#4.3 "入隊"

リエラは、クレフに手を加えることを容認した。

優吾と那一はそのまま、ガーディアンズ本部内にある研究室へ向かう。

ここはクレフの資格者テストも行われた、ガーディアンズの技術力の中枢である。常に何人もの研究者・技術者が在駐しているが、今はさらに多くの人が集められていた。クレフの分析の許可が下りてすぐに、優吾が上層部に掛け合い、人手を回してもらったのだ。


那一がサモナーを身に着けた。

途端に、あらゆる情報が頭に流れ込んでくる。その中から必要な情報を探し出し、アクセスする。

「……理解した」

そう呟いた声を聞き、優吾は確信した。弟は、クレフの鎧を引っ張り出す方法を見つけたのだ。

那一の意識がそのまま操作となり、サモナー中心の青い水晶から、光が溢れ出す。

その光の奔流の中から、出現するクレフの鎧。

『オリジン』の名を冠する漆黒の基本形態、その鎧が今、那一の目の前に出現した。


これまでのクレフの使用時の様子から、クレフの鎧はドライバーを介して転送されているようだった。しかし、直接身に纏うこの鎧が、纏っていないときにどこにあるのかは不明で、おそらくはウォーメイル使用時の肉体のように、亜空間に収納されているだろうと考えられた。だが、その鎧を身に纏わない状態で出現させなくては、分析も整備も難しい。

ゆえに、このように簡単に鎧を引き出せたことは幸運だった。

技術者や研究者の感嘆の声。彼らにとっては、ここまで心踊る対象物は他には無いのだろう。だが、ともすれば自制心を失いそうなこの一団を、一人の声が制した。

「落ち着け!慎重に、丁寧に解析するんだ!」

那一は声の主を見る。

無精髭を生やしてラフな格好をした中年の男。ジャケットは脱いで腰に巻き付けている。

その男も那一の視線に気づき、破顔して近づき、手を差し出してきた。

「よお、お前がクレフの資格者だってな」

「はい、久馬那一といいます」

そう言いながら、那一も手を差し出した。

「そうか。俺は円城長久えんじょうながひさだ、よろしくな」

2人は握手を交わす。

優吾は那一に、円城と名乗った男を紹介する。

「円城さんは今回、クレフの解析・改良などの技術面で責任者になってもらった。本当に優秀なメカニックだよ」

その紹介に円城が苦笑する。

「ガーディアンズ中佐にそこまで言われると、悪い気分はしないな」


ちなみに、円城自身は軍人というわけではなく、単にガーディアンズに雇われる身である。よって、彼に階級は存在しない。

しかし、それ故に純粋な技術力から彼を信頼し、敬意を払う者は、優吾のように地位が高いガーディアンズ隊員にも数多くいた。


優吾は別の仕事のために研究室を後にした。

那一は残り、クレフの鎧を何人もの技師が確認する様子を見ていた。

円城の的確な指示の下で、それは進められていく。


***


オルフェア。

地球への6地点同時攻撃が終わり、王城には出撃した各貴族からの報告が集まっていた。結果は上々。ウォーメイルに地球の軍隊はなす術がなく、圧倒的な戦力の差を見せつけることに成功した。

これで地球側の戦意は挫かれ、反対にオルフェアは勢いづくだろう。これから始まっていくであろう惑星間の全面戦争において、これは大きなアドバンテージになる。


オルフェア国王ガイセル・シューヴァントも、この状況を良しとした。

半ば奇襲として実行された同時攻撃は宣戦布告でもあった。

ここから戦争が始まるとして、戦局は確実にオルフェアに傾くであろう。

ただ相変わらず残る気がかりは、王都ルシエルと対応する地球上の都市のこと。リエラの逃亡先であり、地球人が使用するクレフが、こちらから送り込む戦力を迎撃する。

現状で最も大きな弊害は、間違いなく十字市であった。


そんな中、国王に謁見を求めた者がいた。

それは王子ガロン・シューヴァント。

息子として、謁見を許され父親の前に立ったガロンは、躊躇わずに口を開いた。

「恐れながら国王陛下、一つ質問なのですが……」

「許す」

「……姉上のことは、どうするおつもりですか?」

彼の問いかけは、王子として、そして弟として、当然の問いかけであった。

姉リエラは、男女を問わず王位を継ぐことができるオルフェア王家の体制においては、王位の第一継承者である。

ガロン自身、そのことに不満を感じたことはない。自分には王よりも、もっと動きやすい立場の方が似合っていると思っている。

そんな立場上の心配よりも先に立つ思いがある。

姉への信愛の思い、肉親の情だ。それが堰を切ったように溢れ、気がつけば、父を責めるような様相になっていた。

「父上は……姉上を見捨てるつもりですか!?」

「……」

王は答えず、ただ息子を見下ろしていた。

その視線は冷たいようでいて、しかし瞳には王自身の迷いも映っていたのだが、興奮したガロンは気づけない。

「父上!私は、姉上を見捨てることなど決して……!」

「……もういい」

静かな声で遮る。

「お前の思いは重々理解している……」

淡白ではあるものの、心中を感じさせるその言葉に、ガロンはやっと押し黙った。

王は言葉を続ける。

「……しかし、地球人の『クレフ』使用が確認された今、リエラの立場は悪くなっている。過激な者などは、『王女が裏切った』とまで噂しているようだ」

その状況はガロンも知っていた。

ゴウロ・チルスの敗北により、地球人の手にクレフが渡った事実はいよいよ決定的になった。そしてクレフを渡したのは、地球へのいわゆる『密航』を行った王女リエラ・シューヴァントで間違いない。

オルフェアの国宝を渡したであろう王女に疑惑の目が向けられるのは、むしろ自然な流れと言えた。

「このような状況で、私が王女救出を最優先事項にしてしまえば、臣下はますます疑念や不満を募らせる。求心力を失えば王家の勢力は衰え、巡り巡って国家に混乱が蔓延する……そのような状況だけは、避けねばならない」

貴族の自治領が集まって構成される国家オルフェア。ゆえに、王家の立場は時に微妙なものになり得る。


……単一国家でない地球をあながち馬鹿にはできない。結局はオルフェアも似たようなものだ。

ガイセルはそう思い、娘が似たようなことを言っていたことを思い出す。


肉親でありながら、リエラを易々とは助けられない状況。

それに歯噛みする思いなのは自分だけでないと知り、ガロンは引き下がった。

だが、不安な顔ばかりは隠せていない。それを見てガイセルは、気休めになるように言った。

「……もうすぐ、新たな貴族がこの王都にやって来る。地球へ出陣するためだ」

王都ルシエルからの出陣。ならば、繋がる場所は一つ、十字市しかない。

その十字市へと赴く貴族に、王は何かを頼むつもりなのか。

「案ずるな」

王の言葉は、彼自身に告げるかのようだった。


***


クレフの解析は急ピッチで進められた。

未知の技術ゆえに、仮に不具合を生じさせてしまえば修復は難しい。そうならないように最新の注意を払いつつ、ハイスピードで作業を進める。技術者の数は足りていた。

那一はその作業を見ながら、時々質問をする。

質問の内容は、クレフのエネルギー伝達の仕組みや、間接部の可動域が少なくとも人体と同等か、などということ。

現状では彼しか扱えない専用の兵器、それがこのクレフだ。ならば、その詳細を彼が気にするのは当たり前のことで、その事を十分に理解している円城は、那一の質問に対して可能な限り詳細に答えた。

また、反対に技術者達から那一が質問をされることがあった。

唯一の使用者である那一にしか分からないことは多い。彼もそれらの問いに、自分が知っている範囲で答える。


やがて夜になり、外界は暗くなる。

しかし、建物内の部屋にとっては、そんなことは関係ない。夜中も作業は続けられ、いつの間にか外の空が明るくなり始めたことにも、ほとんどの人間は気づかない。那一もまた、睡眠以外のほとんどをこの部屋で過ごしていた。


その2日目の昼に、研究室に優吾が入ってきた。

「よう」

優吾は那一に声をかける。那一はまず兄に気づき、それから、兄の後ろについてきている男性隊員に気づいた。

見たことがある男だった。確か、十字市2度目の襲撃の際に、ウォーメイル出現地点まで那一を送ってくれた人物。優吾の同期、稲森渡中尉だった。

優吾はそのことには触れず、告げる。

「決定した……お前の入隊についての詳細だ」

そう言って差し出した一枚の紙を、那一は受け取って目を通す。

書かれていた内容は、『久馬那一』の名前と、『本日よりガーディアンズ隊員となる』ということ。

そして階級は、『真兵』の『特別准尉』。

ガーディアンズの正隊員と言うべき階級であり、入隊と同時に与えられるのは異例中の異例。

『特別』という文字には、階級は准尉でありながら、新入隊員としての訓練も課せられていることを表す。

那一はその文面を読み終わると、目の前の優吾に向かって敬礼した。

優吾は苦笑しながらも、敬礼を返す。

もう単に兄弟の関係ではなく、同じ軍属なのだ。

「『守護者』の名を持つガーディアンズの隊員として、励んでくれ」

それは兄としての言葉ではなく、ガーディアンズ中佐としての言葉だった。

それから彼は、後ろに控えていた稲森を紹介する。

「ついさっき、会議の末に決定した。……稲森渡中尉…お前の直属の上官として選ばれた」

稲森が前に出る。

「……奇妙な縁だが、俺がお前の上官だ。よろしくな、久馬特別准尉」

「はい、よろしくお願いします」

稲森が手を差し出し、那一もそれを握った。


握手をしながら、那一は考えていた。

兄優吾の同期で親しい間柄だと聞いたが、この稲森渡中尉は何かが違う。

ガーディアンズは軍であり、原則として規範を重んじる。

厳格な組織として機能しなければ、軍は迅速かつ効率的に動けない。

しかし、この稲森という男からは、型にはまることを避けるような雰囲気が感じられた。軍の規範や命令に盲従することを嫌うような、そんな空気を纏う。


稲森もまた、握手をしながら、目の前の少年がやはり特異であると感じていた。

稲森はクレフの2度目の戦闘を間近で見ており、その時にも受けた印象を、今もはっきりと感じ取っている。

親しい久馬優吾の弟ではあるが、よく知る兄と比較しても、この弟は異端だ。

久馬那一の印象は、兄の久馬優吾よりも、むしろ遠く離れたアメリカにいる知り合いを思い出す。

かつて日米合同軍事演習で出会った『その男』も、この少年と同じく、特異な人間だった。

だが今はまだ、その特異性の正体までは分からない。


それぞれが相手に異質な印象を抱えながら、上官と部下の握手は固く交わされた。

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