#3.4 "愚者は誰か"
オルフェアのシェンテ村。
走り出すシュバリアは、剣先をフールウォーメイルに向けた。
周りのソルジャーウォーメイル達が撃つエネルギー弾は、半数はシュバリアの盾に遮断されるが、もう半数はシュバリア自身に命中している。
だが、シュバリアは足を止めず、フールウォーメイルへと接近。
その様子に怯み、フールは対応が遅れた。
もう虚像を出現させたところで意味の無い距離。
騙し討ちは封じられた。
「チィッ!」
フールが剣を構える。
銀色の光沢。
一瞬の後に、その輝きはシュバリアの剣の輝きと激突し、甲高い音が響く。
銃声がほとんど絶え間なく鳴り続ける、この戦闘の騒乱の中でも、2本の剣が交わる音は誰の耳にも届いた。
オメガプライムが直接流し込まれているため、シュバリアの剣は薄く赤味を帯びている。
剣の性能としてはシュバリアの物の方が上。
つまり、剣同士が交わったままの均衡状態が続けば、それはやがて覆しがたい優劣へと移行していく。
だからフールウォーメイルは、その前に手を打った。
フールウォーメイルの姿が変化する。
今度の虚像は、人間の姿ではなかった。
フールウォーメイルの姿が歪んで、代わりに結んだ像は、巨大な腕を有する機械兵。
セイムもその姿は知っている。
貴族ゴウロ・チルスの使用するオンリーワン、アームウォーメイルだ。
ホロウ・ブナーガヌは、アームウォーメイルの姿になれば一瞬でもシュバリアの力が緩むと思った。
実際にアームウォーメイルがそこにいないことを理解していようと関係ない。『その実在が現実では無い』ことをいくら自覚していようとも、『今、この場にアームウォーメイルの姿が見える』ことは紛れもない事実。
虚像によって作り出した隙を活かして逆転の糸口を掴もうと、彼は考えていた。
しかし、現実は違う。
その企みは虚しく、虚像を見てもシュバリアの剣は全く鈍らなかったのだ。
むしろ力が強くなっている。
アームウォーメイルの姿のまま、呻く。
先程も鍔競り合いの際に人間の姿に変化したが、その時は剣は鈍ったはず。なのに今は、シュバリアの力は決して緩まない。
ホロウの脳裏を、疑問が駆け巡る。
ホロウ・ブナーガヌは、人間の感情というものを、単純化して捉えていた。
人間の感情は不完全。虚を突かれれば隙ができるもの。
そう単純化し過ぎていたため、理解しきれていなかった。
人の感情は、単純化したモデルで一元的に把握できるほど、固定化されたものではない。
たとえ戦闘中であろうと、人の感情はゆらゆらと変動し続ける。
先程は動揺したことにも、今はもう、セイムの心は揺らがない。
渾身の力を込めて、シュバリアは一気に剣を押し込む。掛けられた力に対応しきれず、フールウォーメイルの剣は手から落ち、そのまま後退。
生み出していた虚像は解除され、フールウォーメイル自身の姿が露になる。
シュバリアはさらにもう一歩、足を踏み出す。
騎士の足は力強く地を踏みしめ、フールウォーメイルとの間合いを最適なものとする。
シュバリアの左手が、ベルトのバックル左部分にあるレバーを掴み、引いた。
それは、クレフのサモナーにもついているレバーであり、オメガプライム使用量のリミッターを解除するものだ。
引き絞った時、電子音声が告げる。クレフのそれとは異なる、男性の声で。
「プライムバースト」
セイム・カリリオンの意思に従い、解き放たれたオメガプライムは右手を伝い、剣へと流れ込む。
剣は今、刀身が見えないほどに溢れ出す赤い光に包まれた。
横一閃。
高速で振り切られた剣。
真一文字の斬撃。
軌道は赤く、残光は見る者の目を焼いた。
斬られたフール。
その光景は虚像でも幻でもない。
フールウォーメイルは爆散した。
破片が飛び散る。
フールウォーメイルの爆発した場所に、ホロウ・ブナーガヌの体が出現する。ウォーメイルの破壊によって、肉体が亜空間から戻ってきたのだ。
ホロウは立ったまま、よろめいていた。胸から腹の辺りに、痺れたような感覚と痛みが残っている。ウォーメイル状態で斬り裂かれた箇所だ。
ウォーメイルとしては致命傷を受けたが、現実の肉体に伝達されたダメージはわずかであった。
だが、ホロウの視界が揺れる。
彼の膝が小刻みに、等間隔で震える。怯えているのだ。
セイム・カリリオンが変身した機械騎士シュバリア、その力の前に、フールウォーメイルは砕かれた。
「成り上がり」と蔑んだ者に敗北を喫した。
ホロウの目の前にはシュバリア。バイザーの青い瞳がホロウを睨む。
既に武器を持たないホロウは身の危険を感じるが、シュバリアは剣を腰の鞘に収めた。
まだ、青い光がホロウを見据えている。
「去れ、ホロウ・ブナーガヌ」
突き付ける冷酷な言葉。
シュバリアの剣同様に、その鋭利さは敵を貫く。
はらわたが煮え繰り返るほどの怒りをホロウは覚える。しかし同時に、見せつけられた力量差を、現実として受け入れるしかない。
「……貴様、バロンの力ではないな」
ぽつりと口の端から漏れるのは、ただの実感。
その言葉に対して、肯定も否定もせず、シュバリアは答える。
「……私はこれ以上の爵位を得ることはないでしょう……カリリオン家は、『成り上がり』ですから」
皮肉ともとれるその言葉だが、ホロウにはこれが本心からの言葉だと分かった。虚構を操るウォーメイルの使用者であるからか、ホロウはある程度、他人の嘘を直感的に看破できる。しかし今、セイムの言葉からは嘘偽りが感じ取れなかった。
そのことすら腹立たしく、怒りを抑えながらホロウ・ブナーガヌは言う。
「フン……もうこの村に用はない」
それもまた、精一杯の虚勢。
実際は、特殊武装のウォーメイルを失ったホロウは、力を失ってしまった。彼自身が、ゴウロ・チルスと同じ状況に追い込まれたわけだ。
部下に帰還を命じるホロウ。
シュバリアの挙動に警戒しながらも、配下のソルジャーウォーメイル達がホロウの元へ集まる。
対するシュバリアは身振りで部下に指示し、捕らえたホロウの兵士も解放する。
夕刻だった。
地球同様、オルフェアでも、茜色が世界を染める。
ホロウ・ブナーガヌとその部下達が、飛行機に乗って帰還していく。
空の果てに小さくなって消えていくのを確認し、シュバリアはその鎧を解いた。
そしてセイム・カリリオンの姿で、改めて村人達の前で宣言する。
「ゴウロ・チルス殿が領地に戻られるまでの間、私セイム・カリリオンの名において、このシェンテ村を守護する!」
その声の力強さに村人は安堵し、そして歓声をあげた。
***
オルフェアの王都、ルシエル。
王城の治療室。その白いベッドの上で、ゴウロ・チルスは目覚めた。
ゴウロは地球にてクレフと交戦した後、王城に帰還して敗北を報告。そしてその直後、糸が切れた人形のようにバタリと倒れたのだ。肉体に残る疲労とダメージは大きく、長時間の治療を受け、彼の状態はようやく安定した。
目覚めたゴウロは、しばらくそのまま動かず、記憶が呼び戻されるのを待った。
地球への出陣。
少年。
クレフ。
襲い来る剣と銃。
そして、最後の蹴り。
視界を覆ったオメガプライムの輝き。
敗北の記憶が鮮明に思い起こされるにつれ、無念さが戻ってきた。
王の命を果たすことができず、加えてウォーメイルも失った。
「……我が領地は、どうなっているだろうか……」
領地の守護を依頼した、セイム・カリリオンの顔が浮かぶ。
まだ幼さすら残るその顔つきは、しかし高潔さを多分に持ち合わせていた。
……さすがは、カリリオン家の後継と言ったところか、そう思ったのを覚えている。
***
オルフェアに散在する6人のデューク、『六柱』の領地。
それぞれの領地の中心都市では順次、ゲートキーの準備が進められている。
王家の目的は、ゲートキーの同時使用による、地球への一斉攻撃。
そして、ゲートキーを有する六柱は、その起動を命じられている。
六柱の中でも最大勢力を持つランス・ジルフリド。彼は王家とも特に密な関係を結んでおり、この六柱の中で王家の代理人のような役割を担っていた。
他の5人のデュークは、いくら王家の命令とはいえ、地球との戦争にあまり乗り気ではない。そんな各デュークの意思を尊重し、また各家門の当主自身が出陣しないという約束を、ランスは王家との間に取り付けた。
六柱のゲートキーで地球へと出陣するべく、それぞれの領地には既に比較的親交が深い貴族達が入っている。
彼らにしても出陣に対する思いは様々で、王家やデュークへの忠誠や義理立てから参戦する者もいれば、これを機会に戦功を立て、自らの地位を増大させようという者もいる。
ゲートキーの一斉使用まで、残された時は少ない。
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