#3.2 "機械仕掛けの騎士"

ホロウ・ブナーガヌが突如もたらしたゴウロ・チルス敗戦の情報と、ホロウによるシェンテ村の統治宣言。

実に身勝手で、筋道の通らない宣言だ。ゴウロの代わりに彼が村を「守る」と言ったが、一体何から「守る」と言うのか。むしろ、チルス家の弱体化を引き金に、この村が外敵の危険に晒されるとしたら、それはホロウ・ブナーガヌの侵攻をおいて他にない。つまり外敵自身が「外敵から守る」と言っているのであり、本末転倒だった。

だが、そんなことを声を上げて言う者はいない。この場において力ある者はホロウおよびその兵達であり、強者に逆らうことは破滅を意味する。そのことを理解した上で、ホロウもこの宣言をしたのであった。


その時、空気を裂いて機械の駆動音が響いた。

上空からだ、人々が天を仰ぐ。

今しがたホロウ・ブナーガヌ達が乗ってきた飛行機とほぼ同型の飛行機。ただし、飛来してきた方向はブナーガヌ領と真逆、つまりチルス領の中心に向かう方角であり、その先にはチルス領と接するカリリオン領がある。


飛行機はブナーガヌ家の飛行機と向かい合うように、すぐ近くに着陸した。

下りてきたのは一人の少年、だがカリリオン家当主、セイム・カリリオンだ。

セイムは鋭い目つきでホロウの方を見る。

「ブナーガヌ殿、いかなる用件でこのチルス領に立ち入ったのですか?」

ホロウは苦々しげに返す。

「貴様こそ、なぜこの場にやって来た?」

同じバロンにも拘わらず、ぞんざいな口調。家督を継いだばかりのセイムをなめているのだが、セイムはよどみなく応じる。

「私はゴウロ・チルス殿の出陣前に、直々にチルス家領地の守護を依頼されている」

きっぱりと言い切った。微塵も反論は許さないといった風に。

当然、ここまで言われてホロウが面白いはずはない。やや激した口調で言った。

「黙れ!……貴様のような『成り上がり』の貴族が、他の貴族の領地まで守れるわけないだろう!」

と、そこまで言ったところで彼は何か思いついたらしく、尊大な笑みを浮かべた。

「……いっそ、この場で試してみようではないか。そして思い知るがいい、格の違いというものを!」


そう言うやいなや、ホロウ・ブナーガヌの兵士達が戦闘の構えを取る。

皆、メイルキーを取り出していた。

「起動!」

唱和する声が消えぬうちに、兵士達は光に包まれて、直後には機械の体を手に入れていた。ソルジャーウォーメイルが転送されたのだ。シェンテ村の人々が悲鳴を上げた。武力は時に、存在そのものが人を恐怖させる。

にも拘らず、その元凶である当のホロウは、そんなことには一切関せず、ただセイムを挑発するように睨み付けている。


「くだらない……」

セイムは吐き捨てるように呟いた。怒りは声に現れる。

後ろに控えていたセイムの臣下達、そのうちの一人が尋ねる。

「どうしますか?」

「お前達は村人に害が及ばぬよう、気を配っていてくれ。……戦うのは、私だけでいい」

そう言ってセイムは、自身の腰にベルトを巻いた。

銀色の金属。それは、クレフが用いるサモナーとよく似たベルトだったが、違う点としてバックル右部に鍵穴が開いていない。


高らかに宣言する。

「起動!」

その声自体がトリガーとなる。

「シュバリア」

応答する電子声は、クレフのものとは違い、男性の声だった。

セイムの姿を光が隠し、その間に鎧が転送され、彼の体を覆う。

ベースの色は白、だが各所に深紅のラインが流れるように刻まれていた。形状は全体的に、地球の歴史における騎士の甲冑に似ている。鎧としての重厚感を持ちつつも、細身の体は機動性も保っている。頭部の隙間からは、瞳が放つ深青色の光が漏れる。

左腕には円形の盾が装備されている。手首の部分で腕と接着されているため、手は空いている。また、左腰には鞘に収まった剣が提げられていた。

全ての装備が、まさしく『騎士』を体現した姿だった。


ホロウはその姿を見、忌々しげに言った。

「……『カリリオン家のウォーメイルはウォーメイルにあらず』とは、聞いたことがあったが……」

その噂は真実であった。セイムが起動したこの機動兵器は、ウォーメイルなどでは断じてない。

なぜなら、今この場に、騎士の甲冑に包まれてセイムの肉体は確かに存在している。

その点で、肉体を亜空間に飛ばすウォーメイルの技術とは別物であり、クレフに近い技術だった。


カリリオン家に伝わる、機械仕掛けの騎士。

その名は『シュバリア』。


シュバリアは、ホロウが従えるソルジャーウォーメイル達と向かい合っている。

シュバリアの頭部の、視覚として機能する箇所の青い光は、さながら睨むように煌々と輝いている。

ホロウ・ブナーガヌは兵士達に命令を下した。

「行け!」

ソルジャーウォーメイルが駆け出し、次々と武器を抜く。

武器はクレフの物と同じく銃と剣を切り替えて使用できる。大半のソルジャーウォーメイルが銃を選択した。無数の弾丸が一斉に放たれる。

シュバリアは左腕の盾を身体の前面に構えた。

その円形の盾から放出されるエネルギーが防御範囲を拡大する。

赤い光が半球を形成し、その半球状のバリアは、開いた傘を真横に向けたかのようにシュバリアの全身を覆い、弾丸の雨を弾く。

その間、シュバリアは左腰に帯剣していた剣を抜いた。鞘から解き放たれた剣は、クレフの剣とは違い、実体を有しているが、同時に、刀身にはオメガプライムが流れている。それゆえに剣は、金属光沢とは全く違う、赤い輝きをうっすらと見せていた。

シュバリアが走り出す。盾を前面に出してままであり、生み出したバリアが無数の弾丸を弾く。

敵の接近に反応し、ソルジャーウォーメイル達は武器を剣に切り替えた。

シュバリアが敵陣の先端に到達、一番手前にいたウォーメイルに剣を振り下ろす。

ウォーメイルはもちろん対応し、剣を水平に構え、振り下ろされた剣を正面から受け止める。

だが、あまりにも重い一撃に、体勢は崩れ、剣でのガードの構えが破られる。

その後、シュバリアの続く一撃は、相当な速さの水平の剣撃。

その攻撃には対応できず、切り裂かれた。

一刀両断。その言葉に相応しく、ウォーメイルの身体は胴体に境目を作り、二つに分かれた。

境目でずれる上半身と下半身。次の瞬間に、爆炎を上げた。

シュバリアはその残骸を踏み越えるように前進。

続く敵と剣を交える。


次々と破壊されるソルジャーウォーメイルの後には、倒れ伏す生身の人間が出現する。ウォーメイルの破壊により、亜空間から肉体が引き戻されたためだ。セイムの部下は倒れたその兵士達に素早く近づき、身柄を拘束する。


繰り返される中で、確実にホロウ配下のソルジャーウォーメイルの数が減っていく。

だが、そんな中でもホロウ・ブナーガヌは余裕の笑みを見せていた。

「そろそろか……」

そう呟くと、自らのメイルキーを取り出し、高らかに叫ぶ。

「起動!」

彼もまた、ウォーメイル転送の光に包まれた。

ホロウの立っていた場所に出現したウォーメイルは、奇妙な姿をしていた。

細い骨を編んで作られたかのような全身。その頭部に輝く一つ目が、不気味な印象を与える。


シュバリアは、ホロウがリンクしたウォーメイルを討つために、そちらへと進行方向を変えた。

だが、ホロウ配下のソルジャーウォーメイル達が行く手を阻む。

ホロウのウォーメイルの姿を遮るようにして立ちはだかるソルジャーウォーメイル達を、シュバリアは斬り倒していく。

「道を開けろ!」

ソルジャーウォーメイルの軍勢との戦闘は継続する。


***


地球。


十字市。ガーディアンズ本部。


巨大な機械が並ぶ部屋だった。

ここはガーディアンズの研究室。日本の軍事を一手に担うガーディアンズの技術が集う場所、すなわち現状においてのこの国の最先端技術の結晶。

今は、『クレフ』の適応者を選定するための解析が行われていた。

サモナーを腰に着けた男が一人、様々な分析装置に囲まれて、透明な小部屋の中に立っている。

男にはサモナーから直接、情報が与えられている。つまり、その使用方法は明らかだったはず。

しかし。

「……無理です。自分には使うことができません」

残念そうにそう言い、彼は腰からベルトを外した。

この様子を見守っていた人々から驚きと失望の声が洩れる。彼らはクレフの資格者選定を見届けるために集まっており、主に階級の高いガーディアンズ隊員である。

「もう3人目だぞ……どうなっている!?」

その中の一人が苛立ちを露にしてそう言った。


言葉にこそしないが、傍らで様子を見ていた久馬優吾も、似たようなことを考えていた。

素人の久馬那一に使えたクレフを、訓練されたガーディアンズ隊員が使うことができない。この状況が不可解だ。

サモナーを実際に装着した隊員達が言うには、情報はしっかりと頭に流れ込んでくるらしい。しかし、クレフの鎧を纏うことに対して、サモナーは許可をしないのだそうだ。

そして、なぜ許可を出さないかというと。

「……クレフの力をもっと引き出せる者が既に登録されている……そんな情報が頭に入り込んでくるんです」

2人目の資格者候補であった隊員は、優吾にそう説明した。

その情報が真実だとすれば、やはりクレフを最も的確に扱える者は、現状ただ一人しかいない。


サモナーを久馬那一が装着する。

この状況を解明する手がかりとするために、2度の変身経験がある那一が装着してみることになったのだ。

『オリジン』を呼び覚ます鍵。

那一は手に取り、バックル右の鍵穴に差し込む。

回す。

抵抗なく、すんなりと回った。

見る者の目を焼かんとするかのように、光る。

そして、那一が立っていた場所には、『騎士』と形容するべき姿をした、機械仕掛けの漆黒の鎧。

その深緑の瞳が、正常に駆動していることを雄弁に語るようだった。


推測は確定する。クレフの現在の資格者は、やはり。

「那一……お前がそうなんだな」

優吾も認めるしかない。

久馬那一という少年はもう、欠かせない歯車として、この非常事態に組み込まれてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る