#6.4 “決闘の流儀“
地を蹴り、クレフとウォーメイルは接近する。
どちらも小細工抜き。ただ力と速さを乗せて剣を振る。剣がぶつかる。クレフの剣がエネルギーを収束させた実体の無い剣であるのに対して、ウォーメイルの剣は金属の刀身が光る実体剣。ただし、その刀身にはオメガプライムを常に流し、単純な金属の硬度では出せない攻撃力を持つ。
弾けるスパーク。
日が高く周囲は明るいが、散る光はなお眩しい。
両者は同時に離れる。
間に空く間合いは、しかし、詰めようと思えば詰められる。
「なるほど。やるな、地球人。チルスやコロリアの『バロン』が敗れたのも、まぐれではなさそうだ……」
オレンジ色のウォーメイルはそう呟く。やはり満足そうに。
そして、腰からさらにもう一本の剣を抜いた。
今振るった剣と全く同型の剣。
つまり。
「二刀流か……」
「ああ……だが、今の一太刀に手を抜いていたのではないぞ」
那一のつぶやきに答えながら、ウォーメイルは両手の剣を構え直す。
二刀流の構えは剣一本の時とはまた異なり、それぞれが別の範囲をカバーするために、両手の剣の角度が変えて構えている。
「……教えておこう。俺のウォーメイルの銘は『デュエル』…まさしく決闘のための機体だ」
デュエルウォーメイル、決闘の名を冠する機械戦士が動く。踏み込みと同時に、右手の剣を振り上げていた。
その攻撃予備動作を見て、クレフが身を捌く。
突進するように接近して、剣を振り下ろすデュエルウォーメイル。その垂直な斬撃を、クレフは紙一重の体勢で回避する。
激突音が戦場に鳴り響く。
それは、クレフの剣と、ウォーメイルの『左手の』剣がぶつかった音。
振り下ろされた右手の剣の陰で、素早く水平に振られていた左手の剣。
だが、クレフはそれを読み取り、右の剣を回避しながら、左の剣を受け止めた。
拮抗する2本の剣。
だが、動きが止まればもう一つの剣が襲いかかってくる。クレフはすぐさま横へ跳び、至近距離での膠着状態を避ける。
ウォーメイルが追撃する。
繰り出される斬撃を、クレフは時に剣で防ぎ、時に回避する。
しかし、2本の剣を交互に繰り出す連撃は、止むことがない。
生身の人間であれば、剣を振り続けることで腕に疲労が蓄積する。
しかし、ウォーメイルにはエネルギー消費やダメージという観念はあっても、機体自体の疲労は存在しない。
ゆえに剣の速度は落ちない。
クレフは後退を繰り返す。決して前には出ない、いや出れない。攻撃の圧に呑まれている。
「ハァ!ラァ!」
勢いとは裏腹に、ウォーメイルの剣は大振りにはならず、隙が見つけにくい。
守りに徹するしかないクレフ。だが、守っているだけでは勝てない。わずかであろうと、攻め込めるタイミングで攻めていかなければ。
デュエルウォーメイルが剣を振り続ける。
右から左、左から上。間断無く襲いかかる剣。
その隙を見出し、クレフは剣を突き出す。切っ先はウォーメイルの胸へ、正確に収束する。
ウォーメイルはコンマ数秒の判断で、攻めようとしていた左の剣を守りに回す。金属の剣腹が、エネルギーの刃を受け止める。
またスパーク。空気が鳴る。
剣がぶつかったことで生まれる衝撃を生かし、クレフは意図的に弾かれて後ろへジャンプ。
後方へ跳ぶ最中に、クレフは即座にデュアルウェポンを変形させる。
ウェポンは変形し、剣から銃へ。
その銃口はウォーメイルに向けられていた。
「そう来るか!」
引き金を引いて、銃から放出される輝く弾丸。
エネルギーで形成された弾丸は、デュエルウォーメイルへ高速で迫る。
対するウォーメイルは2本の剣を交差させて、防御の構え。
交差する一点に当たったエネルギー弾は弾け、飛散する。
デュエルウォーメイルはその衝撃によって、地を滑るように後退。またほぼ同時に、クレフも着地した。結果的に2体とも後退した形になったので、距離は大きく開く。
「いいぞクレフ、予想を超えた一手だった!」
そうは言うが、クレフの一撃は相手に見事にガードされてしまっている。敵の剣もクレフを切り裂くには及んでいないが、実情はやや劣勢。
「さあ、いくぞ!」
また地を蹴る。
クレフは銃を連射して牽制。
光弾が次々にウォーメイルにぶつかろうとするが、両手の剣を前方に構えてガードされた。
「ラァ!」
迫るウォーメイルは、クレフを間合いに収める寸前、双剣を振るう予備動作を開始する。
クレフがその左手に握るウェポンは銃形態。剣への変形は間に合わないわけではないが、しかしそれは隙になり得る。
だが、この時那一は剣で迎え撃とうなどとは考えていなかった。
ウォーメイルの剣が振るわれる直前、その間合いへと自ら足を踏み入れる。
同時に銃を突きつける。この至近距離で。
狙いは、ウォーメイルが剣を持つ右腕に。
撃つ。
至近距離の光弾はその敵の右腕を押し返し、剣は振るわれない。
だが、まだ左手の剣が残る。
クレフは右手を素早く動かし、ウォーメイルの左手首を掴む。
持てる限りの力で。
だが、勢いの乗ったそれは完全には止まらない。
握られた銀の剣が、勢いを削がれながらも振り下ろされ、クレフの右肩を浅く斬りつける。
しかし、クレフはそれを意にも介さない。
右肩を斬りつけられたが、相手の2本の剣はほぼ防いだ。
しかも相手の剣の間合い、つまり、それは自分の間合いでもあるということ。
クレフが素早く右足を振り上げる。
オメガプライムを流し、威力とスピードを高めて。
蹴撃。
右足はデュエルウォーメイルの腹に当たる。
そのまま脚を伸ばし、バネのように力が開放される。
ウォーメイルが腹に衝撃を感じた時には、もう吹き飛ばされていた。
土埃を巻き上げ、滑る。体勢がふらつくが、そこは即座に持ち直す。
2本の剣も構え直して、すぐに相手を見据えた。
土埃舞う向こうに、漆黒のクレフが立つ。
右肩には先程の剣がつけた斬撃の跡。
クレフがまた銃を構えた。
「ハッ……面白い!」
そうオレンジのウォーメイルが笑うのと、漆黒の騎士が引き金を引くのは、ほぼ同時だった。
光弾が何発も空間をひた走る。
デュエルウォーメイルは防御。
いや、もはや防御などという受け身ではない。
来る弾を片っ端から叩き落としていく。
2本の剣は反射的に高速で動き続け、クレフの撃つ弾丸は空中で斬られ、光の華と化していく。
クレフは後退、ウォーメイルは前進。
光弾が斬られて、閃光は咲き乱れ続ける。
距離は縮まったかと思えば延び、延びればまた縮まる。
さながら、一対のダンスかのように。
その時、クレフの通信回線が開く。
新人オペレーター、千崎薫の緊迫した声だった。
「十字市内で、新たな転送を確認!新手の敵が来る!」
一瞬、前回の襲撃の状況を思い出した。
あの時は、新たに出現したウォーメイルが、別行動でオルフェア本部を狙っていた。
しかし、今回は違うのか。
「新手は、そっちに向かってる!」
「……了解した」
直後、クレフは銃の連射を止め、少しの溜めを作る。
銃に満ちていくオメガプライム、そして撃つ。
先程よりもエネルギー量が多く、高威力の弾丸。容易く斬って捨てることなどできない。
ウォーメイルが双剣を同時に振るう。
一発の弾丸に対して斬撃は二筋。
だが、ウォーメイルの足も止まる。
一方、弾丸を撃った瞬間にクレフは後ろへ大きく跳躍していた。
このような行動に出たのは、距離を空けて体勢を整え、別のウォーメイルの出現を待つため。
現在相手にしている敵とすら均衡状態だ。その上でもう一体と戦うことになるなら、開戦からアドバンテージを取られることは避けたい。
クレフは通信で確認する。
「敵は?」
「このままだと、あと30秒足らずでそっちに着く」
「分かった」
デュエルウォーメイルが剣を構え直す。
クレフも銃を握り直すが、新たな敵の出現にも対応するため、目の前の敵に向けて構えるようなことはしない。
それを少し不審に思い、ウォーメイルが尋ねてきた。
「どうした、構えないのか……」
だが、そこで言葉を切る。
空気の異変を感じ取ったからだ。
脇にそびえるビルの屋上から、一つの影が飛び出してきた。
飛び出してきたそれは、デュエルウォーメイルの近くの地面に着地した。
轟音、アスファルトが割れる。
出現したウォーメイルは、全体として丸みを帯びた、どちらかといえば重厚な姿だった。
デュエルウォーメイルの細身とは対照的だ。
色合いはくすんだ鉄色。
それも、デュエルの鮮やかなオレンジとは対照的。
デュエルが口を開く。
「……チェイセン・ロンハか、なぜここに?」
鉄色のウォーメイルは答える。
「メイラー殿が地球へ発たれてから少し後に、ゲートキーのエネルギーが充填されてな。一人であれば、送れるようになったのだ」
つまり、元々ある程度蓄えられていたエネルギーが、わずかな時間経過によって充分量に達したのだ。
チェイセン・ロンハがリンクした鉄色のウォーメイルは、前方のクレフに目をやる。
「あれがクレフか、確かに伝説の兵器だろうが……まあ、貴殿と2人なら問題にはなるまい」
そう言って戦意を見せる。
対するクレフは劣勢であることを感じ、それでも退けないことを自覚する。
ガーディアンズ本部との通信も切った。
全ての集中力を、目の前の2体を倒すために使う。
その時、デュエルウォーメイルが剣を動かした。
だが、振るうわけではなく、2本とも両腰に収めてしまった。
傍らのウォーメイルはそれを見て、動揺する。
「メイラー殿、どういうつもりだ?」
「クレフと戦う前、俺は言った……『決闘』とな。それが邪魔された今、俺に戦う意思は無い」
そう言い切った。
相手はその回答に一度言葉を失い、その後に声を荒げる。
「……王家の命に背くつもりか……ペイル・メイラー!」
激昂した声。
だが、返されたのは冷えきった声だ。
「……『王家の命』か。よりによってお前が言うとはな、チェイセン・ロンハ」
「何だと!」
「まあいい、ともかく俺は帰る………おい、地球人!」
クレフに向けて声をかける。
「無粋な邪魔が入ったため、今日は帰る……決着はいずれ着けよう」
そう言った後に、光の幕が現れ、デュエルウォーメイルは包まれた。
そして、姿を消す。ウォーメイルの姿のまま、オルフェアへと帰還したのだ。
残された鉄色のウォーメイル。
クレフと向かい合っているが、チェイセン・ロンハは元々一対一で戦うつもりで来たのではない。
「はっ、くだらん誇りもあったものだ」
吐き捨てた直後、やはり光の幕がウォーメイルを包み込む。
そのまま姿を消した。
クレフはしばらく警戒を解かずにいたが、やがてこれ以上の戦闘は無いと判断し、変身を解いた。
「危なかった……」
呟く。
敵は撤退したが、これは断じて勝利ではない。
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