#3.5 "兄と弟の最適解"
地球。
日本、十字市。
オルフェア本部に隣接するように建造された、緊急避難用シェルター『コクーン』。
オルフェアからの最初の襲撃は昨日の日中。
まだ記憶は鮮明で、避難民達の間に混乱は絶えない。
日没後の現在も、コクーンの中では忙しなく人々が動き回っており、ガーディアンズ隊員は様々な事態への対応に追われている。
久馬那一は、オルフェアの襲撃から丸一日以上経過した今になって初めて、このコクーンへと入った。
那一はコクーンの通路を歩きながら、周囲を見回した。
人が無秩序に動き回っている。
これもコクーン内ではある程度の行動の自由が保証されているからだ。厳しく行動を制限することもできるが、そのような方法では一見して避難民の管理が楽になっても、最終的には人々のストレスが蓄積されて暴発し、収拾困難な事態になる可能性が高い。ゆえにガーディアンズではこのような方法が採用されている。
彼には特に目的地はなかったが、せっかくコクーンに入ったのなら探しておきたい人間がいた。
十字第一高校に通う友人達、特に幼馴染みの千崎薫や、クラスメイトの木島竜平。
彼らの安否は確認したい、と同時に自分が無事であることも知らせておきたい。
兄の優吾が言っていたように、おそらく那一はガーディアンズの組織に組み込まれるだろう。オルフェアとの戦争がいつまで続くかは分からないが、戦力として重要な自分は、戦争終結までは確実に軍の命令下に置かれる。
そうなれば、もう自由は無くなるはずだと理解していた。
那一自身は今の自分の置かれた状況に大きな不満は無い。だが、那一自身がそのように割り切って考えても、周りの人間はそうは考えないらしいとも分かっていた。
例えば優吾は、那一が軍に配属されるであろうことを伝える時、憂鬱な顔をしていた。
きっと今頃は、那一がガーディアンズに入隊させられるか否か、上級隊員達が会議を続けているだろう。まず間違いなく階級無しの『仮兵』としての入隊になるであろうと、那一は思った。
***
ガーディアンズ本部。
久馬那一の処遇を決める会議。
既に、那一をガーディアンズに入隊させることは決定している。
次に始まったのは、身も蓋もなく言えば、久馬那一という戦力をガーディアンズ内でどのように運用していくか、ということだ。
具体的には、那一をどの身分で入隊させるか、また入隊後は誰を直属の上官として就けるか等々。
通例であれば、一般市民がガーディアンズに入隊すれば、まずは階級無しの『仮兵』から始めることになる。
ガーディアンズにおいては、隊員は最も大きな分け方では『仮兵』と『真兵』に分けられる。『仮兵』は階級がなく、任務内容や専門分野の違いはあれど、地位は皆横並びだ。一方で『真兵』は階級が与えられ、下から、准尉、少尉、中尉、大尉。准佐、少佐、中佐、大佐。さらには、准将、少将、中将、大将。
そして、ヒエラルキーの頂点には元帥がいる。
これらの階級が割り振られる『真兵』は様々な権利を与えられ、給与も含めた待遇はかなり良い。ただ、権利にはそれに見合うだけの義務が付き物で、真兵の責任は仮兵よりはるかに重い。
那一をどのような身分で入隊させるか。それは言い換えれば、彼にどれほどの権利と義務を与えるか。
「通常通り、仮兵として入隊させて構わないのでは?」
出席する隊員の1人がそう言い、何人かが賛同する。特に他の意見が出るわけでもなく、しばらくは同調するような空気が流れた。
そんな雰囲気の中、久馬優吾中佐は手を上げた。
「発言を許可する、久馬中佐」
優吾に注目が集まる。当然のことながら、肉親である彼がどのようなことを述べるか、その点に誰もが関心を抱いていた。
立ち上がって、一呼吸おいてから優吾は意見する。
「……私の意見としましては、久馬那一を、『真兵』として入隊させるべきであると考えます」
この発言に、にわかに室内はざわついた。
***
コクーン内部。
那一は、千崎薫や木島竜平もいるであろう、市民の生活エリアへと足を向ける。
広いコクーン内部は、目的地まで歩くだけでそれなりに時間がかかる。
歩いているうちに、脳裏に別の記憶がよぎった。
***
那一がガーディアンズに入隊させられるであろうという話を、リエラ・シューヴァントも少し離れた場所から聞いていた。那一自身は気付いていなかったが、優吾の話した内容はほぼ全て聞こえていたらしい。
優吾が会議に向かってから少し経って、リエラは唐突に、那一に問うた。
「本当ですか、今の話は?」
返事は首を縦に振るだけ。だが、これ以上ない肯定のサインだ。
「そんな……」
那一はその様子を見て、不思議に思った。なぜ彼女は、そこまで悲痛な顔をしているのか、彼には理解できない。
「軍属を……回避する方法は本当に無いんですか?」
「難しいかと……それに、回避する理由もないですし」
即答。
今度はリエラが疑問を抱く。なぜ彼はここまで迷い無く戦いに臨むのか、それが分からない。
それから、2人は互いの意図を理解しきれないことから生じたズレを持て余し、ぎこちない沈黙がしばらく続いた後に別れた。
***
那一には今思い返しても分からない。
軍に属することは、そこまでの話だろうか。むしろ、那一しかクレフを扱えない状況では極めて当然の判断であって、最適解であるはずだ。
リエラとの会話を反芻している間に、目的地の区画まで来た。
居住区域は、一部屋につき数十人が寝起きできる部屋が、廊下に沿って両側に、びっしりと並んでいる。精密に作られた、虫の巣のようだ。
この中に、千崎薫や木島竜平が割り当てられた部屋もあるはずだった。
見知った顔を探して、那一は廊下を歩いていく。誰か、高校の知り合いを見つければ、そこで情報を得ようと思っていた。
しばらく歩いて、偶然にも、視界の端に求めるものが映り込んだ。
すぐ近くで1人の少女が、同じようにこちらを見ていた。
見慣れた顔、千崎薫だった。
「那一……!」
***
久馬優吾中佐が、弟である久馬那一を『真兵』で入隊させるべきと、そう言った。
会議は熱を帯びる。
圧倒的多数の反対、疑念、非難。
事態を収拾するために、桐原中将が優吾に尋ねる。
「久馬中佐、なぜそう考える?その理由を説明してほしい」
同意する声が上がり、またしても部屋が騒がしくなり始める。
その最中、優吾は落ち着き払って答えた。
「明朝の戦闘、その記録映像をここにいる全員がご覧になったと思います」
一同の沈黙という肯定、それを受けて彼は論を進める。
「ならば分かるでしょう……彼には、非凡なる戦闘の才がある!」
洗練された動き。迅速な判断。武器を囮にした奇襲。切札を使うタイミング。
それら全てを、あの一戦で那一は見せた。
優吾の言葉に対するは、やはり一同の沈黙。これも肯定だ。
「だからこそ、彼を『真兵』として入隊させることで、彼の枷を外し、同時にガーディアンズから容易に去れないようにする……それこそが、組織にとって益の大きい判断だと考えます」
そう締め括って優吾は座る。
筋道立った意見で、表立った瑕疵が見つからない。その程度には論理は正当であるはずだ。
ただ、ある意見に対して、抉るべき傷が存在しないとき、人はその意見を受け入れる。あるいは、論点をすり替える。
それは、議論という戦争において、戦場を変えることを意味する。
一人の大佐が声を上げた。
「久馬中佐……あなたは、自分の身内だからといって、便宜を図ろうとしているのではないか?」
『粘着質』とでも表現できるような、ねちっこい声。
その大佐の声を聞きながら、桐原中将は密かに眉をひそめた。
彼は、以前より久馬中佐を毛嫌いしていた。40近い年齢で大佐に昇級した彼は、若くして自分の地位に迫る久馬中佐が気に食わないのだろう。
優吾の中で、何かのスイッチが入った。
頭は冷静。だが、心の中で煮えたぎるような思いが渦巻く。
彼の頭脳は、その熱い感情を吐き出すという戦略をとった。
それがこの場での最適解になるだろう、と計算して。
「『自分の身内』、ですか……」
冷えた声。
その場のほとんどが、空気が冷えたのを感じた。
「失礼ながら、大佐は『身内』としての思いを分かっておられない」
「何?」
口調がより険悪なものになる。
だが、優吾は全く動じずに続ける。
「……私が『身内』として意見を述べるならば……久馬那一のガーディアンズ入隊それ自体に、断固として反対する!」
怒声に近い剣幕。10歳以上若い優吾のプレッシャーに、絡んできた大佐も怯んだ。
優吾はなおも言い募る。
「しかし、私は『ガーディアンズ中佐』としての立場から……」
「もういい、久馬中佐。君の意見は十分に理解した」
元帥の声が、この論争に終止符を打つ。
「では、採決を」
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