7章

#7.1 "歪み作る過去"

2017年当時。

惑星オルフェアは戦乱に見舞われていた。

有力な家がそれぞれに国を形成し、互いの領地を狙い合う、いわゆる『戦国時代』。

そして、2015年にヘルマン・アクターが訪れた場所は、シューヴァント家が治める領域。異界からの『来訪者』として歓迎されたヘルマンは、シューヴァント家の城に客人として迎えられている。


ヘルマンは科学者だ。そして、このオルフェアには、彼の知的探求心を刺激して余りある未知なるエネルギーが存在していた。

その名を『オメガプライム』という。

高エネルギー体であるオメガプライムを、既にオルフェアでは広範囲に利用していた。兵器も当時の地球の水準よりは遥かに進歩している。

しかし、ヘルマンが着目したのはオメガプライムの高エネルギー体としての性質ではない。

オメガプライムが持ち合わせるその特殊な性質はまだ、オルフェアでは転用されていない未知の領域だった。そこにヘルマンが初めて踏み込んだのだ。


その『ある特質』が今、ヘルマンの目の前に鎮座する兵器に詰め込まれている。

兵器は人型の鎧、人が身に纏うことで初めて兵器として完成する。

兵器の名は『クレフ』。

ヘルマンがオルフェアに来て以来取り組んできたオメガプライム研究の完成形だ。


「すごい……」

隣で青年が感嘆の呟きを漏らした。

彼はアスラ・カリリオン。シューヴァント家に仕える家臣で、ヘルマンの世話係を任されている。そして、ヘルマンにとってこの星で最も親しい友人でもあった。

クレフを見つめ続けるアスラに向かって、ヘルマンが言う。

「……これは、オルフェアの未来を作るためのものだ。オルフェアの戦乱を終わらせるだけの力が、『クレフ』にはある」

それは自慢でも希望的観測ではない。

科学者であるヘルマン・アクターの頭脳が予測した、確率の高い事象。

そのことを理解し、アスラも頷いて、そして言った。

「あなたは、僕の願いを形にしてくれた」


***


約半年前。

ヘルマンは既にオメガプライムの研究を進めていた。

その研究は、シューヴァント家当主バース・シューヴァントにも高く評価され、彼はかなり自由に研究を行うことを許されていた。


そんな状況で、アスラ・カリリオンはヘルマン・アクターに頼んだのだ。

「ヘルマンさん、訊ねたいことがあります」

「聞こうじゃないか」

そう言いつつ、ヘルマンはアスラの瞳に秘められた、眩しく熱い思いを感じ取っていた。

「あなたの研究を活かして、このオルフェアの戦乱を終わらせることはできないでしょうか?」

「……そう来たか」

日頃からヘルマンとアスラが話す内容から、2人の願いが一致していることは分かっていた。

『この戦乱に終止符を』。

彼らがいつも願っていたこと。

ヘルマンは地球人なのだから、オルフェアは故郷ではない。

だが、時折耳に入る陰惨なニュース。『村が一つ焼かれた』。『国境付近で大規模な軍事演習』。『度重なる紛争による市民の不安と混乱』。

こんな話を聞いて心を痛める程度に、ヘルマンは善性を保持していた。

そして、アスラ。

彼がシューヴァント家に仕えるようになったいきさつは、彼の村が戦争で消滅し、家族が皆亡くなったから。

その心の傷は、決して消えることなどない。

ゆえに、『戦乱を終わらせる』という話に行き着くことに、2人とも異存など無かった。

ただ、ヘルマンは慎重に言葉を紡ぐ。

「……私の研究を応用すれば、既存のあらゆる兵器を凌駕する兵器を造り出すことは可能かもしれない」

現状、オルフェアで用いられている兵器は、単にオメガプライムを動力源として使用しているだけのもの。

また、エネルギー効率も悪い。

オメガプライムの研究を独自に進めたヘルマンならば、それらを超える兵器を生み出すことも可能だろう。

しかし、それは一つのジレンマを孕んでいた。

「だが、兵器による戦乱の終結は、ある意味では矛盾したものだ。武力による武力の鎮圧は、必ず歪みを生み出す……」

兵器による兵器の破壊。

力による力の抑止。

アスラはじっと、ヘルマンの話を聞く。

初めて聞く話でもなく、またヘルマンだけが考えていることではない。

実際、この話は2人で幾度となく交わした。

「……それでも、私は兵器を作るべきだろうか?」

ヘルマンの問いは、目の前のアスラに向けられたものであって、また自分自身に向けられたものでもあった。

対して、アスラは目を逸らさない。真っ直ぐに目の前の友人の瞳を捉え、言った。

「歪みを生み出すとしても、今のこの星よりはきっと良くなる」

それは戦乱の世を嘆き続けた青年の、偽らざる思い。

「それに……人間は歪みを正していくことができる。僕はそう信じています」


その一言を聞き、ヘルマンの心は定まった。

当主バース・シューヴァントに掛け合って許可をもらい、兵器の開発は始まった。


***


そして今、ヘルマンとアスラの目の前にある機械の鎧がその兵器。

彼らの願いの結晶。世界を変えるための兵器。

クレフを見つめながら、アスラが不意に呟いた。

「正直に言います、ヘルマンさん。……きっと僕は、純粋にただ戦争を憎んで戦乱の終結を望んだ、というわけではないと思うんです」

青年は言葉を探すように、ゆっくり言う。きっと、彼自身が自分の感情の中を探っているのだろう。

「……僕が、戦乱の終結を望むのは、きっとエリス様が当主になったとき、もう争わなくて済むように、そう思ってのことなんです」

シューヴァント家の令嬢、エリス・シューヴァント。

おそらく次期当主は彼女になるだろう。

そして、今の状況では、跡目を継いだ彼女も他国との戦争に気を張りつめなくてはならなくなる。

アスラはそれを是としなかった。

なぜなら。

「……きっと僕は、エリス様のことを」

言葉は続かない、いや続けられなかった。

叶わぬ思いに、アスラは微笑んでいた。その笑みは苦い。

ヘルマンは小さく答える。

「……知っていたよ。」

「え?」

「君が何を思い、戦乱の終結を願ったのか。君の悩みも、決意も、ある程度は理解していたつもりだ」

「ハハ、ダメですね、感情を隠すのは難しい」

困ったように苦笑する。

「個人のために戦う……それでいいんでしょうか?」

「いいんじゃないか、別に。『誰かのために』、それぐらいの方がきっと、決意を貫き通せるさ」

「本当ですか?」

「ああ、間違いない」

ヘルマンは微笑んだ。この年下の、異世界の友人は『戦乱の終結』を成し遂げるだろう。

アスラに言った言葉は嘘ではない。デタラメでもなく。慰めでもない。

それは、ヘルマン自身の経験則だ。

彼が『クレフ』を作ったのも、ただ戦乱が嫌だったからだけじゃない。

それは、友が望んだからだ。


***


2117年、オルフェア。

カリリオン家領地。中心都市、レイヤード。


市街地で、火の手が上がる。

住民の悲鳴が響き渡り、炎の中で異形の影が揺らめく。

人の形だが、人ではない。

姿を現したのはウォーメイル、量産型のソルジャーだ。ただし装甲はやや錆び付いており、傷なども見える。明らかに貴族の臣下が使っているようなものではない。

市民は逃げ惑う。


今火の手が上がっていた建物は金融機関、早い話が金を貸す場所だ。中心都市レイヤードで店舗を構えている以上、危ない金融機関ではない。利子はわずかでかなり良心的な店だ。

そこ向かって、錆び付いたウォーメイルは銃を撃つ。

数度。既に職員は避難しているが、建物は燃えて朽ちていく。


ようやく、都市警備の無人兵が駆けつける。車輪に多機能アームがついた、シンプルな機械だ。

だが、戦闘用ではないこのメカは、ウォーメイルに太刀打ちできない。弾丸の一撃で沈黙。数秒の瞬きの後、四散する。

ウォーメイルを取り押さえるには、貴族の臣下が駆けつけるのを待たねばならない。

幸いというべきか、ウォーメイルの目的は例の金融機関の破壊にあったらしく、見境なく暴れる様子はない。


そこに、一人の青年が到着する。

両脇に臣下を従えた彼の名を、このレイヤードに住む者は誰もが知っていた。

領主、セイム・カリリオン。

「そこのウォーメイル!今すぐ武器を捨て、リンクを解除しろ!」

領主の声を聞き、錆び付いたウォーメイルは一瞬迷い、それから。

「うわぁぁぁ!」

逃げ出した。ウォーメイルの運動能力を駆使し、常人では不可能な速度で逃亡する。

セイムの脇にいた臣下が訊ねる。

「追いますか?」

「ああ、だがお前達はいい、私が追う」

言いながら、もうベルト型の機械を取り出している。

カリリオン家に伝わる、ウォーメイルならざる力。

ベルトは、今は地球にあるクレフのサモナーに似ている。

名も同様にサモナーと呼ばれている。

セイムはそれを腰に巻き、宣言。

「起動」

クレフと異なり、その宣言自体が鍵を開く。

サモナーから男性の電子音声。

「シュバリア」

同時に、転送された鎧がセイムの身を包む。

白い地に、深紅のライン。頭部の青い光。

騎士『シュバリア』。


本来シュバリアは盾を装備するが、セイムの判断で転送しなかった。こういった細かな制御は、使用者の意志を反映してノータイムで行われる。

装備は左腰に提げた剣のみ。剣を抜く。

クレフのデュアルウェポンとは異なる、実体のある刀身。それが、オメガプライムを帯びて、薄く赤く輝く。

『カリバー』、シュバリアの得物だ。


シュバリアが地を蹴る。錆び付いたウォーメイルが前方を走っていたが、機動力は明らかにシュバリアが上。

距離が詰まり、十分に射程内。

シュバリアは立ち止まり、前を駆けるウォーメイルの背にカリバーの先端で狙いを定める。

カリバーの剣先には銃口がある。つまり、銃口が正確に、そのウォーメイルへと向けられたのだ。

直後、剣先から迸る光。オメガプライムで構成される光球が空間を疾駆した。

逃げるウォーメイルは、危険を察知して後ろを見る。

しかし、その時にはもう光が目の前に迫っている。逃れる術はない。

光球が命中。特に出力を上げてはいないが、錆びて傷んだウォーメイルを壊すには十分な威力だった。

そのソルジャーウォーメイルは爆発した。

爆炎の中、ウォーメイルとリンクしていた男が倒れる。

セイムはシュバリアの鎧を解き、臣下へと命令した。

「拘束してくれ」

倒れた男は服装もボロボロで、やはりカリリオン家に仕える人間ではない。

「……意識が戻ったら事情を聞く必要があるな」

そして、男はカリリオン家の城に連行される。


レイヤードに平和が戻った。

市民の安堵する顔に笑顔を返しながら、セイムは頭の片隅で考えていた。


貴族と関係のない者がウォーメイルを持っている。このことが何を意味するのか。

装甲の錆びた、傷んだウォーメイル。

まさか、貴族の何者かが、廃棄品を流しているということか。

それはまだ一つの仮説に過ぎない。だが、もしも真実だとしたら。


立ち込める暗雲。空が曇ってきた。

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