#6.5 "空白期"

オルフェアに帰還した2人の貴族。

既に彼らのウォーメイルとのリンクは解かれている。

そして、ゲートキーの部屋で向かい合った。

ペイル・メイラーはチェイセン・ロンハに詰め寄る。

「なぜ邪魔をした?今回は私が出陣することに取り決めたはず、貴様の出る幕ではなかったはずだ」

チェイセンはそれに対し、肩をすくめ、まるでおどけるように言う。

「いや失礼……確実に王の命令を達成するために、私も加勢した方がいいかと思ったのでな」

『……キョンク殿は出陣を辞退したしな』などと付け加え、もっともらしい正論を並べるが、その態度がペイルの苛立ちを加速させる。

「やはり、お前から『王の命令』などと聞いても、笑いしか込み上げんな。……大方、クレフを倒す手柄をこの俺だけに渡すまいと、浅はかな考えに駆られたのだろう?」

チェイセンはわずかに怒りを閃かせるが、すぐに表情を嘲りに変える。

「仮にそうだとしても無用の心配だな……貴殿は戦闘を中断し、倒せる敵を倒そうともせずに逃げ帰ったのだから」

「……今の言葉、聞き捨てならんな」

険悪な雰囲気。殺気すら入り雑じる。


だがこの雰囲気は、ゲートキーの部屋に王子ガロン・シューヴァントが新たに入ってきたことで、一度は収まることとなる。

さすがに王族の前で醜態を晒すことを、双方がよしとしなかったためだ。

ガロンに連れられ、2人の貴族は再び謁見の間へ。

そこで彼らは王に対して状況を報告する。

2人ともあまり互いを貶めるような説明は避けた。王の前で争っても、互いにメリットは薄い。

ただ、チェイセンは進言する。

「……ペイル・メイラー殿は一度出陣したため、次は私に出陣の機会を与えていただきたい」

チェイセン・ロンハの主張によれば、彼自身も出陣こそしたもののクレフと交戦はしておらず、その点を踏まえて次に武功を立てる機会を与えてほしいとのことだった。

この件に関しての事実確認がペイルに対して行われるが、渋々と言うべきか、しかし彼はこの事を否定することはしない。

そして、王ガイセル・シューヴァントの最終判断により、次に出陣する権利はチェイセン・ロンハに与えられたのであった。


***


地球。

ガーディアンズ本部に帰還した久馬那一特別准尉は、上司である稲森渡中尉と一対一で話すことを願い出た。

個室で2人は小さな机を挟んで向かい合う。

「……さっきの戦闘について、お前はどう思う?」

「……結果的に撤退はしましたが、敵のオルフェア貴族2人が決裂したことによるもので、あれは決して勝利ではありません」

淡々と。自己分析としての冷静な指摘であって、そこには一切の無念や悔しさといった感情は含まれていなかった。

まるで、そんなものは不要だと言わんばかりに。

その様子にある意味で稲森は安心する。

一人で2体の特殊ウォーメイルと交戦するリスクがあった、この結果について不本意に思う必要はない。

「……敵はまた来るな」

「ええ」

「参考までに聞くが、次に来るのはあの2体のどちらかだと思うか?」

「確証は持てませんが、その可能性はあると思います」

「……まあ、そうだよな」


双方の見解は一致している。

貴族は現状、王家の許しによってゲートキーを使用する権利を与えられていると聞く。ならば今回の戦闘において、2人が仲違いをして撤退したなどという事実を、彼らは王家に報告するだろうか。答えはノー。彼らは暗黙の了解として示し合わせ、この戦闘過程を報告から除外するだろう。

そして、仮にその事実が伝わらなければ、彼らは信頼を失うことはない。新たな貴族を召集することによるタイムラグを考えれば、王家が次の出陣も例の2人の貴族のうちのどちらかに託す可能性はそれなりにある。

もっとも、何らかの監視システムで彼らの行動が筒抜けであった場合や、新たな貴族の召集にそこまで時間を要さない場合など、考え出せばキリはないが。


「……ひとまず対策を立てるべきだな。お前はどうしたい?」

「そうですね……できるだけ早く、『プロト』は実戦で使えるようになるとありがたいです」

『プロト』。ソルジャーウォーメイルの残骸を解析する過程で復元された武器の仮称だ。デュアルウェポンに酷似したその武器を、多少の調整を加え、クレフが使用するためにデザインしている。

調整はあとわずかで、ほどなくロールアウトできるだろう。


「あとは……」

「何だ?」

「これは戦闘とあまり関係ないですが……僕が単独で戦闘に向かえる手段があった方が、何かと都合がいいんじゃないかとは思います」

「そうだな」

確かに、今のように隊員に車両を運転してもらうのでは手間だろう。戦場に近づく隊員の危険もある。

「その話だが……一つ俺に考えがある」

「それはどういった?」

「詳しくはまた話す……上に顔が利く、お前の兄貴から力を借りる必要があるしな。なんせ中佐様だ、俺みたいな中尉とはできることの幅が違う」

はぐらかすように冗談半分で言う。

と、そこですぐに、稲森は失策に気づく。

会話も戦いと同じで、隙を見せると突かれることがある。

那一が稲森をじっと見つめていた。

「何だ?」

彼が尋ねたいことを予期しつつ、それでもひとまず聞き返してみる。

「いえ……」

「……そういえば、俺がお前の兄と同期なのに、なぜ未だに中尉なのか気になった……とか?」

ストレートに話題を振ってみる。

これぐらいしなければ、この賢い少年は稲森に直接尋ねはしないだろう。何か疑問を持たれたままというのも、稲森としてはやりづらいわけで、こんな風に言い出しやすくした方がマシだ。

「はい」

那一もさすがに素直に認めた。

気まずそうに少し目をそらした彼に、稲森は軽口で返す。

「そりゃ簡単だ。俺はお前の兄のように優秀じゃなかった」

「いえ……失礼かもしれませんが、少なくとも兄とここまでの階級差がつくほど、稲森中尉が能力的に劣るとは思えません」

「……お前、それを上官に向かって言うかね………」

だが一方で、そんな風に思われるなら自分もまだ捨てたもんじゃないなどと、場違いな感情も抱いた。

結局、一番心を占めたのは、いつものように過去の記憶だったが。

稲森はただ答える。

「……まあ、昔色々あったんだよ……」

呟いたその声には哀愁が伴っており、那一にはこれ以上訊ねる気は起こらなかった。


***


それから2日、地球とオルフェアの双方は、それぞれが次の戦いのための動きを見せていた。

まるで約束が取りつけられているかのように。

実際は、地球側はゲートキーなどの関係から、次の襲撃まで間があると予想。

一方、オルフェア側は現実にゲートキーのエネルギーが不足し、チャージされるまで転送はできない。

つまりは、双方の予測と実情が一致したがための、空白期間。


***


地球。

『プロトウェポン』の最終調整が完了しつつある。

実戦で使用できるレベルのエネルギー流入量と強度の確認。

どちらもデュアルウェポンには劣るが、実用に堪えうる水準だ。

一方、サモナーが明かした、メイルキーに酷似した鍵の研究も進んでいた。

技術責任者の円城によれば、これは確かに転送用の鍵であり、クレフドライバーが鎧を転送するように、物体を別空間へ移動させる。

「つまり、これを使えれば、離れた場所の武器を引っ張り出せるということですね?」

那一が訊ねる。

「ああ……武器を例えば本部に保管しておいて、任意のタイミングで呼び出す、というぐらいの芸当はできるな」

地味なように見えて、これは大きな進歩だ。

戦闘でアドバンテージを取る要素の一つは戦術・武装の多様さ。だが、ディスアドバンテージとなるのは武装の過多による、機動力の喪失。

このジレンマに対する克服手段として、転送は実に画期的だ。

「解析と実用化を急いでいる、できれば次の襲撃に間に合わせたい」

「お願いします」


***


オルフェア。

ペイル・メイラーは現在、一時的に王都を離れている。

チェイセン・ロンハに次の出陣の機会を奪われた。

それにより生じた時間を利用し、ペイルは師と仰ぐ人物の元を訪れることにしていた。

ペイルが入ったのはブドール領。六柱のデュークの一人、ジェイド・ブドールの治める領地。

そして彼が向かうのは、ブドール領の中心都市であるイムラーサ。そのさらに中心に位置する領主の城だ。

彼の師とは、ジェイド・ブドールその人。


***


地球。ガーディアンズ本部。

久馬優吾中佐は現在、自らの執務室で資料をまとめている。

稲森中尉に頼まれた件を上層部に打診するためだ。

といっても、この件は上層部にとっても悪い話ではないだろう。生産コストが悪すぎて量産化には到らなかった兵器を、改良し直し、特注品として役立てようという話なのだから。

「さてと……じゃあ、話を通しに行くか」

立ち上がり、部屋を出る。

向かう先は上級隊員が集まる会議。基本的に全員が優吾より地位が上の場だ。

だが、そんなことはもう慣れた。臆することもなく、やることは単純明快。


高機動型変形マシン『ライドストライカー』、これをクレフ専用の装備に回すことを提案するだけだ。


***


アメリカ。

2117年において、日本で自衛隊がガーディアンズとなったように、アメリカ軍も名称や組織形態をいくらか変化させていた。


2100年、世紀末の節目に、従来のアメリカ軍は生まれ変わった。

その通称は『the World Order』、『TWO』と略される。


その『TWO』の本部、ある部屋にて。

一人の男がモニターを眺めている。

モニターに映るのは、漆黒の騎士。

騎士というのはやや古めかしい言い方だが、実際にはその騎士は機械仕掛け。

鋼鉄の鎧と、輝く深緑の瞳。

画面の中、漆黒の騎士は無人の街で戦闘中だ。

敵もまた騎士と似た姿で、鋼鉄の機械兵だった。


男は、手元の端末を操作してモニターを止める。特に何かに注目して止めたのではなく、もう十分見たからだ。この映像を、既に彼は10回以上観ている。

それにちょうど、部屋のドアの外に気配を感じた。

「入っていい」

どうせ誰なのかも分かっているのでそう言った。


「あっ、はい!」

入ってきた女性は緊張したような面持ちをしていた。

男性はその様子を見て、怪訝な顔をする。

「……なぜ、『はい』なんて他人行儀な言葉遣いなんだ?」

女性はそれを指摘されて、緊張した顔を赤くする。

「だって、軍にいる間は上官だし……そういうことを意識したらやっぱり敬語かなって。でも、それも変だって言うなら……」

彼女の話が長くなりそうなので、彼は切断する。

「……まぁ、どうでもいいか」

「ちょっ、ひどっ!」

『どうでもいい』の一言で片付けられ、ショックのようだ。

「カナン・ルガート少尉、何か用か?」

彼女の話には付き合わず、尋ねる。

カナン・ルガートと呼ばれた彼女は気を取り直して答える。

「えっと……アレックス・ルガート少将、会議の時間です」

用件を告げる。

彼、アレックス・ルガートは答える。

「了解した」


そこでカナンが、停止したままのモニターに気づく。

「これは、例の映像?」

「ああ、『クレフ』の映像資料だ」


モニターに映る、日本の十字市でウォーメイルと交戦するクレフの映像。

それをもう一度だけ一瞥してから、アレックスは席を立った。

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