#5.3 "それでも彼女は刻みつける"
「那一さん!」
射撃訓練に向かう那一は、後ろからのリエラの声に振り向いた。少し駆け足で、自分を追いかけてきたらしい。
「どうしたんですか?」
「私、あなたに聞きたいことがあって……」
那一と薫の会話を聞いて、やはり尋ねようと思ったことがあった。
それは那一にとっては、もしかしたら煩わしい質問かもしれない。
だけど、ちゃんと聞きたいと思う。その答えを。
「……那一さんが戦うのは、本当に自分の意思なんですか?」
「……え?」
彼は少し意外な顔を見せた。この少年が不意を突かれるのはだいたいこういう時だ。
「さっき言ってましたよね?自分の意思だって」
「……ああ、薫にそう言いましたね」
「あれは……」
「あれは本心ですよ、僕が戦うのは自分の意思、何かに強制されてとかじゃないです」
彼は自分自身の意思だと、そう言った。それはリエラが予想していた回答でもある。
しかし、何度そう言われても彼女には引っ掛かっていることがあって、だから尋ねてしまう。
「でも、もしもあの時、私があなたに『クレフ』を託さなければ、きっと今頃あなたは……」
『この戦いの渦中にはいない』。
彼女はそう言おうとしたのだが、それは那一に割り込まれた。
「ええ……今頃僕は死んでこの世にはいない。……あなたはオルフェアに連れ戻されているのかもしれません」
「それは……そうですが……」
「あなたには感謝してるんです。僕にクレフを与えてくれて。でも僕が戦うのは、そのせいじゃない」
「………」
思わず押し黙るリエラ。対照的に、『話はもう終わり』とでもいうように歩き始める。その場に立ち尽くすままのリエラを置き去りに、那一は背を向けて歩く。
だが、数歩だけ歩いて足を止め、彼は首をリエラ方に振り向け、言い切った。
「僕が戦うのは僕の意思です。本当に、あなたの責任じゃない」
そして今度こそ歩き去ってしまう。
彼女の自責の念、苦悩、迷い、それら全てをあっさりと切り捨てる言葉を、容赦なく彼は言った。だが、その一切の弛緩もない言葉が、やはり那一らしいと思う。
出会って月日は浅い。だが、彼が実際は優しい人間であるだろうと、リエラは感じている。
後ろ姿は遠くなる。
でも、それでも、私は覚えていよう。
しっかり胸に刻んでいよう。
『クレフ』を彼に渡したのは、自分なのだという事実を。
少女は決意を新たにした。
***
オルフェア。
一つの都市。
六柱の一人、ゴール・テナムキンの領地内にある、この都市の名はアネタイ。
テナムキン領の中枢都市であり、領主の城もこの都市にある。城は簡素で強固な造りだった。装飾などによるきらびやかさよりも、防御力などの実を取った結果だ。
城中の応接室にて。
広い部屋の中央のテーブルを挟み、2人の貴族が向かい合っていた。
一人はゴール・テナムキン。
そして、もう一人は同じく六柱の一角、ライム・トリロニー。
ゴール・テナムキンは既に40手前の年齢なのに対し、ライム・トリロニーはまだ少女を脱け出したばかり。親子ほどに年の離れた2人だが、親交はそれなりに深い。
ゴールはライムの父親と友人であり、ライムのことも幼い頃から知っているのだ。
そして、親子ほどに年の離れた2人でありながら、会話はあくまで対等。それは、トリロニー家の当主を継いだ時にライムが引いた一線であり、ゴールも納得していた。
むしろゴールとしては感心したくらいだ。親戚の叔父かのように小さい頃から親しんできたゴール相手に、彼女は同じデュークとして対等な立場に立つことを選んだのだから。
大した精神力、肝の太さだと思う。
「……で、貴公は今回の件をどう思う?」
2人が今話しているのは、先日行われた、地球への同時攻撃の件について。六柱が開発してきたゲートキー6基を同時使用することにより、地球各地に混乱をもたらした。
「どうもこうもない……自分の領民だけを考えるなら、この戦争自体に俺は反対だね」
「確かに……『自分の領民だけ』を考えれば、な」
オルフェア貴族の中でも特に強い力を持つデューク六柱の治める土地は、経済的・資源的にも豊かだ。領民の不満も小さく、今この状況下で戦争を始めるメリットはほとんどない。
だが、事はそう単純でないことを知っている。オルフェアの資源は少しずつ枯渇の兆しを見せ始めており、何も対策を打たないままではいずれこの星に混迷と破滅がもたらされる可能性は十分にある。
そして、地球に助けを求めるのではなく武力に訴える選択肢が選ばれた理由も分かるような気がした。
地球は未だ統一されていない。自らの惑星一つ統一できない地球人が、オルフェアに助けを差しのべてくれるのか。その疑念の果てに始まったこの戦争。
「……しかし、国王も本当は分かっているのだろう……オルフェアも実態は地球とそうは変わらない……」
「ああ、そうだよ」
ライムの呟きに、ゴールはため息混じりに答える。
「その事実は国王も理解していた……それを知りながら民のために戦争へ踏み出した国王と、それを見過ごせなかった王女………嬢ちゃんはどっちが正しいと思う?」
「……その正しさは、私には判断がつかないな」
ライムはすぐに答えた。普段はゴールに『嬢ちゃん』と呼ばれれば渋い顔をするが、今はそんな反応も見せない。
「だが、はっきり言えるのは、王女は子供だということ、くらいか」
まだ王女とそう年代も変わらない彼女。
その言葉に込められるのは。
憐憫、同情。
あるいは、軽蔑、愚弄。
それとも、望郷か。
「子供……そうだな」
目を細めながらゴールは言った。
その目は目前のライムに向けられていて、彼女へ対する感慨が浮かんでいた。
彼女は何も気づかず、心は思考の海を漂っていたが。
その波間を掻い潜り、ゴールの声が鼓膜を打つ。
「理想を手放さないのが……子供ってもんだからな……」
***
銃声が響き、ターゲットが貫かれた。
穿たれる穴。
ただし、その標的はただの人形で、血も流れず、悲鳴もない。
撃つ側も無感情に、冷徹に、狙いを絞って引き金を引き続ける。
射撃手は久馬那一。
彼はガーディアンズの『特別』准尉として、新入隊員とほぼ同様の訓練プログラムが課せられている。
ただ、射撃の腕もおおかたの予想通りと言うべきか、新人としては群を抜いていた。
他の新入隊員が呆気に取られるなか、彼は正確に標的を撃ち抜く。一発も外すことなく。
「よし、止め!」
教官の声が響き、那一は銃を下ろした。
新入隊員が息を呑む音。
那一は何の反応も示さず、射撃位置から下がる。
抜群の成績を残しても、あまりにそれが自然であれば、もはや嫌みにすらならない。
新入隊員の中でも明らかに頭一つ飛び出した能力を持つ那一。
彼がガーディアンズに正式入隊したのは確かにクレフの資格者だからだが、このような適正の高さがあるとなれば、もはや彼がガーディアンズに入隊したことは必然のようであった。
だが、彼は見落としていた。
幼い頃より親しんできた彼女が、今何を思っているのか。
***
前回の襲撃以来、
オルフェアからの襲撃がないまま一週間が過ぎた。
オルフェアが持つ地球への転送装置、ゲートキー。
それは大量のエネルギーを消費する。ゆえに連続使用はできない。
さらにリエラの話によると、オルフェア王家は微妙な立場にあるらしい。
王家とはいえ、貴族が分割統治するオルフェアにおいては各貴族の力も強く、簡単に貴族を動かすことができないのが現状だ。
リエラ自身は詳しくは知らないが、前回と前々回に十字市を襲った貴族はおそらく爵位『バロン』、つまりオルフェア貴族では最下級だ。
だが、彼らはクレフに迎撃された。
一般論として、爵位の上下は単純な武力では決まらない。財力や他の貴族への影響力、あるいは修める学問なども力と見なされる。
だが一方で、武力という『力』は分かりやすい。そして武力は、様々な他の『力』に繋がる。だからこそ、爵位は武力に比例する傾向にある。
2人のバロンが敗れたことで、オルフェア側も戦略を練り直しているのだろう。
バロンでは、クレフに勝てない可能性もある。だからこそ、それ以上の爵位を持つ貴族を動かしたい。だが、力のある貴族ほど、王家は動かしづらい。
そんなジレンマが生んだ、静かな膠着状態。
今ならば襲撃可能性は小さいと判断したガーディアンズは、避難民の十字市外への移送を決断した。
唐突に始まったこの戦争だが、国内でも十字市以外の都市は今のところ安全だ。少なくともゲートキーの転送地点ではないだろう。
行く先は様々。コクーン内の避難民は順番に移送を始めた。
だが、その計画は不意に中断される。
オルフェアからの転送反応が確認された。
厳戒体制が敷かれ、ガーディアンズに緊張が走る。
コクーン避難民達も不安に駆られた。
十字市外への移送という安堵。一度得た希望は、手が届かなければさらなる失望に変わる。叩き落とされた場所は、希望を得る前のベースラインよりもなお低いのが常だ。
集団としての人々の動きは秩序を失いつつあった。
「落ち着いてコクーン内へ避難してください」
繰り返すアナウンス。鳴り止まないサイレン。人々の怯えた声、あるいは怒声。
コクーンの方向から渡ってくる、混沌とした音の群れ。
それらを背に、久馬那一は戦場へと出撃した。
出撃前に那一は聞いていた情報によると、敵は2体、しかも量産型のソルジャーウォーメイルのみ。
おかしいと思ったのは那一だけではない。
ソルジャーウォーメイル2体では、クレフには分が悪いだろう。
なぜ今さらそんな戦いを挑んできたのか。
十字市街地に入ったところで、那一はサモナーを着けた。
鍵穴に鍵を入れ、回す。
「コマンド・オリジン」
電子音声と共に、転送された漆黒の鎧。
深緑の瞳が瞬く。
クレフは敵の姿を探す。
市街地の建物と瓦礫が遮蔽物となり、敵が隠れている可能性は捨てきれない。
クレフは大通りの真ん中に立つ。かつては車が行き交っていた空間だが、廃都市となった今はただの見晴らしのよい場所だ。
そこで、ソルジャーウォーメイル2体が姿を見せる。
片方は東で、もう片方は西。ちょうど、クレフがいる区画の大通りの両端を塞ぐような、挟撃が可能な配置だ。
ソルジャーウォーメイル2体を交互に見ながら、クレフは武器を構える。
ウォーメイル達もまた、武器を持ち上げる。形態は銃だ。
そして弾丸が放たれる。
また、戦いが始まった。
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