#4.4 "少年少女達"

クレフの解析は連日進められ、同時に改良も行われていた。

手始めにクレフの鎧には、通信を可能にするパーツを追加した。これにより、戦闘中においてもガーディアンズの端末と通信を繋げるはずだ。


地球人にとって未知の技術ではあったが、解析は進んでいた。

例えば、サモナーの機能の概要は分かった。クレフの鎧を転送するための端末として、サモナーは機能している。現実空間、あるいは亜空間のどこに鎧が存在していても、一度サモナーを使えば鎧が資格者の肉体を覆うように転送される。

最初に那一がクレフを起動させたとき、クレフの鎧はオルフェアの王城地下に保管されており、そこから地球まで転送された。そして那一が変身を解除すると鎧は亜空間に移され、誰の手も届かない場所で待機する状況になった。それ以降は、亜空間から鎧を出し入れしていた。

だが先日、整備のために鎧を現実空間に引きずり出し、今に至る。

さらにサモナーは、クレフの使用法に関するあらゆるデータが記録されており、装着者の脳に情報をインストールできる。

これが、初使用でも那一がクレフの性能を引き出せた理由。


しかし、ここまで分かっていながら、その具体的な理論やメカニズムは未知のまま。つまりこの技術を、他の道具に転用することができない。

また、クレフの変身に必要な鍵についても、謎は多かった。

現在、鎧は『オリジン』と呼ばれる形態のものしかなく、鍵もそれに対応するものしか確認されていない。

しかし、わざわざ鍵を使って起動するということは、他にも数種類の鍵が存在し、機能の使い分けができることを示唆しているのではないか、研究者達はそう考えた。

そして、その仮説を確認するための最も手っ取り早い方法は、力業ではあるが、資格者である那一がサモナーを装着して情報を探すことだ。


『鍵は他にもあるのか?』

那一はサモナーに問いかける。

その問いに対して、彼の脳に直接、情報が伝わってくる。

「どうですか?」

問いかける技術者に、那一は冷静に答える。

「……『鍵は他にもある、あるいは開発することができる』。しかし、その情報は隠されていて、僕も、情報にかけられたロックを外すことはできないみたいです」

彼らが抱くのは、期待と落胆。

期待は、別の鍵の存在が保証されたこと。

落胆は、鍵の在処が分からないこと。

その2つが混ざって、研究室は何とも言えない空気に包まれた。


那一は研究室から出る。

2日ほどクレフの解析・改良作業に参加していたが、正隊員となった今、他にしなければならないことがある。


向かったのは、稲森渡中尉と久馬那一特別准尉に対して割り当てられた部屋。

現在、所属する隊員はその2人しかいない。

那一が部屋に入ると、稲森がデスクに座っていた。

上層部から送られてきた大量の書類と格闘しているらしい。

稲森は見るからに渋い顔をしていたが、那一が入ったことに気づいて声をかける。「久馬。もうすぐ射撃訓練だ」

「はい」

特別准尉として、那一は訓練を受ける必要がある。

もちろん有事の際は一般隊員と同じように任務に参加する。だが、それ以外は新入隊員としての訓練を積み、ガーディアンズに適応しなくてはならない。

ただ、訓練まではまだ少し時間があるので、那一もいくつかの資料に目を通す。

その動作は落ち着いたもので、何年も前からガーディアンズ隊員として働いているはずの稲森は、目の前の少年がまるでずっと前から軍人であるかのように錯覚してしまった。

「どうかしましたか?」

「いや……お前は何となく、兄貴よりも軍人らしい」

迷って悩む優吾よりも、少なくとも外見上は迷いのない那一は、より軍人に適している。稲森にはそう見えた。

「……僕が軍人に適してるかは、よく分かりませんけど」

「ああ、別に分からなくていいさ」

『軍人らしい』ことは、必ずしも良いことに結びつきはしない。生粋の軍人としてあることが正しいのか。それは稲森にとっても未解決の問題だ。

「そう言えば、稲森中尉は兄と親しいみたいですけど、『久馬』という呼び名が被ると、使いにくいのではないですか?」

冷静な指摘。確かに使い分けにくい。

「そうか……じゃあ、下の名前で呼ばせてもらおう、那一」

「ええ、ではその呼び方で。そろそろ失礼します」

那一は射撃訓練を行うため、部屋を出て訓練場へ向かっていった。


***


那一がガーディアンズ本部で射撃訓練を行っている時、コクーン内部の割り当てられた部屋で、千崎薫は深い溜め息をついた。

「……大丈夫かな…………」

その不安の吐露は、同時に2人に向けられたもの。

1人は久馬那一、もう1人は木崎竜平。

他にも心配な友人はいないことはないが、目下のところ筆頭はこの2人だ。

前者への不安は、幼馴染みの彼があまりにも自己を顧みないことに対してであり、そしてそんな彼が現在どんな境遇に置かれているかが分からないため。

後者への不安は、母と妹を失った彼が、今は何を思っているのか……推し量ることもできなければ、力になることなど到底できないから。

どちらも自分にはどうしようもない。そう分かっているから、余計に不安が募る。『無事』という言葉は、生命が保証されていれば必ず成立するような、そんな単純で明白な言葉でない。

そう思わずにはいられない。


***


一方、コクーン内部の一角。広く、静寂に満ちた部屋。

ここは様々な目的に使用できるように作られた、広間のような部屋だ。

用途によって名前が変化するこの部屋の現在の名称は、『遺体安置室』。

オルフェアの襲撃で亡くなった人々の遺体や遺品を安置している。

防腐処理や火葬などは既に行われているため、遺体または遺骨が傷むことはない。だが、十字市は未だに厳戒体制がとられており、市外との行き来はほぼゼロ。よって、市外の墓地に埋葬することは難しい。かといって、市内は戦場になり得るため、市内の墓地を利用するわけにもいかない。ゆえに遺体や遺骨は、現在はここに安置されているものが多い。

木崎竜平は、金属製の棺2つの前にしゃがみこんでいた。サイズの違う棺は、1つは母のもので、もう1つは妹のもの。最初の襲撃の際に市街地にいたために、2人は崩壊した建物の下敷きになって亡くなった。

傷ついた遺体は火葬され、棺の中には遺骨が納められている。

竜平の目から、また1筋、涙が溢れ落ちた。

もう5日。

流し続けた涙は、さすがにもう涸れたかと思っていたが、まだ溢れる。

「何で……だよ……」

呻くように漏れた言葉は、あまりに非情な運命への疑問。

なぜこんなことになったのか?

どうして、穏やかな日々はぶち壊されなければならなかったのか?

答えはなく、ただ無情な現実だけは確実に横たわっている。


幼い頃、神様がいると信じていた。

神様は、辛い時に助けてくれると思っていた。

成長していくにつれ、そんなことは考えなくなったが、かと言って殊更に神様を否定することもなかった。

だが、今は断言できる。

きっとこの世に、神様なんていない。


***


オルフェア。

王都ルシエルの王城に、1人の貴族が馳せ参じた。

貴族の名はサグナ・コロリア。

爵位はバロン。まだ若く、全身から戦意が滲み出ているような、好戦的な男。

サグナ・コロリアは、王家からの命令で、地球へ出陣すべくルシエルまでやって来た。

王家がこの状況で彼を選んだ理由は幾つかある。

まず、爵位がバロンと低く、王家の命令で制御しやすいこと。

爵位が高く勢力が強いほど、王家に対しても強く出られるようになるが、爵位バロンの彼ならばその心配はない。

また、バロンゆえに、手柄を立ててあわよくば爵位を上げようという強い野心がある。これも、王家の命令に従いやすいということに繋がる。

さらに、サグナ自身の好戦的な性格。戦いを望む彼は、地球出陣の命を喜んで承諾した。

もちろん、十字市への襲撃である以上、サグナの任務は王女リエラとクレフの確保だ。

ただし、クレフに関しては回収できない場合は破壊が許可されている。

オルフェア統一の象徴であるクレフが、異次元の惑星の住民に使用されているという現状。この不面目な状況を解決できればそれでいい。

そして、サグナの性格上、破壊が許可されているのなら破壊を優先するであろうことは容易に推察された。


サグナ・コロリアがルシエルに到着した翌日。

王都のゲートキーが起動し、地球への扉は再び開かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る