行音に気付き、注意を向けた。
那一は既に、サモナーを腰に巻いている。
片手をハンドルから放し、鍵を取り出す。
差し込んで回す。
電子音声。
「コマンド・オリジン」
即座に転送される装甲。
彼はバイクで走りながら、クレフの鎧に身を包む。
速度は緩めない。ウォーメイルがクレフの行く手を阻むように進路上に立った。
そこにライドストライカーは突っ込んでいく。
敵2体が銃を構え、ライドストライカーに向けて撃つ。
弾丸がライドストライカーに掠めるように肉薄するが、当たりはしなかった。
後方へと流れ、地面や瓦礫に当たって爆発が起こる。
クレフはハンドルを握りしめ、やや強引に持ち上げるように力を加える。同時に、自分の重心を移動させた。ライドストライカーの前輪がが持ち上がり、いわゆるウィリーの状態になる。
剣を構えたウォーメイルの一体、その胸部にウィリーしたライドストライカーの前輪が当たる。
火花はほとんど散らない。ライドストライカーはクレフとは違い、地球で開発した兵器であるため、まだウォーメイルに対抗する兵器としては役不足。
今の状況でも、例えば激突した車輪がウォーメイルの装甲を削り取るような、そんな芸当は出来ない。
だが、回転するタイヤの運動と摩擦によって、敵を弾き飛ばした。
その隙に、ライドストライカーを一気に前進させる。
弾いた一体と銃を構えた二体の間をすり抜けるように走り、彼らの後方でライドストライカーを急停止させた。ハンドルを切りながらブレーキを掛けたので、地面を滑ったタイヤから摩擦で煙が上がる。
クレフはすぐにライドストライカーから下りて、右腰に装備されたデュアルウェポンを抜く。形態は銃。そして、敵の一団へと近づきながら、銃口を持ち上げた。
銃撃戦が始まる。オメガプライムで構成された銃弾が入り乱れ、光弾が交錯する。
クレフの射撃の狙いは正確で、威力も高いが、数の利はウォーメイル側にある。
だが、そもそもクレフは対多数戦を多く経験しており、また量産型との戦闘経験は特に多い。そのため、もはや少々の数の利は、『利』にはならなかった。
押されていくウォーメイル達。被弾し、スパークが散る。
敵のうちクレフに近かった二体が、武器を剣に変えて接近する。
クレフはウェポンを剣に変える。エネルギーの刃が輝いた。
接近してきた一体と切り結ぶ。
数太刀を素早く打ち合い、防ぎ合う。
その間にもう一体が迫っていて、剣を振り上げた。
クレフは今斬り合っていた敵を蹴り、距離を空けた隙に、迫っていたもう一体の振り下ろした太刀を受け止める。
エネルギーとエネルギーの反発。火花。
この間、残る一体が援護射撃を行っているが、味方に当てることを恐れて弾数は少なく、クレフには当たっていない。
剣同士のぶつかり合いで生まれた膠着状態の中で、クレフが左手で、バックル左のレバーを引いた。
「プライムバースト」
電子音声の宣言に、敵は危機を悟るが、もう間に合わない。
唾競り合いの状態であった二本の剣だったが、クレフのオメガプライム放出量が跳ね上がったことで、もはや競り合うことすらできなくなる。
クレフが力任せに刃を押し込んだ。その威力には堪えきれず、敵の剣のエネルギーの刃が砕けるように消失。
クレフはそのまま、敵を袈裟懸けに斬り下ろした。
斬線から噴き出す、盛大な炎の花。
ウォーメイルは爆散。
もう一体の剣を持っている敵に向かってクレフは跳躍まだオメガプライム放出量が上がった状態のデュアルウェポンで斬りかかる。
ウォーメイルは剣でガード。だが、元々のエネルギー量の差に加え、跳躍後の落下の勢いまで乗せた一撃は重い。完璧にガードこそしたものの、体勢は崩れ、地面に膝を着く。
クレフはそこに横殴りの斬撃を放つ。今度はもう間に合わない。真一文字の軌跡。ソルジャーウォーメイルは、二つの残骸に分かれて一瞬だけずれ、そして骸は爆発の火炎に呑み込まれていった。
その様子を見ていた、三体目のソルジャーウォーメイル。
彼は後方支援のために、クレフからはかなり離れた位置にいる。
そして、それは今回の襲撃の目的を達するためにも、必要な役割分担であった。
接近して戦っていた二体がやられたことで、残る一体は即座に退却を決めた。
二体を斬り捨て、クレフが最後の一体を見たとき、そのソルジャーウォーメイルは既に光の幕に包まれてオルフェアへと退却していった。爆散した二体のウォーメイルとリンクしていた人間も、すぐにオルフェアへと帰還していく。
後にはただ、勝利者であるクレフと、敗北者であるウォーメイルの残骸。
「戦闘終了」
本部にそう通信を入れ、那一は鎧を解いた。
***
オルフェア。王都ルシエル。
王家の持つゲートキー。その部屋に、三つの影が転送されてきた。
うち二つは人間。そして、もう一つはソルジャーウォーメイル。
彼らを、主君であるジョゼ・キョンクが出迎えた。
「よし、一体は帰ってきたか」
今回の襲撃で彼らにとって大切なことは『クレフとの交戦』。そして、一体だけでも破壊されずに帰還すること。
それは、次の戦いへの布石だった。
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