#3.3 "虚像"
オルフェア。
チルス領とブナーガヌ領の境に位置する小さな村、シェンテ村。この、のどかな村におよそ似つかわしくない、激しい戦いが繰り広げられていた。
セイムが変身したシュバリアの剣が空気を切り裂く。刃が襲いかからんとする目標にとって、その風切り音は死神の足音に等しい。一瞬が過ぎ去り、ソルジャーウォーメイルの一体が両断される。
爆発と破砕、土煙と残骸。
その後に、ソルジャーウォーメイルは、既にほとんどが打ち倒されていた。
焦げ付いたバラバラの部品が散らばる戦場。敗北したホロウの兵士達はその場から逃走するが、次々とセイムの部下達に捕えられた。
今また、ソルジャーウォーメイルの一体が銃を撃つが、シュバリアの盾がその弾丸を防ぐ。そして、盾を前に構えたまま、距離を詰めようとした。
しかしその時、別のソルジャーウォーメイルが、シェンテ村の住民に向けて銃口を向けているのに気づいた。
怯える住民。対して、銃を構えたウォーメイルの中の人間はどんな表情をしているのか、機械の肉体では感情は分からない。
だが、その行為自体が、セイムの怒りに火を点ける。
「この、外道が!」
シュバリアが剣先を即座に、そのウォーメイルへと向けた。シュバリアの装備する剣は、その剣先が銃になっている。銃口から、エネルギー体オメガプライムで構成されるエネルギー弾が放たれた。光弾は2体の間に広がる空間を走破、過たずソルジャーウォーメイルの右腕、つまり銃を持っている方の腕を捉えた。
衝撃、そしてソルジャーウォーメイルの右手からは武器が飛ぶ。
その間にも、シュバリアは接近していた。
武器を失ったソルジャーウォーメイルを、騎士の剣が真一文字に斬り捨てる。
散るスパーク。咲く火花。爆散した機械兵。
村人は歓声を上げた。
爆発の跡に、変身解除された兵士が横たわり、気絶している。
先程は『外道』と呼び怒りを露にしたセイムも、生身の人間に攻撃を加えたりはしなかった。そもそもこの兵士とて、ホロウ・ブナーガヌの命令に従うしかない立場。
彼に憤怒を投げつけたところで、何も変わらない。
倒すべきは、ホロウ・ブナーガヌのみ。
そう思ったセイムは、ホロウの姿が見当たらないことに思い至る。
彼がウォーメイルを起動させた光景は目撃したが、ソルジャーウォーメイルの群れに紛れて、ホロウのウォーメイルを見失ってしまった。
「まさか、逃げた?」
その時、シュバリアに近づく人影、村人の青年だ。
顔には笑みを浮かべている。先程のソルジャーウォーメイルが倒されたことで、ホッとしているのだろう。命の危険が取り除かれれば、人は気を緩めるものだ。
だが、まだここは戦場で、倒されていないソルジャーウォーメイルが何体もいる。
油断してはいけない。
「まだ離れていてください!」
そう呼びかけながら、青年を背中に庇うような体勢を取る。ソルジャーウォーメイルが青年を狙わないように。そして、仮に狙われても、盾とこの身で、彼を守れるように。
だから、セイムは気づかなかった。
砂漠の蜃気楼のように、青年の姿が歪んで霞んでいったことに。
その右手が、鋭く光る何かを持って、シュバリアの背中へと突き出されたことに。
背中に感じる衝撃。
首を巡らせ、シュバリアは背後を見る。
青年の姿が消え去り、そこに立っていたのは一つ眼ののウォーメイル、ホロウがリンクしたウォーメイルだった。
「ぐっ!」
呻きながらも、シュバリアは逆手に持った剣を真後ろへ突き出す。
その時にはもう、ホロウのウォーメイルは後ろに跳んでおり、剣は何も貫きはしなかった。
向かい合う2人の『バロン』。
ホロウのウォーメイルは、一つしか目がない頭部に、骨を編んで構成したような異形の体。
シュバリアが剣を突き出し、空を突くその剣先から放たれる弾丸。
ホロウのウォーメイルはそれを右手の剣で防ぐ。シュバリアを背後から刺すのにも使われた剣だ。
その直後、複数方向からの銃弾がシュバリアを襲う。まだ残っているホロウ配下のソルジャーウォーメイルからの援護射撃であった。
「くっ!」
銃弾を浴びながらも、シュバリアは真っ直ぐに、ホロウのリンクしたウォーメイルへと向かう。
斬り結ぶ両者。至近で睨み合う瞳。
だが、次の瞬間、再びホロウのウォーメイルの姿が揺らぐ。
金属の外見は失せ、代わりにその場所には、少女の姿が出現した。
突如として視界に現れた異変に、シュバリアの剣は鈍る。
「ハッハッー!」
ホロウの嘲笑が聞こえ、現実に戻った頃にはもう、シュバリアは蹴り飛ばされていた。
蹴ってきたのは間違いなく目前のウォーメイルで、少女の姿など既にどこにもない。
後退してよろめいたシュバリアに、追い討ちの銃弾の雨が襲いかかる。
今更ながら盾を構えて、可能な限りの防御をする。
シュバリアは、ホロウのウォーメイルを見据え、言い切った。
「なるほど、それが貴公のウォーメイルの能力か……」
ホロウのウォーメイルは応える。
嘲笑うように。
「ほう?見抜いたか」
「ああ、『自らの姿を偽る』能力、なんだろう?」
「ククッ、正解だ」
ホロウがリンクした、不気味なウォーメイルの固有能力。
それは、自身の姿を別の姿に変える。ただし、姿を変えると言っても、それは実体を伴う変化などではなく、誰の目にも等しく映る幻を見せるに過ぎない。
自身の体をあたかもスクリーンのようにして、虚構を投影する能力。
機体の名称は、『フールウォーメイル』。
「このウォーメイルの銘は、相対する敵に手向けられるものだ。我が身に映す虚像、その幻に惑わされる貴様は、まさしく『愚者』」
嘲りと傲慢を多分に含んだ声で、ホロウ・ブナーガヌは饒舌に語る。
セイムがこの声を聞くのは、今日何度目だろうか。
フールウォーメイルは、剣先でシュバリアを指し示す。
「そう、成り上がりの家系の、貴様には相応しい肩書きだ!」
セイムは自覚している。
カリリオン家は、由緒正しい家柄などではなく、その出自は遡ればたかだか100年にも満たない。
初代当主アスラ・カリリオンは、オルフェア統一戦争において多大な功績を挙げ、現在のオルフェア王家であるシューヴァント家から、貴族を名乗ることを許された。
それが、貴族としてのカリリオン家の発祥。
他の貴族のように、統一戦争以前からの家柄ではない。
さらに、先代ギーク・カリリオンの早逝ゆえ、遺されたセイムはまだ少年と言っていい年齢。貴族としては、未熟極まりない。
それでも、とセイムは思う。
目の前の男は、己の欲望を押し通すために、民を危険にさらしている。
それが、貴族として正しい振る舞いなのか。
未熟な半端者の自分は、それを是とするのか。
機械騎士シュバリアの、青い瞳は爛々と輝く。
その鎧の中にいる者の、強固な意志を体現するように。
フールウォーメイルはややたじろぐような素振りを見せる。機械同士、外見から互いの感情を具に読み取ることなどできないが、人間の意識が入っている以上、わずかながらでも感じ取ることはできる。
「……僕は、あなたを認めない」
セイム・カリリオンは宣言する。
『バロン』の階級を持つ貴族としての言葉でも、カリリオン家当主としての言葉でもない。
まだ未熟な、貴族たらんとする少年としての言葉だった。
周囲から殺到するオメガプライムの弾丸を掻い潜り、シュバリアは前へと足を踏み出す。
***
地球。
十字市のガーディアンズ本部では、重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
原因は、クレフの資格者選定の結果だ。
選定の結果は簡単、『久馬那一以外の人間は、クレフに変身することができない』。
彼が最もクレフを使いこなすことができる。故に、サモナーは彼以外の者を拒否した。
この結果に、ガーディアンズの隊員達は頭を悩ませていた。
正隊員にクレフを任せるプランは成り立たない。
ならば、選択肢は2つしか残されていない。
会議室に、ガーディアンズの上級隊員が集まっている。
大佐以上の階級を持つ者、それに加えて久馬優吾中佐。
彼が呼ばれたのは彼自身の能力が高く評価されているためでもあるが、同時に、この件に関しては、彼がガーディアンズ内で最も関連が深いためでもあった。
ガーディアンズ総帥、間堂臨十郎が口火を切る。
「クレフの資格者である久馬那一少年、彼をガーディアンズに入隊させるか否か、それを決める」
まず、大佐の一人が、状況を簡潔かつ正確に伝えていく。
優吾はただ、沈鬱な気分で話を聞く。
この会議の結果はもう見えている。そして、その結論には、たとえ那一の唯一の肉親である優吾も、反論しようとは思わない。
そうせざるを得ないと、嫌というほどに知っているから。
会議は円滑に進んだ。
異論は誰も挟まない。
「……では、久馬那一を、ガーディアンズに入隊させることを決定する」
そして下された最終決定。覆ることはない。
優吾は、こちらを気遣わしげに見ていた桐原中将の視線にも気づかず、約1時間前に弟と話した場面を思い返していた。
***
会議からおよそ1時間前。
大佐以上の隊員と優吾に、召集命令が掛けられた。
優吾はこの時にはもう、その会議が何を取り決めるために行われるのか、そしてその結論まではっきりと推測していた。
クレフの資格者選定が終わり、研究室の椅子に腰掛けて休息していた那一。
その前に立ち、優吾は話しかける。
「……那一」
「どうしたの、兄さん?」
問い掛けられて初めて、優吾はどう切り出すべきか迷った。だが、この聡明な弟ならばどう説明しても理解するであろう事に思い至り、強引に切り出した。
「……お前、ガーディアンズに入隊することになるぞ」
「やっぱりそうか」
あっさりと答える。
現状、オルフェアのウォーメイルに唯一対抗できる兵器、クレフ。
そのクレフを唯一使用できるのが那一ならば、彼を国防機関であるガーディアンズの組織に組み込もうとするのは当然のこと。
「はっきり言うが、お前に拒否権は無いに等しい」
あえて無情に真実を告げる。
「だが、それでもお前の意思を聞いておきたい。お前はどう思って……」
「構わないよ、僕は」
優吾の言葉は、簡潔な那一の返事に遮られた。
「それが、僕のするべきことだろうから」
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