#2.6 "『起源』の黒"
『起源』とは、その後継が誕生した後に初めてつけられる称号。
ゆえに、クレフはオルフェア統一大戦当時、『オリジン』の名を冠してはいなかった。
***
デュアルウェポンの刃が再び閃く。
アームウォーメイルはそれをまた腕で受け止める。
やはり拮抗する力。
両者は至近距離で互いを見た。
漆黒の鎧に深緑の瞳をしたクレフと、肥大化した腕を持つ異形の人型兵器、アームウォーメイル。
「フンッ!」
強引に腕を振り回したので、クレフは瞬時に後退する。
だが、今度はアームウォーメイルが攻勢に出た。
巨大な掌を開いて、クレフに掴みかかる。
避けながら後退するクレフ。
アームウォーメイルがまた手を突き出す。
避ける。
また突き出す。
また避ける。
数度繰り返された後に、クレフはビルの壁を背にしていた。
もう後退はできない。
追い詰めたと思い、アームウォーメイルが右手を突き出す。
クレフはあえてその手に合わせるように剣を突き出し、そのまま刀身を敵の腕で滑らせる。
刀身と腕が擦れ、火花が散る。
剣を当てたことでアームウォーメイルの突き出した腕はわずかに軌道がずれ、クレフはその隙に転がるように横へと回避した。
対象を掴み損ねた腕は、そのままビルの壁へ。
強い力で突き出された腕はビルの壁を突き破り、刺さった場所を中心に壁に放射状の亀裂が走る。
クレフは一度距離を取った。アームウォーメイルは壁から腕を引き抜いた。
「やはり相応にやるようだ……地球人」
ゴウロ・チルスは呟いた。
これはクレフの能力だけではない。兵器がいくら優秀であっても、使用する人間が凡庸ならば性能に振り回されるだけだ。
……少なくとも、この地球人はそうではない。
クレフは答えず。油断なくデュアルウェポンを構えたまま。
金属の鎧は、一切の表情を映し出さない。
いや、おそらく中身の少年も一切表情を変えていないのだろう。
「……念のため、貴殿にも聞いておこうか……リエラ・シューヴァントなる少女を知っているな?」
「……ああ」
少し間を置いてクレフが答える。
「彼女は無事か?」
「……それを教えたら、あなたは引き上げるんですか?」
その返答に、すぐさまアームウォーメイルの首がわずかに横に振られた。
「いや……その『クレフ』の回収も任務だ、どうあっても貴殿を倒さなくてはならない」
「そう……なら、僕も戦うしかないですね」
一瞬、2体は睨み合うように動かない。
相手の出方を窺うためであったが、何かのきっかけを待つかのようでもあった。
夜明けの空。
そして、昇った日の光が一筋、矢のように射した。
同時、かつ瞬時に動いた。
アームウォーメイルが急加速。両腕を振り上げた後に、まるでハンマーのように振り下ろす。実際、鋼鉄の重厚な腕はハンマーを凌駕する破壊力を秘めている。
しかし、クレフはこれを予期していた。
敵が両腕を振り上げたときにはもうクレフは後退を始めていた。前進はフェイントに過ぎなかったのだ。いつの間にか、ウェポンは銃に切り替えている。
アームウォーメイルが腕を振り下ろす中、クレフは銃を3発撃つ。3発とも、アームウォーメイルの胸を狙っていた。
振り下ろされる腕を掻い潜り、銃弾は全てウォーメイルの胸に当たる。
閃光が走る。
アームウォーメイルの両腕は、彼の最大の武器でもあり盾でもある。
その事を悟ったクレフは、敵が攻撃に転じる瞬間、つまり腕が盾として使われない瞬間を狙ったのだ。
そして、それは功を奏した。
「むうっ!」
アームウォーメイルが呻く。
肉体に、ダメージはシグナルとして伝わるのだ。いくらウォーメイルとは言え、意識を繋いでいる以上、全てをカットすることはできない。
クレフはすぐに横方向へ駆け出した。
駆けながら、銃をまた撃つ。
何度も、何度も。
だが、アームウォーメイルはそれらをすぐに腕でガードした。
狙いが先程とは比較にならないほど乱れていたために防御も容易であった。
その瞬間には、もうクレフは大きく跳躍し、空中で即座にデュアルウェポンを剣に切り替える。鋼鉄などではないエネルギーの刀身、その切っ先を下に向け、アームウォーメイルに向かって飛びかかる。
対するアームウォーメイルは右腕を持ち上げた。その手の甲に、クレフの剣先が当たる。硬いウォーメイルの装甲と、それを貫かんとするクレフの剣。
火花はまた激しく咲き、甲高い音が空気を切り裂いて響く。
「ぐおぉっ!」
空いている左腕を動かし、クレフに掴みかかる。
クレフはそれを避けつつ後ろへ跳ぶが、完全には間に合わず、突き出された左腕は脇腹を掠めた。
アームウォーメイルの右手の甲には傷ができ、摩擦による高熱で煙が上がっている。
今、剣先でつけられた傷だ。
落下の勢いがあるとはいえ、アームウォーメイルの全身の中でも最も強固な部位である腕部に傷をつけられた。
ゴウロ・チルスにとって、この事実は驚くに値する。武器の『威力』を作り出したのはクレフというシステムだとしても、攻撃の『機会』を作り出したのは使用者、ただの地球人の少年だからだ。
***
ゴウロとほぼ同じことを、離れた場所で戦闘を見ながら、稲森渡は考えていた。
一般人がたった2回目の使用で武器を使いこなせるのか、などという疑念はとうに失せていた。
彼は使いこなしている、間違いなく。
そう断言していい。
車に搭載されたカメラなどから、おそらく本部にもリアルタイムの映像が届いているだろう。
この光景を見て上層部はどう判断するか。ガーディアンズ隊員としてそのことが気がかりであると同時に、別の、もっと私的な感情が胸をよぎった。
「……『弟』がここまで戦えるってのは、一体どんな心境なのかね……」
呟いてみたものの、その答えは親友に聞かずとも分かるような気がした。
***
クレフとして戦いながら、久馬那一は思考を続けていた。敵の腕が掠めた脇腹にはわずかに痺れたような感覚がある。
「……まともに受けたらマズいかな……」
ならば、どうするか。
近距離では捕まるのなら、近づかなければいい。
遠距離から可能な限りの攻撃を加える。
そして。
「……近づくときは、勝負を決める時だ」
脳とリンクしたクレフのシステムがもたらす情報から、勝負を決める『ジョーカー』が搭載されていることは分かっている。
あとは、切札を出すタイミング。そして、絶好の機会は作り出すものだ。
ウェポンをまた銃に切り替える。
そして撃つ。飛びかかる前にしたように、闇雲に乱れ撃つ。
アームウォーメイルはそれを腕で防ぐ。
乱射された弾丸は防がれ、ダメージとしての効果はほとんど無い。
しかし少なくとも弾丸は、敵の意識をそちらに向けることができる。
それこそが那一が狙っていた効果だ。
アームウォーメイルはあえて動くことをしなかった。
先程弾丸が3発胸に当たった時、クレフの弾丸はそれなりの威力であった。そのことを念頭に置き、今は防御に徹する。……一瞬の隙を突いて、クレフを打ち倒すために。
クレフは走りながら撃ち続けた。
クレフの性能上、普通に銃を撃ち続けてもエネルギーが空になることはまず無いので、残量の計算は不要だった。
撃つ。
撃つ。
乱れ撃つ。
「何を考えている……?」
そう呟きながらも、ウォーメイルはまだ防御の構えは解かない。
意識は完全にクレフの射撃に向いており、意図を汲み取ろうと意識を集中させている。
那一はデュアルウェポンにやや多くのオメガプライムを充填させた。その程度のエネルギー量変化は、変身者の意識のみで操作することができる。
クレフは足を止め、そして構えた銃の引き金を引いた。
今までの銃弾よりも大径の光弾が、空間を駆け抜け、アームウォーメイルへと向かっていく。
この射撃は『乱れ撃ち』ではなく『狙い撃ち』。
光弾はアームウォーメイルの手前の地面を狙っていた。防御の構えをとっていたウォーメイルの目前で着弾。アスファルトを砕き、盛大に舞い上がる土や砂、そして瓦礫。
その瞬間、クレフは跳躍していた。
アームウォーメイルに向かって。
得物を切り替え、剣を構えて。
土煙で視界が覆われた中でも、アームウォーメイルは意識を集中させていた。
わずかな変化にも瞬時に対応するためだ。
そして、煙の中でキラリと光る物が見えた。
それはクレフの刃の輝き。
「そこか!」
アームウォーメイルは腕を突き出す。
手を広げ、クレフを掴もうとする。
土煙の中に突き出した腕はしかし、何も掴めないまま、空を切った。
***
遠距離から戦闘を眺めていた稲森には、クレフの動きが見えていた。
「そういうことか!」
稲森が見た光景で、クレフは確かに敵に向かって跳躍した。
しかし、その跳躍は明らかに大き過ぎた。
そして、クレフは土煙と敵の上を『飛び越えた』のだった。目を見張る大ジャンプだが、『オメガプライム』とやらを脚力の補助に多く回したのだろう。
さらに、飛び越えながら、輝く剣を土煙の中に落としていった。
剣は重力に従い自然落下、土煙に紛れても、強い光だけは明瞭に見える。
その強い光が、あたかも剣の使い手までもがそこにいるかのように錯覚させる。
その小細工は一瞬しか通用しないが、戦闘時の反射的な反応を誘い出すには十分だった。
***
クレフはもう、アームウォーメイルの背後に着地している。
土煙ではっきりとは見えないが、敵はほとんど動いていないのは影を見れば明らか。落とした剣に意識が向いているはずだ。
クレフはバックル左部のレバーを引く。
このレバーは、オメガプライムを一気に放出するためのもの。いわばストッパーを外すレバー。先日のソルジャーウォーメイル戦でも使ったが、『オリジン』となったクレフのオメガプライム放出量はその比ではない。
そのことを強調するかのように、女性のような声で、単調な電子音声が鳴った。
「プライムバースト」
那一の意思に従い、クレフの右腕にオメガプライムが集中する。
余剰のエネルギーが大気中に漏れ出し、輝く。
クレフは駆け出し、最後には大きく踏み切るように跳ぶ。
空中で、右拳を引いて構えた。
背後にただならぬ気配を感じて、アームウォーメイルは振り返った。
彼が見たのは今にも自らを打ち抜かんとする輝く拳。
防御は間に合わない。
そして、漆黒のクレフが突き出した拳は、ウォーメイルの頭部に突き刺さる。
頭部はひしゃげ、金属片が派手に飛び散った。破損した首からはバチバチとスパークが生じ、明滅する。
そして数秒後、鮮やかな炎を噴き出して、アームウォーメイルは爆発した。
炎の中、ゴウロ・チルスは足を引きずるようにバランスを崩した格好で立っている。
肉体の破損までは反映されないが、ウォーメイルの状態で受けたダメージの何割かが生身の肉体にも伝わっている。
「無念だ……」
唇を噛み締めて言いながら、彼は小さなボタンのようなものを握りしめる。
これは、ゲートキーに転送者の位置座標を伝える発信器のような物で、オルフェアに帰還するために不可欠なアイテムである。
数秒ほどして光の幕が発生し、ゴウロを包み込み、そして、彼は消えた。
爆発の残り火がちろちろと燃え、ウォーメイルの残骸が散らばっている。
こうして、十字市における2度目の交戦は終了した。
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