#4.7 "斬るか斬られるか"

上空から襲撃するホッパーウォーメイル。振りかざすのは得物の短刀。

クレフの武器は銃形態で、形態の切り替えは間に合わない。

だが、刃が当たる直前、クレフはその銃口をホッパーの胸部に向けた。

至近距離でオメガプライムの弾丸を撃つ。

着弾。

ウォーメイルはダメージの感覚をある程度遮断しているが、使用者にその一部は伝わる。

「ぐっ!」

胸に伝わる強い衝撃に、使用者のサグナ・コロリアは思わず呻きを漏らす。


だが、本命は別のところにある。

空中で襲いかかったホッパーの体は、今この瞬間宙に浮いた状態。地に足をつけていれば働くはずの大地との摩擦は皆無。

そして、弾丸が与えた衝撃は、後ろに押しやる力。光弾の炸裂に、ホッパーは後ろに押しやられた。

深く斬りつけるはずの刃は、クレフの左肩を浅く切り裂くだけに留まる。


2体の距離が開いた。


吹き飛ばされたホッパーも、一度着地してクレフの様子を窺う。

漆黒の鎧のクレフ。歴史に残る、伝説の機動兵器。

だが同時に、先のゴウロ・チルスの戦闘から、現在のクレフは約100年前のそれとはもはや別次元の性能を有していることも分かっている。

ウォーメイル技術が発達した現在においても、貴族専用機体に引けをとらないほどの性能と、扱えるエネルギーの量。

対峙しているのは油断ならない相手だと、サグナ・コロリア自身も感じていた。


クレフもまた、目の前のウォーメイルについて思考を巡らせていた。

外見からも分かる脚部の重点的な強化。

以前のアームウォーメイルが腕を強化させたものだとすれば、このウォーメイルは脚を強化した機体。

そして、強化された腕が示すのは攻撃力だったのに対して、強化された脚が示すのは機動力。

さらに言えば、先程見せたような跳躍力。

だがそれだけではない。

那一は、これまでの戦闘過程における敵の挙動から、一つの仮説を導き出していた。

敵の特殊能力は常識では測れないが、今更『常識』などを持ち出しても意味はない。


唐突に、ホッパーウォーメイルが跳躍した。

ただし、地面に対して垂直な跳躍ではなく、むしろ平行に近い跳躍。

ベクトルはもちろんクレフ目掛けて、高速で向かってくるホッパー。

だが、クレフは既にウェポンを切り替えている。

ウォーメイルの短刀とクレフの剣が交錯。

勢いのあるウォーメイル側の短刀がやや剣を押し込むが、地面に足を食い込ませてクレフが踏ん張る。

そして、弾かれてホッパーが後方に飛んだ。

宙に浮いた機体。

姿勢制御ができないはずの空中に浮かぶ敵なら、追撃は容易なはずだが、クレフは追撃しない。


ホッパーが脚を突き出し、何もない空中から突然、上方に向かって跳んだ。

クレフはそれを見上げ、予想が正しいことを確認する。

容易には詰められないだけの距離をとって、ホッパーが着地した。

またクレフと離れて向かい合う形になる。

そしてホッパー、つまりサグナ・コロリアが声を発した。

「今の対応は……そうか。もう、俺の能力に気づいていたか」

どこか愉快そうなその声に返すのは、冷静で揺らぎのない声。

「ええ……あなたの能力は予想できた。跳躍に特化した性能。そして、併せ持つのは、平たく言えば『何もない空中に足場を作り出す』能力だ」

「ハッ、さすがと言うべきか、地球人」

那一の指摘に、サグナはあっさりと肯定した。


オルフェア貴族、バロンのサグナ・コロリアが使用する、ホッパーウォーメイル。

その特徴は著しい跳躍能力と、それを最大限に生かすための特殊武装。

両足裏から発せられるオメガプライムによって、何もない場所に、瞬間的に『足場』を作り出す。

その足場はエネルギーを物質化させた物で、不安定で小さいが、一瞬の跳躍の足掛かりとするには十分。

この能力により、ホッパーウォーメイルは空中での軌道修正や連続ジャンプが可能になる。


「……だが、分かったところでどうするつもりだ?この俺の攻撃を、お前に防げるか?」

言下に、ホッパーが跳んだ。

上方に跳んだはずだったが、途中で方向転換。

空中で跳躍を繰り返し、文字通り天を駆ける。

その右手には短刀が握られているが、さらに左手にはハンドガンを持っている。

光弾を乱れ撃つ。

跳び回るホッパーが撃つ銃は、まさしく雨のように弾丸を降らせる。

狙いは正確ではないが、だからこそクレフの動きは著しく制限される。

既に2体のソルジャーウォーメイルを使用していた部下達はオルフェアへ撤退しており、クレフとの一対一戦闘だからこそ、このように無差別で広範囲な攻撃方法を選択できる。


クレフは攻めあぐねる。

次々と足場を作り出しては跳躍し続ける敵を捉えるのは難しい。

射撃はろくに当てられず、当たったとしても一発だけでは決定打にならない。

だから、クレフは武器を剣のままにしていた。

剣で弾丸の雨を防ぐ。

多くは防げるが、さすがに全弾をしのぐことはできず、時折被弾する。

その連射性能に反比例するように、ホッパーウォーメイルのハンドガンの威力はかなり低い。だがそれでも、ダメージがゼロでない以上は、受け続ければ致命傷になる。

だから、その前に勝負を決めなくてはならない。


ハンドガンを撃ち続けるホッパーウォーメイルは、

眼下のクレフの動きが徐々に鈍くなってきているのを感じていた。

確かにハンドガンの威力は低い。だが、それでも続けざまに受ければ、ダメージは無視できないものになる。

それに、クレフはウォーメイルとは異なり、装甲を纏って使用すると聞いている。ならば、ウォーメイルのように肉体へのダメージをカットする機能はなく、被弾の衝撃は装甲内部の使用者にダイレクトに伝わる。

衝撃を次々と受けることは、実際のダメージ以上に、使用者の精神を摩耗させるはず。

ハンドガンの連射で弱ったところに、接近戦で止めを刺す。

それがホッパーウォーメイルの狙い。


そして、下方に見えるクレフの動きは、既に精彩を欠いているようだった。

「いける!」

自らの勝利を確信。

ホッパーウォーメイルは最後の一撃を加えるために、落下のような跳躍を開始。作り出した足場を蹴り、地上のクレフ目掛けて真っ直ぐに接近する。

左手のハンドガンは投げ捨て、その手にも短刀を握りしめる。

クレフを破壊するため、両手の短刀を振りかざす。


その時、精彩を欠いた動きを見せていたクレフが、滑らかに動作を変えた。

予定調和のように左手がサモナー左部のレバーを引く。

「プライムバースト」

直後、右手に握られた剣のの刀身が、圧倒的な輝きを放つ。

その燦然と輝く剣を、クレフは迫る鋼鉄の敵に向け、完璧なタイミングで振り切った。

二振りの短刀がクレフを捉えるよりも早く、クレフの斬撃がホッパーを切り裂く。

その威力は、ウォーメイルの防御力を遥かに超え、ホッパーは地面に落下して転がり、そして数秒後に爆発した。

残骸が散らばる。

炎がそれを舐める。


戦闘終了後の光景の中、立ち上がったサグナ・コロリア。

「クレフの使用者、一つ聞きたいことがある」

クレフは沈黙したまま。

だがその深緑の瞳はサグナを見据えていて、彼はそれを許可と見なした。

「どこまでが計算だ?」

ハンドガンの乱射を受けてクレフの動きが鈍ったからこそ、止めの一撃のために接近した。だが、それこそが計算だったとしたら。

そんなサグナの疑問に、那一は返答する。ホッパーウォーメイルの能力を言い当てたときと同じ、落ち着いた声で。

「確かに動きは意図的に鈍くし、多く被弾しました。それが、あなたを倒すのに必要なコストだと、そう判断したので」

「なるほど、そこまで冷徹になれるか」

悔しそうに、だが怒りとは無縁の表情を見せて、サグナは呟く。元々好戦的な彼は、戦い自体を望んでいるのであり、その過程に満足がいった今、結果を引きずることはない。

「大したものだ、地球人」

そう言って、手の中の小さな機械を握りしめる。

それはボタンのような形状の、オルフェアへの帰還に必要なデバイスだ。

光の幕がサグナ・コロリアの姿を包むと、掻き消えるように消失した。


***


それから約2時間後。

ガーディアンズ本部に戻った久馬那一特別准尉。

指揮官であり上司でもある稲森渡中尉の元へ向かう。

稲森は那一を労ってくれたが、どうやらそれ以外に話さねばならないことがあるらしく、任務終了の安堵感はほとんど見せなかった。

那一が稲森に尋ねる。

「何かありましたか?」

「ああ、実はな……」


そう切り出そうとした矢先、那一と稲森がいた部屋、すなわち今回の任務の司令室とされていたこの部屋のドアが開き、ガーディアンズ隊員が姿を見せた。

隊員はまだ仮兵。

彼は那一と稲森に一礼し、用件を述べた。

「久馬特別准尉、お客様が見えています」


その『客』に会うため、ガーディアンズ本部の受付に向かう。

那一だけでなく、稲森も同伴するようだ。

理由は、先程言いかけた話を道すがら話すため。


稲森の話によると、どうやらクレフの存在が公に発表されたらしい。

これはコクーン内部の避難民に対しても例外ではなく、ホッパーウォーメイルとの戦闘終了直後から、『ウォーメイルを撃退』というような報道が流れている。


発表の理由はいくつかある。

コクーン内で生活を続けるしかない避難民を安心させるため。あるいは、ガーディアンズの支持を高めるため。そして、その力を他国に示すため。

そういった個々の理由はいい。

ただ、一つ問題が起きていた。

クレフの映像を公開した際、一瞬とはいえ変身者の那一の姿が映ってしまっていたのだ。久馬那一は既にガーディアンズの正隊員、彼の姿が映ることに関して、制度上の問題はない。しかし、彼がまだ少年であることで、あちこちから問い合わせが殺到しているという。


「まあ、『少年兵』なんてのは、いつの時代も印象が悪い……説明する義務があるだろうな」

稲森はそう苦々しく結んだ。


そして、彼らは受付のロビーに到着する。

その一角のソファーに腰かけていた『彼女』は、那一を見てすぐに立ち上がった。

那一の幼馴染み、千崎薫。

「那一!」

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