#6.7 "お前は弱い"

クレフとウォーメイル達の銃撃戦が始まったとき、無人兵器ハウンドは既に撤退していた。

巻き込まれることを恐れただけでなく、銃撃戦で移動し続けるクレフの邪魔になると稲森が考えたからだ。

移動するクレフは、気づけば定点カメラが無い場所で戦っていた。加えて戦闘に集中するため、開戦と同時にクレフは通信を切っていた。

つまり、クレフの戦闘状況は本部には伝わっていない。


先程、技術責任者の円城長久からは、『プロトウェポン』が転送されたことが報告されていた。今回が初使用ということで彼は特に気にかけていたが、転送までは無事に成功したらしい。


作戦司令室では、緊張した時間が続く。那一の側から通信を切ったので、基本的にこちらから通信を繋ぐことはしない。

ただ回線が開くのを待つ。


そして、通信回線が開いた。

オペレーターの千崎薫が対応する。

「那一!状況は?」

プロトウェポンの転送からはまだ間もない。まだ決着が着いてはいないだろうとは皆が予測していた。

「あまり良くない……」

返ってきた言葉に対し、本部に動揺が走る。

那一の上官で、また指揮官でもある稲森が回線に割り込む。

「おい、一体どうなっている!?」


***


十字市市街地の戦場。

クレフはビルの壁の一つにもたれていた。

ダメージはかなり受けているが、立ち上がれないわけではないので、体勢を整えながら稲森へ状況を説明する。


***


つい数十秒前のこと。


『プライムバースト』の射撃2発が、ソルジャーウォーメイル2体に炸裂した。

その直後、チェイセン・ロンハのウォーメイルがクレフに高速接近。

重厚な鉄色のウォーメイルは、激突する手前で、全身の各箇所から鋭い棘を飛び出させた。

回避する間など無かった。

クレフにウォーメイルのタックルが直撃した。

重量のある物体の高速激突。運動エネルギーは質量に比例し、速度の2乗に比例する。加えて、全身の棘。クレフの装甲を抉った。

クレフは弾き飛ばされ、その勢いは空気抵抗程度では止まるはずもなく、飛ばされた先にあるビルの壁面に叩きつけられる。

壁面がひび割れる。

クレフはウォーメイルと異なり、生身の人間が機械の鎧を纏った存在であるため、肉体へのダメージはダイレクトに伝わる。

叩きつけられ、肺から空気が一気に出ていくような強い衝撃を受けた。

なんとか立ち上がるが、全身が痛い。


***


前方には、例の鉄色のウォーメイルが見えた。遠方からこちらを見ているが、追撃はしない。

さらにその近くに、全身からスパークを散らせて膝をつきながらも、ソルジャーウォーメイルの一体もまだ健在だった。

位置からして、あれはプロトウェポンで撃った方だ。試作品であるがために、デュアルウェポンに比べて性能は劣ってしまうらしい。

那一はそんなことを頭の片隅で考えながら、稲森へ状況説明を済ませる。

「……まだ戦う気か?」

「他に選択肢は無いですね」

稲森の問いかけに即座にそう返す。

『くそっ』とか言う小さな呟きが聞こえたような気もする。クレフ以外にウォーメイルへの有効打を持たないことが歯痒いのだろうか。

那一としてはそんなつもりで言ったわけではなく、ただの事実、客観的分析だ。

それから、オペレーターの幼馴染みの名前を呼ぶ。

「薫、話す余裕も聞く余裕もなさそうだから通信は切るよ」

「……分かった」

通信音が途絶える。


***


チェイセン・ロンハのウォーメイルは、ウォーメイルを破壊された2人の部下と、まだ辛うじて活動している残り1体に向かって告げる。

「よくやってくれた……あとは私がやる」

部下達は全員、オルフェアへと帰っていった。

健在だった機体も、自らにできることはないと判断したのだろう。


戦場に残るのは、チェイセンとクレフのみ。

クレフは2つのウェポンを構えた。形態は銃のまま。ただ、もう向ける相手は一体だけだ。

揃って銃口を向けた瞬間には、鉄色のウォーメイルも動いていた。

「喰らえ!」

全身の棘が、一斉に射出される。ミサイルのように炎を噴き出し、棘は一斉にクレフに向かって空中をひた走る。

「くっ……!」

突如として敵の全身の棘が射出されたことに虚を衝かれつつも、敵に向けた銃2丁を素早く、飛来する棘のミサイルに向かって構え直す。

しかし、飛来物の数はおよそ20。銃2丁の弾幕では全てを防ぎきれない。

加えて棘一つ一つの大きさは小さく、的を絞りづらい。

少しでも時間稼ぎをするために後退したいが、あいにく背後には叩きつけられたビルの壁。

クレフは乱射した。

的を定めつつも、半ば闇雲に。弾丸の壁を作るかのように。

しかし、それをかい潜ってくるミサイルはある。

横に跳んで回避を試みる。

だが間に合わない。

被弾、装甲が削れる。

衝撃が引き金を引く指を止めた結果、連鎖的にミサイルが着弾。

クレフに当たったものも、ビルの壁に当たったものも、等しく炸裂し、破壊の旋律を奏でる。


ビルの壁が崩壊。

瓦礫の雨。

土煙。


鉄色のウォーメイルは、離れた位置からその様子を眺める。

確かな手応えがあった。

遠距離から放った棘は、多数がクレフに命中した。


全身から棘を出し、またそれらを射出することもできるチェイセン・ロンハのウォーメイルは、その銘を『ヘッジホッグウォーメイル』といった。

まさしく山嵐の名に相応しい攻勢で、クレフを仕留めたと思われた。

崩れゆく瓦礫と立ち込める土煙を見ながら、チェイセン・ロンハは勝利を確信していた。

オルフェアが地球に戦争を仕掛けて以来の弊害だったクレフ。

これを倒したとなれば、自らの地位・権威はさらに大きくなるはずだ。

チェイセンはそう夢想した。


だが、舞い上がる土煙がようやく薄くなった時、そのベールの向こうで緑色が光った。

「何!」

直後、土煙を突き破って襲い来る弾丸。

初めは2発。

だが、続け様にさらに数発。

狙いは粗いが、全くの的外れではない。

元々ヘッジホッグは機動力が低いことに加え、反応も遅れたため、回避は間に合わない。

光弾が装甲に衝突。

ウォーメイルとのリンク中であるため直接的なダメージは少ないが、不快感は大きい。

それは、掴んだと思われた勝利が手の中をすり抜けたことに対する不快感。

「まだ倒れないというのか!」


***


土煙を突き破り、クレフが駆けた。

受けたダメージで動きは鈍るが、まだ走れる。

ヘッジホッグに近づきはしない。

動き回りながら、両手の銃を撃つ。

元々敵の動きは速くはないようで、銃弾は次々に当たる。

「さっきの激突の時のように速く動かないのか?」

それが疑問だった。

確かに、クレフに強烈なタックルを喰らわせたときは高速で移動した。

しかしあれは一種の裏技のようなもので、ソルジャーとクレフが銃撃戦を繰り広げている間に、オメガプライムを推進力用に溜め込んでいたのだ。

今は一対一、そんなことをする余裕はない。

ヘッジホッグは、再び全身の各部から棘を突き出させる。一度ミサイルとして射出した棘の下に、まだストックがあるのだ。

先程のように棘を撃つ。ただし数は少なく、せいぜい10発程度。

体に棘を残し、攻撃手段を確保しておくためだ。


先程と違う点は弾の数だけではない。

クレフはこの攻撃方法を警戒し、広い場所で移動し続けていた。そのため、四方に回避することが可能だ。

クレフは冷静に両手の銃を構え、棘のミサイルを撃ち落とす。撃ち漏らした2発の棘を背後への跳躍で回避。

既に低下した機動力では回避しきれず、脚を棘が掠めた。だが直撃はしていない。


ヘッジホッグは苛立つ。

「くそっ、なぜ倒しきれない!」


その声に対して返答があった。

「お前は僕を倒せない……」

前方から聞こえたのは、クレフの使用者の声だ。

あまり戦闘中に喋る奴ではないと、そう思っていたチェイセン・ロンハは微かな疑念を抱く。しかしそれはすぐ、内容に対する不愉快さで覆い尽くされる。

「私が、お前を倒せないだと?既にお前は、浅からぬダメージを受けたはずだが?」

荒げた声に対して、クレフの声はあくまで淡々としている。

「確かに僕はダメージを受けた……だが、それは不意を突かれ、策に嵌まったに過ぎない」

「ハッ!負け惜しみにしか聞こえんな。戦いで策を用いて何が悪い?」

「悪くはない。ただ、策を弄さなければお前は僕を倒せない、そう言いたいだけだ」

「なんだと」

チェイセンは既に、冷静さを八割方失っている。

「……前に来たオレンジのウォーメイル、策は無かったが強かった」

那一が言うのは先の襲撃、ペイル・メイラーのデュエルウォーメイルのことだ。

「だが、お前は違う」

感情が表れないはずのクレフの瞳が、冷たく光る。それは明確に錯覚であるのだが、少なくともチェイセン・ロンハにはそう見えた。

そして、クレフはこう断じたのだった。

「はっきり言おう、お前は弱い」


先の襲撃で、決闘の流儀などというものを重んじて優位を捨てたペイル・メイラー。その彼と比較され、さらに『弱い』と断じられた。

もはや、チェイセンの怒りは沸点に達しきっていた。

「図に乗るなと言っている、地球人!」

ヘッジホッグウォーメイルは走り出す。

オメガプライムのチャージによる高速移動でもなく。

感情的に。

直線的に。


「かかった」

その動きを見て、クレフはすぐに両手のウェポンを剣に切り替える。

敵の動きが手に取るように読める。

敵ウォーメイルの両腕に残っている棘、あれを突き出すのだろう。

重厚な敵の装甲は、遠距離からではなかなか削れない。勝負を決めるには接近が必要。

だが、この戦闘中に受けたダメージでクレフの機動力は落ちている。普通に近づくのは、大きな隙になるだろう。

そして、近距離で隙を見せれば敵のパワーにやられる。

だから、敵に近づいてきてもらうことにした。

そのための挑発だ。


これは皮肉めいた話だが。

那一が引き合いにペイル・メイラーは、十字市襲撃時にクレフとの決闘を声高に求めた。リエラ・シューヴァントはそれを、『誇りのための挑発』と言った。

だが、今のクレフの挑発は違う。感情などない、ただの手段だ。


単調に向かってくるヘッジホッグ。

それが間合いに入る直前、クレフはレバーを引いた。

「プライムバースト」

『デュアル』と『プロト』、2つの刃が煌々と輝く。


ヘッジホッグウォーメイルは、この瞬間に自らの失策に気づいた。

だが、既に相手の剣の間合いの中。

過剰なエネルギーで形成された刃が、ウォーメイルの体を斬り裂く。

一撃、そしてもう一撃。


「前言は撤回する、お前は弱くない」

スパークを散らせながら、ウォーメイルはクレフの声を聞いた。

そして四散する間際、無感情な声が響く。


「でも、そんなことはどうでもいい」

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