#6.6 "ダブルウェポン"
オルフェアの王都ルシエル。
一度は地球から撤退した貴族チェイセン・ロンハが今、再び動こうとしている。
「さて……では、参ろうか」
部下を3人連れ、地球へ向かう。
この前は当てにしていたペイル・メイラーとの共闘ができず計算が狂ったが、今回は完全に自分の自由にやれる。
抜かりはないはずだと、彼はそう思っていた。
***
地球。
日本、十字市。
久馬優吾中佐、稲森渡中尉、桐原弥生中尉、久馬那一特別准尉。
加えて千崎薫を含む、階級無しの『仮兵』が複数。
さらには、オルフェア王女リエラ・シューヴァント。
オルフェアからの襲撃時に司令室として使用される部屋に、彼らは集まっていた。
「……まあ、そろそろ来るだろうな」
「それで間違いないだろ」
優吾の声に稲森が答える。
前回の襲撃からは一週間が過ぎた。
オルフェア王都にあるというゲートキーも、もうエネルギーを充分に蓄えたところだろう。ゲートキーの蓄積できるエネルギー量には限界があるため、多く蓄えて大群で攻めるという戦術には限度がある。例えば、100体のウォーメイルで襲撃するなどはできない。しかし、これだけ間が空いてエネルギーが溜まったのなら、ある程度の数で来るであろうことは予測できる。
「何体で来るか、貴族が複数となると厄介だが……」
稲森はそう言うが、実際に彼が言いたいことは那一が引き継いでくれた。
「その可能性は低いと思います」
那一はそう言ってから、リエラの方を向いた。何も言わない彼の視線に一瞬戸惑うが、説明の役を振られているのだと気づいて話し始める。
「はい。この前の襲撃から予測しますが、オルフェアでは現在、貴族達が手柄を競い合っています」
そこで一瞬だけ彼女は、那一に対し心配そうな目線を向ける。ここでいう『手柄』とは他ならないクレフを倒すことだからだ。
しかし、皮肉にもこの場でその視線に一切気づかなかったのは、彼自身だった。
リエラは話を続ける。
「『その手柄を得るのは、一人の方がいい』、野心に燃える貴族は、皆そう思っているでしょう。ですから、貴族は力を合わせる可能性は低いと思います」
「なるほど」
優吾が納得する。その横から、彼の部下である桐原弥生中尉が訊ねる。
「では、貴族一人と、部下が数人来ると考えるべきですか?」
「ああ……さらに言えばこの前の貴族、途中参戦しようとしてたあの重そうなやつが来る可能性が高い」
「オレンジではなく?」
弥生が聞き返すと、それには稲森が答えた。
「ああ。あのオレンジは一人で戦いたがってたみたいだからな、あいつが来るならもっと早く来てるだろう」
「確かにそうですね」
「……そういえば、クレフの装備強化の方は?」
優吾が那一の方を向いて訊ねる。
「ああ、円城さん達のおかげでもう使える」
「『転送』のリンクの方も?」
「クレフが生産するオメガプライムを流用して、一応は転送可能だよ」
「そうか」
ちょうどそこまで話したところで、警報が鳴った。
襲撃を告げる合図だ。
オペレーターである薫は、すぐさま端末を操作してデータの表示を始めている。
「オルフェアからの転送を確認!敵は4体、既にウォーメイルの姿です!」
そう言いながらモニターにカメラからの映像を表示させる。画面内の敵は、量産型3体と、さらに鉄色の鈍重なウォーメイル。
「すぐに向かいます」
「ああ、頼む」
那一は稲森の許可を得て、急いで部屋を出ようとする。
コンピューターを操作する薫と、立っていたリエラが、ほぼ同時に声を出した。
「那一!」
「那一さん」
重なる声に2人は一瞬顔を見合わせる。しかし、言いたいことは同じのようで、特に譲り合うこともなくそれぞれ声をかけた。
「気をつけて」
「ご武運を」
彼は黙って頷き、そしてすぐに姿を消した。
その様子を見ていた桐原弥生が、傍らの上官に言う。
「弟さんは人望がありますね」
『人望』という表現に、優吾は苦笑する。
「まあ、嫌われてないだけマシだな、あいつは無愛想だから」
その時、稲森が優吾に声をかけた。
「おい久馬、今日の作戦指揮はお前がやるのか?」
この場で最も階級が高いのは優吾で、その判断は妥当とも言える。
「……いや、お前に任せるよ」
やや神妙な面持ちになった優吾に、稲森は事情を察した。
「……身内が絡んでるからか」
「そういうことだ、『任務に私情は不要』ってな」
「そうか」
それ以上は何も言わない。稲森自身、その言葉を否定するだけの答えを持たない。
それに、優吾が実際はいつも私情と任務の間で天秤を揺らし続けていることを、稲森も知っている。
「さてと……じゃあやるか」
相変わらず任務の指揮に臨むとなると、彼は嫌な感覚に襲われる。
過去のテロ組織壊滅任務の際の任務中断と、その結果として起きた新たなテロ。あの記憶は、降格という外面的な事実以上に、彼の内面に深く根差している。
だが、稲森は指揮を執る。
「状況の確認!敵が破壊行動に移るようなら、クレフの到着までハウンドで時間稼ぎだ!」
***
十字市に降り立ったのは、ヴァイカウントの貴族チェイセン・ロンハと、その部下3人。既に全員がウォーメイルとリンクしており、ソルジャー3体と、そしてチェイセン・ロンハ専用機体の編成だ。
チェイセンが部下達に指示を出す。
「どうせクレフが来るからな、今は動く必要もない」
「承知しました」
***
一方、4体のウォーメイルからやや離れたところで、彼らを取り囲むように無人兵器ハウンドが配備されている。
しかしハウンドはそれ以上近づかない。ウォーメイルに対して効果が無いことが分かっている以上、わざわざこちらから出るのは得策ではない。
***
そして、久馬那一が現場近くに到着する。
いつも通り、隊員が運転する車両に乗せてもらった。
優吾が上層部に色々と掛け合って、クレフ専用にマシンをあてがうことが決まったらしいが、まだ間に合っていない。
「お気をつけて」
「ありがとうございます」
隊員に声をかけられ、那一は礼を言った。
運転担当の隊員は階級無しの『仮兵』で、階級ありの『真兵』である那一の方が実質的には地位が高い。だが、年齢は那一の方がいくつか下なので、このような言葉遣いにもなる。
車が遠ざかっていくのを見やりながら、那一はサモナーを腰に巻いて歩く。
ハウンドによる包囲網の一歩手前で、『オリジン』の鍵を鍵穴に差し込んだ。
「コマンド・オリジン」
漆黒の装甲、深緑の瞳。
『オリジン』のクレフ。
腰にマウントされたデュアルウェポンを抜いて、走り出す。
戦場に向かって真っ直ぐに。
彼方からこちらに駆けてくる、黒い影。
「ロンハ様、クレフです!」
ソルジャーの一体が叫び、鉄色のウォーメイルが応える。
「分かっている……まずはお前たちからだ、頼むぞ」
「はっ!」
ソルジャーが銃形態の武器をクレフに向けて、クレフもまた銃を構えた。
直後、双方から光弾が放たれる。量だけで見れば、ソルジャーウォーメイル達の撃つ弾丸はクレフの約3倍。ただし、オメガプライム使用可能量が大きいクレフの方が銃撃の威力は高い。クレフとウォーメイル達が、回避行動をしながら銃を撃ち続ける。
市街地の建物の影を利用しつつ、彼らは互いに敵を狙う。
拮抗した状況で、決定打はない。
もう一体、チェイセン・ロンハのウォーメイルはまだ動く気がないようで、静観に徹している。
銃撃戦の最中にソルジャーの一体が走り出し。手に持つ銃を剣へと変形させて振りかざす。均衡を破るための突撃だった。
接近する1体に、銃撃を続ける2体。
那一にとっては、接近する剣に対応するか、銃弾の雨に対応し続けるかの2択。
その選択を迫れる点で、ウォーメイル側にはやはり人数の有利がある。
だが、これらはクレフの武器がデュアルウェポン『のみ』であればの話。
接近する敵とクレフとの距離はもうかなり近い。
残る2体のウォーメイルも、味方が射線上に入らないようにしながら、巧妙に射撃を続ける。
その時、クレフは銃を撃ちながら、空いた右手で腰のホルダーから銀色の鍵をつまみ上げ、サモナーの鍵穴に差し込んで回す。
電子音声が響いた。
「転送」
そして、クレフの右手付近に光が集まる。その光は、ゲートキーの転送に伴う光とよく似ていた。
光が収まっていくと手の中には、数秒前までこの場に存在していなかったものが握られていた。
『プロトウェポン』、ソルジャーウォーメイルの残骸から復元した武器だ。
「何!」
剣を構えて駆けていたソルジャーはたじろぐ。
クレフは即座に、プロトウェポンの銃口を至近の敵に向けて撃った。
剣で咄嗟にガードするが、ソルジャーは後退せざるを得ない。
その間も左手のデュアルウェポンからは変わらず銃弾が放たれ続けている。
隙はない。
***
その光景を傍観するチェイセンのウォーメイルは呟いた。
「面倒だな……」
だが、まだ自分の出る幕ではない。彼のプランでは、今はその時ではないのだ。
***
接近してきた敵の方へ、クレフが両手の銃の射撃を全て集中させる。
こうなるともう防ぎきれる量ではない。敵も必死に剣で弾くが、次々に被弾していく。
一方のクレフも他の2体からの射撃を受ける形にはなる。しかし、味方を撃つことを恐れ鬱勢いが落ちる。
チェイセン・ロンハの指示が飛ぶ。
「近づいて剣で攻めろ!」
指示通り、残る2体が別方向から迫り来る。
その時にはもう、2丁の銃で集中砲火を浴びたソルジャーウォーメイルが、全身からスパークを散らしていた。
「まずは一体目」
那一の宣告通り、最後に2発の弾丸を受け、そのウォーメイルは爆散した。
残るソルジャーウォーメイル2体が同時に迫っており、このまま行けばちょうど挟み撃ちの形になる。
しかし、クレフは既にその2体の動きを把握していた。既に、銃を握ったままの左手で、サモナー左のレバーを引いている。
そのレバーは解除装置であり、オメガプライム放出量のリミッターを外す。
「プライムバースト」
無機質な電子音声と裏腹に、暴力的な光が武器に宿る。
そして銃口から溢れる輝き。
2つの『ウェポン』の銃口がそれぞれ敵2体に向けられた。
先程仕留めたソルジャーが爆発している、その轟音と光の中、銃口からさらに眩しい光が放たれる。
2筋の光が、剣を振るおうとしていた2体にそれぞれ突き刺さる。
***
その時、『それ』は動いた。
1体目のソルジャーウォーメイルの爆発。
それに伴う音。
2体目と3体目のソルジャーウォーメイル。
彼らに直撃した、『プライムバースト』のレーザー2射分の輝き。
戦場の『ほぼ』全ての事象がクレフを中心とする一点に終結していたために、
その中に含まれていなかった物は見落とされた。
爆炎と轟音と輝きの中、鉄色の物体が高速でクレフに接近する。
深緑の瞳がそれを認めた時には遅かった。
鉄色のウォーメイルの全身から、鋭い切っ先が飛び出した。
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