4章

#4.1 "襲撃者達"

2017年。

シューヴァント家に客人として滞在するヘルマン・アクター。

彼は2015年に地球より来訪して以来、このシューヴァント家の城に住まわせてもらっている。元々が物理学者であったヘルマンは、シューヴァント城の一角に研究室を与えられ、シューヴァント家の家臣である科学者達と共に、オメガプライムの研究を進めていた。


オメガプライムはオルフェア固有の高エネルギー体で、既に日常生活や兵器など、様々な用途でエネルギー源として利用されていた。

しかし、ヘルマン・アクターは研究の中で、ある発見をした。

オメガプライムは単に高エネルギー体だというのみに留まらず、より特殊な性質、唯一無二の性質を備えていたのだ。


オルフェアは現在、有力な家がそれぞれに支配する領地を持って、各々が国家のように機能している状態だ。

国家が点在しているに等しいこの現状は、地球とよく似ていた。

複数の国家があれば、必ずその間に摩擦が生じる。その摩擦が、交渉のテーブルの上でのみ現れるうちはまだいい。しかし、それぞれの思惑が衝突する結果として、武力紛争がしばしば起こっている。

この状況に終わりを告げるため、いくつかの家はオルフェア全域の統一を図っていた。

それはあまりに壮大な夢。いくら惑星オルフェアの総面積が地球の1/4程しかないとしても、単一国家の建設はかなり無謀な話だ。

にも拘らず、彼らは夢を見た。争いの無い世界、平和な未来を。


シューヴァント家当主バース・シューヴァントも、そのような夢を語る者の一人だった。

彼は客人であるヘルマンにも、そのような遠大な夢を語った。

ヘルマンはそれを困難だと知りながらも、夢物語と断じることはしなかった。

むしろ、彼も共に夢を見た。異郷の星とはいえ、そこに住む人々とふれ合う中で、彼にとってこのオルフェアも、そしてそこに住む人々も、大切なものになっていた。

この星で彼らが平和に暮らせる未来を、彼も願わずにはいられなかった。


ヘルマンが注目した、オメガプライムの特殊な性質。

その性質と、既に運用されている高エネルギー体としての性質を組み合わせ、彼はあるものを造ろうとしていた。


彼の研究室に、人型の鎧が鎮座している。

鎧の各部にはコードが接続され、様々な性能がモニターに数値として表示される。

ヘルマンを中心に、シューヴァント家の研究者達は、日夜この鎧を完成させるために働いていた。

この鎧は、完成すれば革命的な性能を発揮するはずの、兵器だった。

後に『クレフ』と呼ばれる鎧、その開発途中の姿だ。


***


2117年現在。

久馬那一が目を覚ましたのは明朝、まだ日が昇りきらない藍色の空が十字市上空を覆った時間帯だった。

着替えてから廊下に出ると、ガーディアンズ本部は物々しい雰囲気に包まれていた。

それだけなら、正直に言って、この2日間は当たり前だった光景。


那一がひとまず兄の執務室にでも行こうかと歩き出したとき、ちょうど廊下の向こうに兄、優吾の姿が見えた。

優吾も那一の姿を認め、早足でこちらへ来る。

「起きたか、ちょうど良かった」

兄の顔は、この2日間の疲労のためか、少しやつれて見えた。それでも通常と変わらぬ頭脳と身体能力を維持するのは、軍人としての肉体と精神力がなせる業だろう。

口調から、何かあったことを察し、那一は尋ねる。

「何かあった?」

「ああ……世界6ヶ所でオルフェアからの同時攻撃があった」


***


時間は少し遡り、日本が太陽の光が届かない、真っ暗な夜となっている時間帯。


モンゴルの大草原も、夜の闇に包まれていた。

その闇の中、強い光が輝いた。

光が消えた後には、異様な人型兵器が立つ。全部で7体。

うち6体は同じ姿で、残る1体のみが異なる姿をしていた。

例えば、日本のガーディアンズ隊員が見れば、この異様な人型兵器が、異世界オルフェアからの襲撃者、『ウォーメイル』であることに気づいただろう。

そして、6体の同型のウォーメイルは、全てソルジャーウォーメイルと呼ばれる量産機である。

そして、オルフェア貴族のケイ・アスフォントがリンクしたウォーメイルは、脚や腕、肩や背中といった随所に、ちょうどジェットエンジンを超小型にしたようなパーツを装備していた。名称は、ムーヴウォーメイル。


「なんだ、地球の軍隊は来ないのか」

ムーヴウォーメイル、すなわちケイ・アスフォントが、拍子抜けといった感じで言う。

部下がその言葉に答える。

「しかし、ここは人口過疎地域だと、事前に聞いていましたし」

「まあ、そうだな……仕方がない」

さっぱりと、ケイ・アスフォントは納得した。この裏表なくこだわりもない軽さが、彼が臣下に慕われる理由ではあった。


ちょうどその時、戦闘を所望した彼の期待を汲むかのように、上空から音が聞こえ始めた。さらに地上に目を移すと、光が地平線に並んでいる。

それらは戦闘機の音であり、戦車の光であった。

早くもこの突如現れた人型兵器を察知して、陸と空から、現地の軍隊がやって来たのだ。

ケイは、喜びの声を漏らす。

「いいぞ…『胸が躍る』ってやつだ」

すぐに部下達に指示を出した。

「地上は俺がやる。お前達は、空の方を頼む」

「はっ!」

部下が了解し、武器を構えた。

「さて……行くか!」

ムーヴウォーメイルの各部位の小型ジェットエンジンが稼働し始め、オメガプライムの粒子を放出する。

それは爆発的な推進力を彼に与える。

次の瞬間、急加速でムーヴウォーメイルは、モンゴル軍の戦車の隊列へと突っ込んでいった。オメガプライムが尾を引き、さながら地を這う流星のようであった。


***


同時刻、パリ市街地でも異変が起きていた。

午後の昼下がりだった。

現れた人型兵器に戸惑いながらも、住民は避難し、今は軍隊が対処に当たっている。敵の人型兵器も、非武装の市民を殺傷する意図は無いようで、軍の戦力が出揃うまで大きな動きはなかった。

だが、奇妙なのはそこからだ。

人型兵器の中でも明らかに特別な1体が前に出て、フランスの軍隊と戦う意志を示した。

フランス軍の戦車は射撃をしながら突き進む。

だが、放たれた砲弾は、その人型兵器に近づくにつれて勢いを失った。

速度が落ちた弾丸は苦もなく弾かれる。その弾かれた弾丸が地面へと落ちていく動きまでもが遅いのが、また不可思議であった。

さらに、人型兵器に近づきすぎた戦車の操縦者から、悲鳴のような声で通信が入った。

「せ、戦車が潰れそうです!!」

その戦車には、誰も触っていない。

にも拘らず、戦車の装甲板がひしゃげ始めていた。

潰れはしないだろうが、戦車の全体に不可視の力がかかっているのは確かだ。

「何なんだ、一体どうなっている!?」

誰かが叫んだ。


その答えは、この人型兵器、つまりオルフェア貴族ミンス・ニューロ専用のウォーメイルに隠されているわけだが、それを暴くことはできそうにない。


***


アマゾンでは、鳥が一斉に木から飛び立ち、獣が異常な速さである地点から遠ざかるように逃げていくという現象が確認されていた。

上空から高解像度カメラで撮影した地元のジャーナリストは、鳥獣が異常行動を起こすという範囲の中心付近に、さらに異常な物を見つけた。

それは人型の機械だった。

移動をほとんどせず、1体の機械を残りの5体が守護するように囲む。

形状の違いから見ても、中心の1体が特別なのだろう。

ヘリの高度をさらに下げるよう、ジャーナリストはパイロットに命じた。

しかし、パイロットからは意外な返事が返ってきた。

「ダメです!機体に、異常な負荷がかかっています!」

「何だって?」

『負荷』などという曖昧な言葉では分からない。詳細を問い質そうと口を開いた時、ジャーナリストは異変に気づいた。

大気が、震えていた。


***


砂漠のピラミッド付近では、オルフェア貴族プロリア・プロンスが出現していた。

既に起動したウォーメイルは、砂漠の高熱が生み出す蜃気楼のためだろうか、姿がわずかに揺らいで見えた。確かにそこに立っているのに、像の輪郭が歪んでいる。

砂塵を巻き上げて、戦車が次々と向かってくる。

しかし、プロリア・プロンスは、全く怯むことがなかった。

戦車が弾丸を撃ち始める。高い精度で撃ち込まれる弾の嵐。

プロリア配下のソルジャーウォーメイル達は、銃を撃って応戦した。

遠く離れた日本での、十字市における最初の襲撃では、たった3体のウォーメイルに現地の軍隊ガーディアンズはなす術もなかった。

今、この場にいるソルジャーウォーメイルは6体。それだけで、勝負は決したようなものだ。

事実、ソルジャーウォーメイルが撃つオメガプライムの光弾は、戦車に当たれば一撃で沈黙させる威力。対して、ソルジャーウォーメイルに戦車の弾丸が当たっても、応える様子はない。

地面に着弾した弾丸が、砂の煙幕を絶え間なく作り出す。

その煙幕に紛れて、砂漠を這う影。大蛇のように、黒い影が戦車の一団に迫るが、砂煙のために姿は見えない。

その影が並ぶ戦車の真ん中で立ち上がった。

水柱が立ち上るかのような光景だったが、瞬時にその水柱が形を成す。

正体が明らかになる。像は揺らいでいるが、それは確かにウォーメイルであった。

プロリア・プロンスのリンクしたウォーメイル。

その機体は、水のように流動的。

戦車を殴る。水の流動性を持つにも拘らず、同時に硬さを兼ね備えている。

その硬い拳は、戦車を叩き潰すには十分であった。

爆散する戦車。

その炎を背に、溶けるように、再びそのウォーメイルは形を崩した。


***


オーストラリア大陸のウルル。

夜空の下、その一枚岩のすぐ傍で、戦闘は繰り広げられていた。

オーストラリア軍の軍用ヘリが一機、貫かれて炎上、墜落していった。

硬く細い槍のような武器が地上からそれは伸び、ヘリの真ん中を抉ったのだ。

しかし、それは槍ではなく、伸びたウォーメイルの腕。

射撃のために高度を下げたヘリを、そのウォーメイルは腕を伸ばして撃墜したのだ。

「ああ、実に面倒だ……さっさと終わらせようぜ」

つまらなそうに言う。

リンクしているのは、爵位ヴァイカウントの貴族、マグナ・モルフォ。

腕を伸縮させる機能を有した彼のウォーメイル。

名は、エクステンドウォーメイル。


***


アメリカのニューヨークで、ウォーメイルは猛威を振るっていた。


無数にいる市民達は既に避難し始めており、今は軍が出動し、迎撃している。

戦車が並び、ヘリも集まる。それら全てに、威力重視の武装が搭載されている。何より、数が多い。戦車もヘリも、その他の支援車両なども、とにかく投入されている戦力の総量がかなりのものであった。2117年の世界においても、およそ100年前同様、世界最高の軍事力を誇るのはアメリカである。

だが、ロンゲル・ポーラントのウォーメイルは、その物量を問題にもしなかった。

複数の戦車が照準を合わせたときには、もうそのウォーメイルは姿を消している。

そして次の瞬間には、何もいなかった場所から銃撃を受け、戦車やヘリは沈黙。

その繰り返し。


ロンゲル・ポーラントのウォーメイルは、その名をインビジブルウォーメイルという。

『invisible』が表すように、この機体は不可視、つまり透明化の能力を有していた。

「……勝ち目はないぞ、地球人!」

声は響いたが、姿は見えない。

それはまるで死神のように、戦場で命を刈り取っていった。

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