#4.5 "3度目の襲撃"
那一は今や上官となった稲森と共に、クレフの確認をしていた。
技術責任者の円城長久が説明するのを、二人は静聴する。説明と言っても現状分かっていることは少なく、改良も主に通信機能を追加するくらいだ。
3Dホログラム映像で投影された、クレフの全体像を指し示しながら、円城は説明し、最後は苦笑しながらこんな言葉で締め括った。
「……まあ、俺達が調べた少ない情報より、資格者がドライバーから直接受け取る情報の方が役立ちそうなもんだがな」
実際、資格者の那一がクレフドライバーから得る情報は膨大で、技術者が少し調べただけでは全く分からなかったであろう様々な情報はそこから入手できた。
しかし、技術者達がクレフドライバーを解析し、そこに使われている技術や超エネルギー『オメガプライム』の詳細が明らかになれば、転用することが可能になる。
その重要性は、那一も稲森も、また円城自身も理解している。だからこそ、円城を筆頭とする技術者と研究者のチームは何日もほとんど働きづめでいるのだ。
「いや、ありがとうございます。解析・改良を何日も……」
「いやいや、これが仕事だからね」
飄々としているが、実際円城の目元辺りに疲れが窺える。稲森もそれに気づいているからか、少し解析に区切りをつけて、休むように言った。
「また、いつ慌ただしいことになるか分からないですしね」
そう付け加えた稲森。
この言葉が、わずか5分後には現実になった。
***
警報音がガーディアンズ本部内に響き渡り、すぐに緊迫した声が続く。
「十字市内に人型兵器の出現を確認!繰り返す、十字市内に人型兵器の出現を確認!」
その時、那一たちは技術室を後にして廊下を歩いていたところだった。
「オルフェアの襲撃か!」
「そうみたいです」
施設内各所で隊員達が動き始め、足音や叫ぶ声が聞こえ始める。
警報音を含む様々な音に紛れて、稲森のポケットの携帯端末が鳴った。
稲森がすぐにそれを通話モードにする。
「はい、稲森です」
「稲森中尉、招集がかかっている」
「はい」
「久馬特別准尉は一緒か?」
「はい、隣にいます」
「連れてこい」
「了解」
二人は、指定された会議室に入った。
何人もの隊員が既に来ており、絶えずコンピューターを操作して情報の整理をしている。この部屋の中で最も階級が高いのは、
箱山大佐は、モニターに表示された十字市のマップを指し示した。
箱山大佐の説明によると、出現した人型兵器は3体。うち2体はソルジャーウォーメイルと呼ばれる量産型であることが、映像から明らかになっている。
ただ、もう一体は見たことのないフォルム。おそらく特殊武装を備えたタイプと考えられていた。
無人の市街地で、ウォーメイルは無差別に破壊を続けている。
ただし、闇雲に、特に目的もなく破壊を行っていることから、牽制目的の破壊行為であると見られていた。
「久馬特別准尉、クレフを使用し迎撃に当たれ!」
「はい」
那一が答えるのに軽く頷き、箱山大佐はさらに稲森の方を向いた。
「詳細な指揮は稲森中尉、君に委ねる」
「分かりました」
そうは答えたものの、箱山大佐の言うように、那一が自分の指示に従うような状況にはならないだろうと内心考えていた。
おそらく彼は、より的確に、クレフという兵器を運用するだろう。
冷静に。それは、資格者として彼が最もクレフを知っているからでもあるが、それだけではないように思えた。
もっと根本的な、久馬那一という人間についての特性だ。
***
作戦はいたって簡単だ。
まずは、ガーディアンズの通常兵器でウォーメイル3体を牽制し、その隙に那一を乗せた車両がウォーメイル近くまで接近。
その後は那一がクレフを使用、ウォーメイルと交戦する。
アームウォーメイルとの戦闘もそうだったが、相変わらず那一のクレフに頼らざるを得ない状況ではある。それ以外に有効打は無い。
ガーディアンズ正隊員となってからは初の戦闘となる那一。
しかし、彼はやはり少しも動じてはいなかった。
「では、行きます」
「任せる、久馬特別准尉」
そんなやり取りが交わされた後、ガーディアンズ隊員が運転する小型車両に乗り、那一は戦闘へ向かった。
稲森中尉は今回の作戦で指揮を執るため、先程まで箱山大佐が状況の説明をしていた部屋に戻る。
状況を把握、そして最適な策を打つ。それが指揮者に求められる能力だ。
稲森はひとまず、那一が接近する方角の反対側に、ガーディアンズの通常兵器を投入するよう指示した。無人兵器を遠隔操作で接近させ、弾を撃ち続ける。おそらく弾丸はウォーメイルには効かないだろうが、少なくともそちらに注意を向け、那一が容易に接近できるようにする。
細かい指示を出しながら、稲森は自分の体が汗ばんでいるのを自覚していた。
暑いわけではない。嫌な汗だ、緊張している。
それは現在に起因するものではなく、過去に根差したものだ。
***
4年前。
稲森が実働部隊として参加した、あるテロ組織を鎮圧する任務。
当時大尉だった彼は第2小隊の隊長だった。
テロ組織の拠点に潜入し、組織を再生不能の状態にするのが目的だ。
可能な限り気づかれないように破壊工作を行うのが目的だったが、そううまく事は運ばなかった。
始まった銃撃戦。
テロ組織といっても、軍人のように正規の訓練を受けたわけではなく、戦況は稲森の小隊が優勢だった。
だが、隊員の一人が銃弾を受けて倒れた。
「おい!」
隊員の受けた傷は致命傷ではなかったが、任務を続行できる状態ではない。
ここは敵のアジト内部。置き去りにすれば、いつ殺されるか分からない。
迷った末、稲森は撤退を選んだ。
本部からの命令、『任務を続行せよ』との通達に背いて。
その後、負傷した隊員は助かった。だが、テロ組織の残党を取り逃がした。
そしてその数ヶ月後、その残党がテロを起こした。
あの時、隊員を見捨てればよかったのか、その答えは今も稲森には分からない。
ただ、彼の判断は結果的に、多くの人間を危険に晒した。
***
その時の責任を取り、同期の久馬優吾と肩を並べていたエリートだった稲森は、今でも中尉止まりだ。
その結果、指揮を執る回数も少ない。しかし、今でも指揮を執るときには、必要以上の緊張が彼にのし掛かる。
疼く精神の傷痕を掻き消すように、稲森は意識を集中させ、状況把握と指示を繰り返した。
***
十字市に現れたウォーメイル3体。うち2体は量産型のソルジャーウォーメイルで、貴族サグナ・コロリアの部下だ。
そしてそのサグナ自身のウォーメイルは細身の胴体で、脚部のみがやや発達し複雑な機構を有していた。
ジャッキのようなパーツがついたその脚部は、バッタの脚のようにも見える。
今、ソルジャーウォーメイル2体は、銃を構え、正確に標的を撃ち抜いていた。標的は地球の兵器。
ガーディアンズの無人兵器だ。人間の身の丈ほどの高さ、四つ足の機械、その背には小型の銃が一丁。無人兵器のその名はハウンド。ガーディアンズ本部からの指示に反応し、忠実に指示を遂行する。
ハウンドがウォーメイル達と一定の距離を保ちながら、威嚇の射撃を繰り返す。無人兵器ゆえに動きや狙いは単純で、有人兵器には及ばないものだが、今は問題ない。
ハウンドは捨て石、『本命』がウォーメイルに近づくための囮。
ハウンドが一機ずつ確実に大破していく。
ソルジャーウォーメイルの撃つ光弾は、強大な破壊力でもって兵器を壊す。
***
作戦は順調に進行していた。
ウォーメイル達のいる地点へ、久馬那一を乗せた車両は向かっている。
そして、戦場からさほど離れていない場所で、那一は車を降りた。
ウォーメイル3体が今回現れたのは、先の2回の襲撃があった地点とは若干はなれた位置。ここからは破壊の跡は見えない。住民を失った無人の都市が、ただ空虚に横たわるのみ。
「気をつけて」
運転していた隊員が、那一に声をかけた。
「はい」
答えてから、彼はサモナーを腰に巻く。
頭の中に流れ込む情報。
『オリジン』の黒い鍵を、彼はバックル右部の鍵穴に差し込んだ。
回す。
「起動」
資格者の使用を確認し、その意思に忠実に、ベルトは鎧を呼び出す。
「コマンド・オリジン」
その瞬間、ガーディアンズ本部の研究室に鎮座していたクレフの鎧が、瞬時に消え去った。転送を間近で観測していた技術者達は息を呑んだ。
那一の体を包む漆黒の鎧が、彼を機械の戦士に変える。
深緑の瞳が、静かに輝いた。
***
ウォーメイル達は異変を感じた。
地球側の兵器の動きが少し変化し始めている。さっきまでは一定の距離を保ちながらこちらに銃撃してきていたが、今はその四本足を駆動させて、逃走の構えを見せている。
ソルジャーウォーメイル2体は銃を下ろし、主君であるサグナのウォーメイルに問う。
「どうしたんでしょうか?」
問われるが、サグナも分からない。
ただ、戦を好む彼は、感覚的に空気の変化を感じていた。
ウォーメイルを用いた模擬戦でもよく感じる変化。
「……敵が反撃に出るか」
そう呟いた直後、ソルジャーウォーメイル1体の肩に、閃光の花が咲いた。
着弾を示す火花に、3体とも攻撃が来た方向を向いた。
ハウンドに気を取られていた3体のウォーメイルにとっては死角に近い、正反対の方角。
銃を構える漆黒の戦士が立っていた。オルフェアの誰もが知る、『伝説』の姿。それは今や敵として、オルフェアの戦士達の前に立ちはだかる。
求めていた敵の到来に、サグナ・コロリアは胸を躍らせた。
「クレフ……!」
クレフの鎧には、改良によって通信システムが組み込まれ、ガーディアンズ本部との回線が開いた。
その回線が開くや否や、本部に対して通達する。
「こちら久馬那一。これより戦闘に入る」
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