#4.2 "飲み込む言葉"
時間は現在に戻り、早朝の十字市。
那一は歩きながら兄の優吾から話を聞き、世界の6ヶ所で起こったオルフェアの同時攻撃についての概略を知った。
そして、連れてこられた部屋には多く隊員が集まっており、ガーディアンズに入ってくる情報の整理をしている。部屋の壁のうち一面をほぼ全面占めているモニターには、各地の記録映像が次々に映し出されていた。
そこに映るオルフェアのウォーメイル達。十字市にソルジャーウォーメイルが出現した時もそうだったが、ウォーメイル相手に、基本的に地球の兵器は通用しない。
映像を見ながら、ふと那一は、思いついたことを尋ねる。
「そういえば、リエラさんは?」
「ああ、もう夜が明ける前から起きて、各地の情報を理解する手助けをしてもらっている」
***
もう2日前のことになるが、リエラ・シューヴァントがオルフェアに関する情報を提供した際、ゲートキーによる転送の仕組みについても話していた。
ゲートキーはオルフェアと地球という、別次元に存在する2つの惑星の間にトンネルを作るが、そもそもこの惑星間で移動が可能なのは、2つの惑星が別次元の同座標に存在する、いわゆる『パラレルワールド』だからである。
ゲートキーは、オルフェアのある場所から、その位置座標に対応する地球上の同座標地点までのトンネルを作る。
例えば、オルフェアの王都ルシエルに設置されているゲートキーによって転送されれば、行き着く先はルシエルの位置座標に対応する地点、ここ十字市に一意的に決定される。つまり、ゲートキーの位置によって、転送先は確定するのだ。
ただし、オルフェアの表面積が地球の1/4であることから、転送先にはわずかな誤差が生まれる。それが、十字市において、最初にソルジャーウォーメイル3機が出現した地点と、次にアームウォーメイルが出現したポイントがずれた理由だ。
画素を並べて形成される画像が、拡大するとぼやけてしまうのに似ている。オルフェア上での正確な一地点は、その4倍の面積の地球上では、対応地点はもはや一地点にはなり得ず、引き延ばされて広さを持った『範囲』になる。その範囲内のどこに転送されるかは完全なランダム。
つまり、王都ルシエルから襲来する敵が十字市に出現することは分かっていても、十字市のどこに出現するかまでは分からない。
***
そこまでは、一昨日の段階で聞いていた情報だ。
しかし、オルフェア側のゲートキーがルシエル以外にも存在していたことは聞いていない。それも新たに6基。
リエラ自身もその存在を知ってはいなかったらしい。
ルシエル以外の場所にゲートキーが存在すれば、当然それらのゲートキーが作り出すトンネルは地球上で対応する別の場所に通じることになる。
一昨日のオルフェアとのファーストコンタクト以来、ガーディアンズは十字市で警戒体制を敷いていた。隊員達は休みなく働き、次の襲撃の可能性を危惧し、その場合に備えた。
しかし、世界各地の他の都市、さらに言えば国はそうではない。
日本の十字市に異次元からの侵略者が現れたという情報は世界中で伝えられ、今後の方針などは議論されたが、差し迫った問題として侵略の危険を考慮していたのは日本の軍、つまりガーディアンズのみであった。
それが仇となった。予期せぬ攻撃に、ウォーメイル出現ポイントの各国はまるで対応できなかった。
もっとも、知っていたところでウォーメイルを倒すことができたかは怪しい。せいぜい、住民をあらかじめ避難させたうえで様々な高威力・広範囲の兵器を試すことくらいだったかもしれない。
ウォーメイル達はその圧倒的武力を示し、駆けつけた各国の軍隊を壊滅に追い込んだ後、オルフェアへと帰還していった。
結局、今回の攻撃は侵略が目的ではなく、宣戦布告が目的だったのだろうか。
あるいは、地球側の戦意を挫く狙いもあったのかもしれない。実際、圧倒的な戦力差を見せられ、各国は浮き足立っている。
リエラによると、今回の襲撃場所6地点は、『六柱』の支配地域にあたる可能性が高いらしい。ゲートキーを準備するほど大きな勢力を有する貴族は、基本的にはデュークに限られるからだ。
リエラは補足のために、オルフェア貴族の爵位や支配体制について、簡単に説明する。それを、ガーディアンズ隊員は逐一記録する。こちらとしては、相手をまず知ることから始めなくてはならない。
ガーディアンズは、各国の軍などとの情報の共有を徹底し始めた。
そして、リエラから聞いた情報も合わせ、手に入れた情報をまとめてデータ化する作業に追われているのが、那一が連れてこられた今の部屋だ。
彼がなぜ連れてこられたのかと言えば、もちろん唯一のクレフ資格者として、そしてウォーメイルと交戦した人間として、情報の補足はないかを確認するためである。
それらの問いかけが優吾の担当らしく、那一に詳細な点に関する質問などを尋ねてきた。
例えば、クレフの性能はウォーメイルとの『対多数戦闘』に耐えうるレベルにあるのか、など。
那一は答える。
少なくとも、最初の襲撃のように、量産型の機体となら、敵が多数でも対応できるだろう。
そして、もし敵が十字市における2度目の襲撃や昨晩世界各地を襲った時のように、特殊な武装を有しているタイプだった場合はどうか。
「そういう敵が多数襲ってくるなら、それは未知の領域だ。相手の持つ能力にもよるし、クレフの使用者の能力にも左右される。つまり、戦闘結果がどうなるかは全く予想がつかないよ」
「なるほどな……」
那一の意見は非常に中立で、悲観視も楽観視も入っていない。
優吾にしてみれば、「その『クレフの使用者』はお前なんだぞ」、と言ってやりたいくらい冷徹で他人事のような意見だ。
様々な疑問点についての情報共有をした後で、那一は優吾に尋ねた。
「そうだ、リエラさんに、確認を取ってもらいたい用件があるんだけど」
「ん?たぶんまだ別の部屋で情報提供作業に追われてるだろうが……用件ってのは?」
「ああ、それは……」
那一が説明すると、内容を聞いた優吾も納得した。
「確かに、その作業に取りかかるなら早い方がいい。彼女は今も情報提供作業に追われてるだろうが、今からでもその話をしに行こう」
その用件は確かに重要なことで、しかもオルフェア王女である彼女には承諾しかねる問題かもしれないので、優吾も行って説得を試みる必要がある。
兄弟は部屋を出た。
***
ガーディアンズ本部内の別の部屋では、オルフェア王女リエラ・シューヴァントからなるべく詳細なオルフェアに関する情報を引き出し、それらをまとめる作業が続いていた。
『引き出す』と言っても厳しい尋問のようではなく、現状と照らし合わせながら、細部について彼女から説明してもらうという形式だ。
今は立体映像の地球儀を見ながら、地球とオルフェアの対応関係について考察していた。十字市にオルフェア王都ルシエルが対応すると仮定して、惑星オルフェアの立体図を作成していく。
ペン型のツールで空中に線を書くと、それが立体映像上にデータとして記録されるため、地球儀の立体映像に文字や図を書き込める。今回の襲撃地点6ヶ所と、オルフェアの『六柱』の支配地域が重なるように、惑星オルフェアの立体図を作成する。
さらに、リエラが思い出せる範囲で他の貴族の領地なども書き込む。
その作業を眺めながら、隊員達は感嘆した。
「これが……オルフェアか」
しかし、ペン型ツールを握りながら、リエラは首を振った。
「いいえ、地図だけでは、この惑星のことは何も分かりません……民のことも、国のことも……」
少し沈んだ口調で言った。
「オルフェアの人々も、地球の簡略な地図は持っています。しかし、地図だけでは……地球のことを、私達は何も知らない……」
その時、ドアが開き、久馬優吾中佐と、その弟久馬那一が入ってきた。
「那一さん……」
彼は相変わらず涼しい顔をしていた。
突然入ってきた非礼を詫びつつ、優吾が口火を切る。
「リエラさん、実はオルフェア王女としてあなたに、一つ許可をもらいたいことがあってね」
「何でしょうか」
尋ね返した彼女に、答えたのは那一だった。
「……クレフの改造を許可してもらいたいんです」
「改造、ですか?」
「はい、リエラさんも知ってる通り、僕はクレフの資格者として、ガーディアンズに入隊することになります」
「はい」
「……クレフは、現在の地球の技術とは全く異なるもの。例えばクレフでは、直接ガーディアンズ本部と通信を繋いだりすることもできない。だけど、クレフを分析して改造を施せば、色々と対応できるようになります」
「……つまり、クレフを分析・改造することで、ガーディアンズの戦力に組み込みやすくなると……そういうことですか?」
「そういうことです」
リエラの早い理解のおかげで、那一の説明も簡潔に済んだ。
クレフを改良することでガーディアンズの設備に適応させ、修復や追加武装が可能になる。さらに言えば、クレフを解析する中で、オメガプライムを利用した兵器開発が可能になるかもしれない。そういった諸々を含め、『ガーディアンズの戦力にクレフを組み込む』と表現することになる。
しかし、那一たちもクレフの来歴は簡単に聞いている。だから、惑星オルフェア統一の象徴であるクレフが、オルフェアの宝であることは承知している。
そんなクレフに手を加えるなど、一国の王女としては許容できなくても無理は無い、とそう思っていたのだが。
「構いませんよ」
「……いいんですか?」
リエラの即答に、那一が聞き返す。
話の成り行きを見ていた他の隊員達も少し驚いた。
そんな雰囲気を察したのか、彼女は毅然とした顔つきで、理由を付け加えた。
「それで、この星の人々を守りやすくなるんですよね?」
『人を守る』。那一の言葉を、彼女は常に心に留めていた。
本当は、リエラはもう一言続けたかった。
『……これで、那一さんは少しでも安全に戦えますよね?』
だけどその問いは、きっと彼を困惑させるだけだろうと思い、彼女は言わずに飲み込んだ。
自身を一切考慮しないかのようなこの少年が、可能な限り傷つかないことを今はただ願う。
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