#6.3 "そして幕は上がる"

オルフェア。

カリリオン家の城。

その応接室にて、向き合うランスからの言葉に、セイムは困惑していた。

ランス・ジルフリド、デュークの中でも最強と目され、王家と同盟を結ぶ大貴族は言った。『戦争を終わらせる』、と。

「今のは、どういう……?」

「言葉通りの意味だ。この地球との戦争を、私は終わらせたいと考えている」

意外だった。

あくまで間接的に伝わってきた情報ではあるが、ランス・ジルフリドは六柱と王家の間に入って交渉を進め、6基のゲートキーによる地球同時襲撃を実現させている。

そんな彼がなぜ今になって、『戦争を終わらせる』などというのか。

ランスはそんなセイムの疑問を察知したのか、苦笑しながら言う。

「……どうやら、私が戦争推進派だという情報を、どこかから掴んでいるようだな」

「ええ」

わずかな逡巡の後に、セイムは正直に返答した。

知られたとて、別に大したことではない。貴族同士は互いの動向を常に探り合っており、ましてやデュークの動向は貴族の中でも特に注意を集めやすい。

情報を得ていること自体は咎められることでもない。

ランスもまた、平然と答える。

「……確かに、私は他のデュークを説得し、ゲートキーの6基同時使用を準備した。しかし、私が求めるのは戦争ではない。王家とオルフェアの危機を救うことだ」

「えっ?」

一瞬、その言い回しに理解が追い付かない。

ランスはそれを補足するように、さらに話を続ける。

「……オルフェアの資源不足は深刻化している……手を打たなければ、混乱が生じるのは目に見える話だ。そのために、王家が地球を侵略しようとしているのも、解決策としては間違いとは言えない……。だが、一方で争いは必ずリスクを負うことになる。できることなら、そんなリスクは避けるべきだ」

争いは双方がリスクを背負わされる。傷つけるリスクと、傷つくリスク。そのリスクを得られるメリットと天秤にかけた上で、人は戦いという選択肢を採るのならば。

「……だが同時に、地球といきなり話し合いのテーブルに着くことは不可能だと思っていた。地球の歴史、そしてオルフェアの歴史からも明らかだ。争い無くして、人は平和的解決を悟ることはできない」

「ましてやオルフェアと地球はこれまで、大きく接触したことのない2つの星……最初から馴れ合うことは無理な話だ」

自嘲気味に呟くランス。

「……だから、開戦に加担したのですか?」

「ああ。幾度かの交戦により、地球はオルフェアの戦力を知り、またオルフェアも地球を知った。………想定外ではあったが、王女の持ち出した『クレフ』は、ある種の戦力的な均衡も生み出した。今ならば、2つの星は交渉を行うことができる」

「………」

理解できない話ではなかった。オルフェアと地球がいきなり交渉することは、確かに困難を窮めただろう。

だが一方で、セイムは考えてしまう。

それでも、試すこともできたんじゃないか。

地球と話し合おうとすることは、本当に不可能だったのか。

そして、王女リエラ・シューヴァントのことを考えた。

可能性を捨てきれずに、地球へと消えた王女。彼女だけが、悟りあるいは諦めを認めず、地球人に迫る危機を伝えるために動いた。

彼女は間違っているのか。その願いや希望は、単なる『幼さ』なのか。


今は考えるべきことが他にある。

「王家は、どう思っているのでしょうか?」

ランスは首を横に振る。

「もう止まれないだろう、国王陛下はこのまま戦争を続けるつもりだ」

「では、先ほどの話はもはや……」

「だが、まだ策はある」

ランスはそう断言した。

そこで、セイムに向ける視線を、まるで刃のように鋭くする。

「……ただ、その前に問いたい。セイム・カリリオン、君は私に協力してくれるか?」

その目は、友人の子息であるセイムを見つめる目ではなく、カリリオン家の当主を見定める目だった。

セイムの心はもう決まっていた。

カリリオン家の当主である自分は、王家に仕える騎士。たとえ王家の動きとは異なる動きをすることになっても、その心は常に王家と民のために。

そして、セイム・カリリオン個人としての自分は、可能性を捨てきれない若人。

二つの立場の自分が一致する。


「協力します、ランス・ジルフリド様」

「感謝する、セイム・カリリオン殿」

バロンとデューク。異なる爵位の2人は、握手を交わした。


***


オルフェア王都、ルシエル。

王都に設置されたゲートキーに、一人の貴族が向かう。

貴族の名は、ペイル・メイラー。爵位ヴァイカウントの年若き貴族だ。


王家の召集に応じた3人のヴァイカウントの中で、彼が最初に出陣することになっていた。

ただし現在、ゲートキーに蓄えられたエネルギーが少なく、一人分の転送しかできない。つまり、部下を連れていくことができない。

そんな条件下で、最初の出陣に名乗りを上げたのはペイルだけだった。

「さあ、行くぞ」

ゲートキーの部屋の中央にそびえるアーチ、その下に形成される、光のカーテン。

ペイルはくぐり、地球へと向かう。


***


ガーディアンズ本部で警報が響き渡った。

「十字市街地に、人間の出現を確認!人数は一人。オルフェアの襲撃と思われる。隊員は至急、各自の行動に移れ!」


その時、那一と稲森、それにリエラは、研究室にいた。

「俺は作戦司令室に向かう、お前はすぐに現場へ向かう準備をしろ」

「了解」

リエラのペンダントとクレフドライバーのリンクによって出現した、メイルキーに似た鍵の設計図。その解明はまだ途上だが、今は後回しだ。目の前に迫る危機に対処しなくてはならない。

「那一さん、お気をつけて」

リエラが彼に声をかけた。

「はい」

頷いて、那一は出ていった。

その背中が見えなくなってすぐ、リエラは稲森に向かって尋ねた。

「……私も、作戦司令室に行ってもいいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

2人は作戦司令室へと向かう。


稲森とリエラが作戦司令室に入ると、既に千崎薫がコンビューターの前に座っていた。

「おお、早いな。千崎」

「たまたま、データの確認のためにこの部屋にいたので」

そう言いながら、既に彼女はモニターに様々なデータを表示し、操作している。忙しなく手を動かしながら、薫は問う。

「那一はもう戦場へ?」

「ああ」

そう答えながら、稲森は考える。

この少女は先日ガーディアンズに入隊したばかり。それなのに、幼馴染みの名前と『戦場』という単語を顔色一つ変えずに結びつけている。

気丈なものだと、そう思った。


部屋のモニターには、市街地に設置されたカメラからの映像、つまり現場の様子が映し出されている。

映るのは一人の男性。その服装には装飾などもあり、単に無機質な服とは異なる。

映像を一瞥して、リエラが告げた。

「服装からして、貴族でしょう」

「やはり、そうですか」

稲森が答えた。

量産型のウォーメイルが単騎では、クレフに太刀打ちできないことはあちらも分かっているはず。特殊ウォーメイル、つまりはオルフェア貴族を送り込んでくるのは当然とも言えた。

その時、映像の中の男、つまりペイル・メイラーが、声を張り上げた。

「見ているのだろう、地球人達!ならば早くクレフを出すがいい!」

映像越しにそれを聞き、稲森は少し怪訝な表情を見せる。

「挑発か?」

対して、リエラが少し考え込み、それから考えを述べる。

「確かにそうですが、きっと『戦術』としての挑発ではありません。そう、敵を掻き乱すための挑発ではなく、もっと純粋な……」

その言葉を稲森が継いだ。

「誇り、あるいは野心か……なるほど、いかにも貴族らしい」


ペイルはまだウォーメイルとリンクもしない。

本当に『クレフ』を待っているのだ。

隊員の一人が言った。

「稲森中尉、ウォーメイルを使用していない今なら、通常兵器でもどうにかなるのではないですか?」

だが、稲森はその進言に対して即座に首を横に振る。

確かに現状、貴族は生身。

オルフェアの人間も地球の人間と生物学的に見て同じ生物のはずで、だとしたら生身のこの貴族を拘束、あるいは排除することは容易く思われる。

しかし、それはあまりに希望的観測に過ぎる。そうやって不穏な動きをこちらが見せ、相手がそれに気づけば、ウォーメイルを使用し、自衛と破壊活動に入るかもしれない。かえって被害を増やすこともあり得る。

「じきに『クレフ』、久馬特別准尉が到着するはずだ、それまではリスクを取らない」

毅然とした態度で、そう命じる。


***


数分後、久馬那一が戦場に到着した。

オルフェア貴族のいる地点の手前で、車両から下り、正確なその地点まで向かいながら、ふと那一は思った。

一人で戦場まで向かう方法を得るべきかもしれない。毎回ガーディアンズの車両で戦場付近まで送ってもらうのは、運転する隊員を危険に晒すことにもなるし、非効率的だ。

「……帰ったら、稲森中尉に相談してみようか」

そう思い、それからすぐ、奇妙な感覚に陥る。

戦場に立つ自分にとって、『帰ったら』の未来は決して確実なものではないのだ。


頭に過るのは、遠い過去。

『帰ってきたら家族みんなで旅行にでもいくか』

そう言って長期任務に向かった父と母は、二度と帰っては来なかった。

8年前の記憶。もはや鮮明でない、セピア色の過去。


前方に見えるオルフェア貴族の男が、こちらに気づき、満足げに笑った。

「クレフの資格者だな」

「ああ」

「よし……」

ペイル・メイラーは、懐から鍵型の端末を取り出す。ウォーメイルを呼び出す鍵、メイルキーだ。

「さあ、俺と決闘してもらおう、地球人!」

メイルキーを握るように掲げるペイル。

那一も反応し、『オリジン』のキーを手に取る。


『決闘』。

それは純粋な一対一の戦いであり、ある種の様式美すら有する。

掛け声は同時だった。

「起動!」

「起動」

連鎖して響くサモナーの電子音声。

「コマンド・オリジン」

2人をそれぞれ、転送の光が包む。ペイルはウォーメイルと肉体の転送で、那一はクレフの転送。片やウォーメイルと意識をリンクして機械の肉体を獲得し、もう一方は機械の鎧をその身に纏う。

ウォーメイルは、オレンジ色で細身。しかし、『アーム』の巨大な腕や『ホッパー』の異質な脚部とは異なり、明らかに特徴的な部分は見えない。

対するクレフは漆黒の体に、深緑の瞳。クレフ、コマンド『オリジン』。


「俺の名はペイル・メイラー、爵位は『ヴァイカウント』」

「ヴァイカウント……」

那一もリエラから聞いて知っている、ヴァイカウントは下から2番目の爵位だ。


決闘という言葉と、相手の名乗り。それに付き合う義理は無いが、那一は相手に倣うことにした。

「久馬那一、階級は特別准尉です」


クレフがウェポンを持つ。相手のウォーメイルが剣を構えたのを見て、モードは剣を選択している。互いに一本ずつ剣を構えて向き合う形になる。

「いざ、勝負!」

「迎撃する」

言下に、2体は地を蹴った。

その視界に、ただ敵だけを映して。

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