#4.6 "跳躍"

ガーディアンズ本部に戦闘の開始を告げると同時に、クレフは走り出した。

銃を向け、引き金を引く。放たれた光弾が、またソルジャーウォーメイルに当たる。

着弾したウォーメイルが怯む間に、もう一方のソルジャーウォーメイルが武器を剣に切り替え、向かってくるクレフへと自分から突撃していく。

クレフの得物もまた、剣へと瞬時に変形した。

斬り結ぶ。

交錯するオメガプライムの刃。

剣が剣を弾き、次の瞬間にはまた斬り結ぶ。

二太刀、三太刀、四太刀。

五太刀目が分岐点だった。

ソルジャーウォーメイルが、これまでの四回同様に斬りかかる。

対してクレフは剣で受けると見せかけ、身を捌いて回避行動をとる。

ソルジャーウォーメイルの剣は空を切った。

その空隙を突いて、クレフの剣が突き出される。

切っ先がソルジャーウォーメイルの腹に突き刺さる。

ダメージによろめいて数歩後退する敵。

追撃を仕掛けようとしたクレフ。

しかし、3体目、つまり特殊武装のウォーメイルが高く跳んでいるのに気付く。

ビルの5階ほどの高さまで、垂直に跳んでいる。

その行動自体はクレフに対する攻撃にならない。

なぜ跳んだのか、と那一は一瞬思考した。


だが、次の瞬間、驚愕する。

ジャンプして到達した最高点で、ウォーメイルは急に運動の方向を変えたのだ。

そこは虚空であるのに、まるで壁を蹴るかのように空中で足を曲げて縮め、それから力を開放するように一直線にクレフの立つ位置へ落下する。

その速度は、地球上での自由落下よりも遥かに速い。

単に地球の重力に引かれた自由落下ではなく、別の力が加わったということ。

クレフ目掛けて落ちていくウォーメイルは拳を握る。

落下の勢いのまま、殴り掛かってくる。

クレフは不意を突かれながらも、辛うじてデュアルウェポンの剣腹で防ぐ。

オメガプライムの刀身と、ウォーメイルの拳がぶつかる。

相殺された力の余波が、空気を圧する。

弾かれて、クレフは後退。

ウォーメイルは宙に投げ出された。

空中で動きが制限されたウォーメイルを倒すため、クレフは武器を銃に切り替え、その銃口を敵に向けた。

一瞬の判断。

向けられた銃から、放たれるオメガプライムの弾丸。

しかし、空中のウォーメイルはそれを回避した。

空中で何もない空間を蹴り、急激な方向転換をした。


特殊ウォーメイルと攻防を繰り広げているうちに、2体のソルジャーウォーメイルが動いていた。

左右から挟み込むようにクレフに銃を向け、タイミングを合わせて撃つ。

異なる方向からの銃撃に、クレフも対応しきれない。

左肩に被弾、スパークが散る。

だが、やられてばかりではない。

ウェポンの銃を片方に向け、数発の弾を撃ち込む。

互いの弾丸は空中で衝突した。

破裂するエネルギー。

熱による空気の膨張。

それによって生まれた風が街の瓦礫の塵芥を舞い上げる。


塵芥の中、ソルジャーウォーメイルは見た。

見通しの悪い煙の中で深緑の光が輝く。

次の瞬間には、漆黒の戦士が滑るように、こちらに向かって拳を撃ち出していた。

クレフの右拳。

それがソルジャーウォーメイルの頭部に直撃する。

避ける間すら与えられない奇襲。

弾かれた玉のように、吹き飛ばされた。

もう片方のソルジャーウォーメイルが、剣を構えてクレフに飛びかかる。

突き出されたその切っ先を、クレフは自らの剣でいなすように弾いた。

弾かれた剣を今度は勢いよく振り切る。

クレフがそれをまた弾く。

幾度かのやり取り。

一見何も進んでいないようだが、状況は常に動いている。

特殊武装のウォーメイルが、クレフの背後で高く飛び上がった。

また、例の虚空を蹴るような動きを見せ、一直線にクレフへと襲いかかる。

クレフが振り返るが、その時にはソルジャーウォーメイルがまた剣を振っており、跳躍してきた特殊ウォーメイルに対処する余裕はない。

少なくとも、相対するウォーメイル側からはそう見えた。


クレフが脚にオメガプライムを回すことで、瞬間的に機動力を上げ、横に跳ぶ。

ソルジャーウォーメイルの振った剣は、紙一重でクレフを捉えない。

空を切った剣。

だが、そこに上方から突撃する影。

跳躍してきた特殊武装のウォーメイルだ。

「サグナ様!」

主君の名を呼ぶが、もう間に合わない。

高速で落ちてきた貴族と、剣をかわされて体勢を崩した臣下のウォーメイル。

2つの金属の塊が、激しく衝突した。


***


ガーディアンズ本部。

今回の任務で司令室代わりになっている部屋。

その部屋の複数のモニターを見ながら、稲森渡中尉は呟いた。

「状況は可も不可もなく、か……」

感嘆にも呆れにも似たその呟きに、隊員の一人が答える。

「3体の敵兵力相手に、互角の戦いをしているように見えますね」

「ああ、俺にもそう見える」

モニターに映るのは、現場近くに隠れたハウンドのカメラ映像。

無人兵器『ハウンド』はクレフ到着までの囮に過ぎないが、その役目が終わったあとも何機かはあえて戦場付近に張り込ませ、カメラで映像を送る役割を負わせている。

「末恐ろしいな……」

以前、クレフに変身した那一の戦いを見た時にも、同じように感じたものだ。

そして、那一が正隊員となった今、改めて思う。

久馬那一という少年は、あまりにも軍人に適しすぎている。


例えば、稲森渡は高校卒業と同時にガーディアンズに入隊した。

最初は階級無しの『仮兵』から始まったが、思えばあの頃、自分はまだ戦力として使い物にならなかったはずだ。

子供の喧嘩ならいざ知らず、一対一の格闘戦においても、素人がいきなりまともに戦うなどできはしない。

経験と技術を積み、初めて『戦闘』と呼べる行為が可能になる。

だが、今目にしているモニターに映る漆黒の戦士はどうだ。

まるで今までの人生で戦い続けてきた人間かのように、戦士は躍動する。

その鎧の中にいるのは、つい最近までただの高校生だった少年だ。

その事実に、稲森は背筋が凍るような感覚を覚える。

誰にも聞こえないように、彼は口の中で問いかけを転がした。

「お前は何者だ?」


***


コクーン内部でも、緊張と混乱が静かに、だが確実に広がっていた。

現在十字市でウォーメイルとの戦闘が行われている事実は、未だにガーディアンズから正式発表されてはいない。だが、隠された真実というのは水のように滲み出てくるもので、どこからともなく人々の間に染み渡っていく。このウォーメイル襲撃の件についても、誰がガーディアンズ隊員の話でも漏れ聞いてしまったのかは不明だが、気がつけばかなりの数の市民がこの件を知ってしまっていた。

あちこちで局所的なパニックが起きる。おかげで隊員がまたその対応に追われ、そんな様子を見た何も知らない市民が不安に駆られる。

悪循環。綺麗なほどに連鎖的な負の螺旋は、誰も止める術も知らない。


千崎薫もまた、ウォーメイル襲撃の噂は聞いていた。しかし、彼女自身はそこまで大きく取り乱したりはしない。確かに不安はあるが、まだ不確定な話で、あまり気にしないようにしている。

だが、彼女は幼馴染みが戦っていることをまだ知らない。


***


激突したソルジャーウォーメイルと特殊ウォーメイル。

2体の衝突による衝撃は、辺りの瓦礫を巻き込み、土煙を巻き上げる。

その至近にいたクレフを含む3体が姿を消す。

離れた位置にいたもう1体のソルジャーウォーメイルは、クレフの拳打により頭部を損傷しているがまだ稼働できる。

「サグナ様!」

主君サグナ・コロリアのウォーメイルが落下して激突したのを見て、安否を確認するため呼びかけた。

塵芥が煙幕のようになり、視界が悪い。クレフに警戒し、ソルジャーウォーメイルは銃を構えながら近づいていく。

一歩ずつ、激突地点へ。


劣悪な視界の端から、一つの影が飛び出した。

反射的にソルジャーウォーメイルは銃をそちらに向ける。

だが、飛び出してきた影の正体は同型機、すなわちもう一体のソルジャーウォーメイル。

警戒を緩めたと同時に、土煙を突き破って一体の影が天へと飛翔する。

その影は圧倒的な跳躍力で、辺りの崩れかけたビルよりも高い高度へと到達した。

貴族サグナ・コロリアの専用ウォーメイル。脚部が重点的に強化され、跳躍力に特化した機体。

名はホッパーウォーメイル。

ホッパーの跳び上がった姿を仰ぎ見、2体のソルジャーは安堵した。

主君の無事が確認された。


だが、彼らはもっと警戒するべきだった。

彼らの敵が、まだ姿を見せていないのだから。


鳴り響いた電子音声は、宣告だった。

「プライムバースト」

無機質な声。


土煙の中で、強大な光が生じた。

「回避しろ!」

上空で臣下達を見下ろすホッパーが命じる。


直後、光の奔流が走る。

暴力的な光、その直線の軌道上にはソルジャー2体が並んでおり、回避しようとした両機を順に呑み込んだ。

光の正体は、圧縮放出されたオメガプライムのレーザー。直径が大きく、ウォーメイルの身の丈の3分の2ほどはある。

高エネルギーが全てを破壊する。

断末魔。

続いて、レーザーは蛍火のような光の粒子を空気中に残して、速やかに消えていく。

直撃した2体のウォーメイルは火花を散らせて爆散した。


土煙の中から姿を現したクレフの手には、銃形態のデュアルウェポン。先程の『プライムバースト』は、この銃でオメガプライムを収束させて放ったものだ。


「よくも、やってくれたな!」

クレフの姿を見つけた瞬間、上空からホッパーウォーメイルが襲いかかる。

例の、何もない空中での軌道制御。

高速でクレフに向かって落下しながら、腰から短刀を抜いた。

落下の勢いで斬りつける。

漆黒のクレフに、上空からの刃が迫る。

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