#3.6 "宣戦布告"

居住区域の外縁部へ歩きながら、久馬那一は千崎薫から、昨日から今までの彼女の状況を聞いた。

彼女はケガもなく、両親の無事も確認したらしい。

薫も那一の状況を聞いたが、色々とありすぎて説明に時間がかかりそうなので、簡潔に「無事だったよ」とだけ言った。

彼の置かれている状況を詳しく聞けば、彼女は『無事』という言葉を否定するかもしれないが、ともかく彼の基準では『無事』。嘘ではない。


那一はもう一つ気になっていることを、彼女なら知っているかと思い、尋ねた。

「竜平は?」

瞬間、薫の顔色が青ざめた。

鋭敏にそれを察知した那一は、最悪の可能性まで仮定する。

「まさか……」

「ううん、木島くんは無事だよ……ケガもない……」

だが、声色は明るくならない。むしろ、ますます暗くなっていく。

内容の明るさとトーンの暗さ。その矛盾は、人間の無意識に揺さぶりをかけ、不安を増長させる。


「……木島くんのお母さんと妹さん…亡くなったんだって……」

その言葉が解答。

那一は理解した。

「そう……」

何も言わない。何も言えないのだ。

最適解は見つからない。

竜平は今頃どうしているのだろうか。ただ、そう考えた。


那一自身も、両親を失っている。

だが、その時はどうしていたか、まだ9歳の頃の記憶を、彼はもう忘れてしまった。


薫も那一も何も言わないまま、時は流れる。

唐突に、廊下中にアナウンスが鳴り響いた。

「久馬那一さん、ガーディアンズ本部までいらしてください。繰り返します、久馬那一さん………」

自分を呼ぶこの放送を聞き、那一は歩き出そうとした。だが、それを引き留めるように、思わず薫は彼の服の袖を掴んだ。

「待って、那一!」

那一は薫を見る。

彼の目は、彼女を射抜くように見つめる。

昔から変わらない。彼は、目を逸らすことをしない。

だからいつからか、薫も那一と話すとき、必ず彼の目を見つめるようになった。

「那一は……本当は今、何をしてるの?」

気になっていたことだった。

彼の『無事』は、きっと普通のレベルの無事ではないだろう。あくまで直感に過ぎないが、那一はきっと、何か大きなものに関わっている。

そんな、幼馴染みの勘だった。

「今は、まだはっきりと決まってない……でも、僕は大丈夫だから」

あっさりとそう言い、こちらに軽く手を上げてから那一は立ち去っていった。

薫はもう引き留められない。

最後の、『僕は大丈夫』という言葉。言った那一自身は、全く嘘を吐いていないのだろう。しかし、彼の『大丈夫』を客観的に見れば、やはり『大丈夫』などではないはずだ。

「……ホントに今、何をしているの?」

問いかけても答えを得られない疑問は、小さな呟きとして、泡のように空気中に霧散していった。


***


ガーディアンズ本部に戻った那一は、ひとまず本部の受付まで赴く。名乗ると、すぐに久馬優吾中佐の執務室へ行くように指示された。


向かった執務室にノックして入ると、机には当然兄の姿があった。

用件は簡単、那一のガーディアンズ入隊が正式に決まったということだった。

『真兵』での入隊で、階級は『特別准尉』。

この『特別准尉』という階級は、今回のイレギュラーな状況を考慮して作られた階級である。本来の『准尉』と変わらない権限と義務を有するが、同時にガーディアンズ新規入隊員として、訓練を要することを意味する。

つまり権限を持つが訓練生扱い。

那一は頷いた。

そんな様子を見て優吾はまた複雑な気分になるが、とりあえず会議結果が那一にとって有利に運んだことを喜ぶことにする。

「……入隊の正式な指示は、書面にて後日伝えられることになっている。直属の上司もその時には決まっているはずだ」


優吾に「休め」と言われ、那一は昨夜からあてがわれている部屋へ行き、ベッドに横たわった。

もう日は暮れた。

だが、オルフェアの初攻撃からはまだ1日プラス数時間といったところだ。そう計算し、仰向けで天井を見上げながら、薫から聞いた話を思い返す。

竜平の母と妹が亡くなったという話。彼の家は母子家庭で、兄妹は妹一人だけだったはずだ。

つまり、その1日プラス数時間前を境に、竜平は孤独になったのだ。

そして、一度失われた人はもう二度と帰ってくることはない。いなくなったまま、今度は自分がこの世から消える日が来るまで、その喪失は消えない。


いつの間にか、那一は眠っていた。

やはり疲労が溜まっていたのだろう。

それも当然で、アームウォーメイルとの戦闘以降、那一は睡眠をとっていなかったのだ。


夢を見る。

金属製の人型兵器が街にやって来て、その兵器と戦う夢。

戦う那一自身もまた、金属の鎧を纏っていた。

彼は夢であることを分かっている。

しかし、この夢は、現実と差異はない。


***


オルフェアの王都ルシエルも、夜更けを迎えていた。


地球と同じように太陽一つに照らされた球体の惑星であるオルフェア。

この惑星上に散らばる6人のデュークの領地は、時差によって王都とは異なる時刻を迎えていた。

6基のゲートキーを同時に起動する時が迫る。

王都でも夜を徹して、各地の情報を集め、統合する。

既に全デュークのゲートキーにオメガプライムが十分に充填されており、デュークの代わりに出撃する貴族達も、ほとんど準備が完了している。同時に、ウォーメイルの整備も万全のようだ。

今回の同時攻撃は、地球全域に対する攻撃と牽制。

この王都の『位置座標に対応する』都市だけでなく、地球の全国家に対する宣戦布告でもある。


1時間後、全デュークにゲートキー起動の指示、加えて出撃が命令された。

ほぼ同時に、惑星オルフェア上と地球上の、位置座標が対応する6ヵ所それぞれを繋ぐ『次元のトンネル』が形成された。

オルフェアから貴族と兵士が、地球各地へと出撃する。


***


地球。

モンゴルの大草原。現在もごく少数の遊牧民達が生きる広大な世界。

時刻は夜。風が草を揺らす。


そこに降り立ったオルフェア貴族とその兵士達。

貴族の名はケイ・アスフォント。

まだ若い貴族で、爵位はアール。快活な性格がその外見からも窺える、陰の無い男。

「さあ……それじゃ、始めようか!」

メイルキーを取り出した。


***


同時刻。

フランスのパリは、午後の日差しがうららかに注ぐ。数百年前から変わらぬ、洗練された都市。

降り立った貴族はミンス・ニューロ。爵位はアール。

日に焼けた肌と、大きな体躯。

この洒落た街にはやや不釣り合いなほどに豪快な彼は、六柱が一人…ジェイド・ブドールと親しい。

「これが地球か!なかなかいい場所じゃねえか!」


***


同時刻。

アマゾンの森林。

その縁の辺りに、オルフェアのバロン、ジジリナ・キュベリアが転送された。

初老の彼は、セイム・カリリオンの爵位継承式にも出席しており、同じく出席していたゴウロ・チルスとも親交が深い。

無口だが実直で、決して慢心することの無いゴウロ。その彼が敗れたという情報を聞き、ジジリナは地球に対して警戒を強めていた。

「いやはや、油断はできませんね……気を引き締めましょう」

そう言い、部下を鼓舞した。


***


同時刻。

エジプトの砂漠に、その男は出現した。

名はプロリア・プロンス。爵位アール。

遠景には、夕陽を浴びてやや朱に染まるピラミッド。

プロリアはその巨影を仰ぎ見、その冷静な表情を崩さぬまま、感嘆を口にした。

「この砂地にここまでの建造物……地球人もなかなか面白いことを考える」


***


同時刻。

オーストラリアの中心。

そこに鎮座する巨大な一枚岩、ウルル。またの名はエアーズロック。

夜の闇の中で、山と見紛う巨岩。

その付近に転送された貴族は爵位ヴァイカウントのマグナ・モルフォ。

マグナはだるそうに欠伸をし、実に正直に語る。

「面倒だが、サタ・コーシュ様からの出陣要請は無下にできねえ……。ちゃっちゃと終わらせたいもんだねぇ……」

やはり大儀そうに、彼はメイルキーを出した。


***


同時刻。

アメリカ東部は朝。

巨大都市の並ぶ、通称メガロポリスの中でも特に大規模な都市、ニューヨークのビル街に、オルフェア貴族ロンゲル・ポーラントは現れた。

突如として現れたロンゲルや彼の部下。それに驚いたニューヨーク市民達が空間を空け、ロンゲル達を取り囲む状態になる。

ロンゲルはそんな人々を冷たく一瞥した。

「さて、地球人へ宣戦布告、そして蹂躙だ」


***


ほぼ同時に世界の6ヵ所で、始まりを告げる声が上がった。

「起動!」

ウォーメイルとリンクする引き金となる宣言。

それは、地球への宣戦布告であった。

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